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酵母の世界 No.16-1|Malassezia restricta:皮脂に頼って頭皮に暮らす酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、パン酵母と同じ種でありながら、整腸剤として利用される Saccharomyces boulardii(サッカロマイセス・ブラウディ)を紹介しました。

今回の酵母が暮らす場所は、私たちの皮膚、特に頭皮です!

頭皮には、私たちが気づかないほど多くの微生物が暮らしています。
その中でも代表的な酵母が、Malassezia restricta(マラセチア・レストリクタ)です。

頭皮から白いフケが落ちると、「乾燥しているのかな」「きれいに洗えていないのかな」と、あなたは思いますよね?
しかし、フケは単なる乾燥や汚れだけで生じるものではありません!

頭皮の住人(住菌?)M. restricta は、そんなフケや皮膚の炎症に関わっているのです!


皮脂の多い皮膚に暮らす

M. restricta は、人の頭皮、額、鼻の周辺、耳などからよく見つかります。

これらに共通するのは、皮脂腺が多いことです。
皮脂腺とは、皮膚の表面へ油分を分泌する小さな器官です。

皮脂は、皮膚の表面を乾燥から守り、柔らかく保つために欠かせません。
しかし同時に、皮膚に暮らす微生物にとっては重要な栄養源にもなります。

M. restricta は、特に皮脂の多い場所に適応した酵母です。

この酵母はフケのない頭皮にも、皮膚炎のない皮膚にも暮らしています。
つまり、病気の人だけに存在するわけではない。常在菌です。

それでも、皮脂の量や成分、皮膚の防御機能、免疫反応、ほかの微生物とのバランスが変わると、M. restricta の活動が皮膚トラブルへつながることがあります。

つまり問題なのは、酵母が「いるか、いないか」だけではありません。

皮膚と酵母が、どのような関係にあるのかが重要なのです!

皮脂がなければ生きにくい

なぜ M. restricta は、皮脂の多い場所を好むと思いますか?

実は、この酵母は細胞をつくるために必要な「脂肪酸」を、細胞内で十分につくることができません!

脂肪酸とは、細胞を包む膜などの材料になる成分です。
多くの微生物は、糖などを材料にして脂肪酸を一からつくれます。しかし、Malassezia 属の酵母では、そのために必要な仕組みの一部が失われています。

そこで M. restricta は、私たちの皮脂から脂肪酸を調達します。

ただし、皮脂中の脂肪酸の多くは、ほかの分子と結合した脂質として存在するため、そのままでは利用しにくいです。
そこでこの酵母は、脂質を脂肪酸に分解する「リパーゼ」と呼ばれる酵素を外へ出します。
このリパーゼにより、M. restrictaは脂肪酸を得ているのです。

つまり、この酵母は皮脂が好きだから頭皮に暮らしているというより、皮脂に頼らなければ生きにくいため、頭皮に定着しているのです!

このようにして得られた脂肪酸の一部は、酵母自身が利用します。
一方で、使われずに皮膚表面へ残った脂肪酸は、人によっては皮膚の防御機能を乱したり、炎症反応を引き起こしたりする可能性があります。

その結果、皮膚細胞が通常より速く剥がれ落ち、フケが出やすくなることがあります!

もちろん、M. restricta が存在するだけで必ずフケが生じるわけではありません。

同じ量の酵母がいても、その代謝産物に対する皮膚の反応は人によって違います。皮脂の組成や皮膚の状態、免疫反応も組み合わさって、症状が現れるかどうかが決まるのです。

シャンプーは何を抑えているのか

フケが出た時にまず思い浮かぶ対策…
おそらく、それは「シャンプー」ですよね?

フケ対策シャンプーは、実は単に白いフケを洗い流すためだけの製品ではありません!

製品によっては、Malassezia 属の増殖や活動を抑える抗真菌成分が配合されています。抗真菌とは、酵母やカビなどの真菌が増えるのを抑えることです。

こうした成分は、頭皮から酵母を完全に消すのではなく、酵母が増えすぎたり、皮脂を過剰に利用したりする状態を抑える目的で使われます。

では、なぜ完全に取り除かないと思いますか?

それはフケ対策で重要なのは、すべての微生物を排除することではなく、皮脂、酵母、皮膚の状態のバランスを整えることです。

M. restricta はもともと健康な皮膚にも存在する常在微生物であるため、M. restrictaがいなくなると他の微生物が過剰に増殖してしまい、炎症の原因となってしまいます。

また、M. restricta はフケだけでなく、脂漏性皮膚炎との関係も研究されています。

脂漏性皮膚炎とは、頭皮や眉、鼻の周辺、耳など、皮脂の多い場所に赤み、かゆみ、脂っぽい皮膚の剥がれが現れる炎症性の病気です。

ここでも、M. restricta が単独で病気を起こすわけではありません。
酵母の活動に加えて、皮脂の状態、皮膚の防御機能、本人の免疫反応などが重なって症状が生じると考えられています。

そのため、治療では酵母の増殖を抑えるだけでなく、炎症を抑えたり、皮膚の状態を整えたりすることも必要になります。

このように、皮膚に暮らす酵母の活動を理解し、その付き合い方を調整することも、酵母との関わり方となるのです。


おわりに

Malassezia restricta(マラセチア・レストリクタ)は、健康な頭皮にも暮らす酵母です。

自分で脂肪酸を十分につくれないため、私たちの皮脂を分解して、生きるための材料を得ています。
普段は皮膚の微生物群の一員ですが、皮脂や皮膚の状態、免疫反応とのバランスが崩れると、フケや脂漏性皮膚炎に関わることがあります。

つまり、フケは単なる汚れや乾燥ではなく、皮膚と微生物の関係が変化した結果でもあるのです。

次にシャンプーを手に取るとき、私たちは頭皮の汚れを落としているのでしょうか?
それとも、そこに暮らす小さな隣人との関係を整えているのでしょうか


次回は、果実をカビから守る酵母を紹介します。

その名は、Wickerhamomyces anomalus(ウィッカーハモマイセス・アノマルス)

この酵母は、果実の表面や傷口にすばやく定着し、病原カビが増えるための場所や栄養を先に使います。さらに、カビの増殖を抑える酵素や揮発性の物質をつくることもあります。

「農薬の代わりに、別の微生物を使って果実を守る」

次回は、収穫後の果実をカビから守る「生物防除酵母」の世界を見ていきます!


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参考文献

Wu G et al. Genus-wide comparative genomics of Malassezia delineates its phylogeny, physiology, and niche adaptation on human skin. PLoS Genetics. 2015;11.

Park M, Cho YJ, Lee YW, Jung WH. Understanding the mechanism of action of the anti-dandruff agent zinc pyrithione against Malassezia restricta. Scientific Reports. 2018;8:12086.

Saxena R, Mittal P, Clavaud C, et al. Comparison of healthy and dandruff scalp microbiome reveals the role of commensals in scalp health. Frontiers in Cellular and Infection Microbiology. 2018;8:346.


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