酵母の世界 No.1-1-2|Saccharomyces boulardii:腸に届いて働く、薬になった酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、乳酸菌とともにサワードウの中で生きる酵母、Maudiozyma humilis(マウディオザイマ・フミリス)を紹介しました。
今回の酵母が活躍する場所は、パン生地ではありません。
私たちのお腹です。
Saccharomyces boulardii(サッカロマイセス・ブラウディ)は、生きた状態で人に投与され、整腸剤や医薬品として利用されています!
ただしこの酵母、かつては独立した酵母種のように扱われていましたが、現在ではパン酵母や醸造酵母と同じ Saccharomyces cerevisiae (サッカロマイセス・セレビシエ)に分類されています。
なので、S. cerevisiaeの中でもプロバイオティクス用の特殊な株群と考えられています。
同じ S. cerevisiae なのに、一方はパンや酒をつくり、もう一方は腸の中で働く。
では、この酵母はなぜ「薬になった酵母」として利用されるようになったのでしょうか?
生きた酵母を医療に利用する
S. boulardii は、生きた酵母を乾燥させ、カプセルや粉末などの製剤にしたプロバイオティクスです。
ちなみにプロバイオティクスとは、十分な量を摂取したときに、人の健康へよい効果をもたらす生きた微生物のことです。
あなたが馴染みのあるプロバイオティクスは、乳酸菌やビフィズス菌かと思います。
これらは細菌ですが、S. boulardii は真菌の仲間である酵母です。
この違いは、医療利用を考えるうえで重要です。
抗菌薬の多くは、細菌に特有の細胞構造や生命活動を狙います。
酵母は細菌とは細胞のつくりが異なるため、多くの抗菌薬によって直接殺されません。
そのため、細菌感染症の治療で抗菌薬を服用している間にも、生きた状態を保ちやすいプロバイオティクスとして利用できるのです!
特によく研究されているのが、抗菌薬関連下痢の予防です。
抗菌薬を服用すると、病原菌だけでなく、腸内に暮らす多くの細菌も影響を受けます。
その結果、腸内の微生物集団のバランスが崩れ、下痢が起こることがあります。
S. boulardii は、その発症リスクを下げる目的で使用されています。
このほか、感染性下痢や、ピロリ菌の除菌治療に伴う消化器症状などについても研究されています。
もちろん効果は疾患、使用する菌株、摂取量、患者の状態によって異なり、同じ種でも株によって性質や効果が違う菌株依存性があります。
また、健康な人では一般に安全性が高い一方、重症患者や免疫機能が低下した人、中心静脈カテーテルを使用している人では、まれに酵母が血液中へ入り込む感染症が報告されています。
生きた微生物を薬として使うからこそ、患者の状態に合わせた利用が必要なのです!
熱帯果実からの発見
Saccharomyces boulardii が見つかった物語は、1920年代の東南アジアから始まります。
一般に伝えられているところでは、フランス人研究者のアンリ・ブラールは、当時の仏領インドシナを訪れ、熱帯地域の感染症を調べていました。
そのころ、コレラなどによる激しい下痢が大きな問題となっていました。
ブラールは、現地の人々がライチやマンゴスチンを使った飲み物を口にして、下痢への対処として利用していることに注目したといわれています。
ちなみに、ライチは赤い果皮に包まれた白い果肉を持つ果実で、マンゴスチンは厚い紫色の果皮を持ち、東南アジアで広く食べられている果物です。
ブラールは、これらの果実、とくに果皮に存在する微生物を調べ、そこから一株の酵母を分離しました。
後に、この酵母は彼の名前にちなんで Saccharomyces boulardii と呼ばれるようになります。
本来、果実の表面には、果汁に含まれる糖を利用するさまざまな酵母が暮らしています。
S. boulardii の祖先も、そのような糖の多い環境に生息する Saccharomyces cerevisiae の一系統だったと考えられます。
ところが、驚くべきことに、この株は果実で発酵する能力だけでなく、人の体温、胃酸、胆汁といった消化管の厳しい条件にも比較的耐える性質を持っていました!
果実の表面で見つかった一株の酵母が、その後、人の腸を通過して働くプロバイオティクスとして選ばれたのです。
1953年には、フランスの製薬会社Biocodexがブラールの酵母株と培養技術の権利を取得しました。
その後、酵母を凍結乾燥して保存しやすくした製剤が開発され、1961年には医薬品として登録されました。
こうして、熱帯果実にいたとされる酵母は、乾燥製剤として世界各地へ運ばれ、人の消化管へ届けられるようになりました!
一つの薬効成分では説明できない働き
あなたはS. boulardii が腸の中で何をしているのか疑問に思いませんか?
一般的な薬では、特定の有効成分が体内の標的へ作用します。
しかし、生きた酵母である S. boulardii の働きは、一つの成分だけでは説明できません!
酵母の細胞そのもの、細胞表面の構造、外へ分泌する酵素や代謝産物などが複数の経路を通じて作用すると考えられています。
まず注目されているのが、病原菌がつくる毒素への作用です!
一部の病原細菌は、腸の細胞を傷つけ、下痢や炎症を引き起こす物質を放出します。
S. boulardii が分泌する酵素の中には、こうした毒素や、毒素が結合する腸側の構造へ作用するものが報告されています。
また、腸の防御機能を支える作用も注目されています。
腸の内側は一層の細胞で覆われ、細菌や有害物質が体内へ簡単に侵入しないようにしています。この仕組みが腸管バリアです。
S. boulardii には、細胞同士の結合や粘液層を保ち、バリア機能の低下を抑える可能性が示されています。
さらに、腸の細胞や免疫細胞の情報伝達へ影響し、過剰な炎症を弱める可能性や、抗菌薬や感染症によって崩れた腸内の微生物集団が回復しやすい環境を、間接的に支える可能性も研究されています。
「荒れた環境が落ち着くまで一時的に現場を支える。」
そんな助っ人のような酵母なのでした!
おわりに
Saccharomyces boulardii(サッカロマイセス・ブラウディ)は、パン酵母や醸造酵母と同じ Saccharomyces cerevisiae に含まれる酵母です。
それでも、消化管を通過し、病原体の毒素、腸の壁、炎症反応、腸内微生物の回復へ複合的に働きかける性質から、プロバイオティクスとして利用されてきました。
この酵母が教えてくれるのは、同じ種に属していても、すべての株が同じ働きをするわけではないということです!
パンを膨らませる株もあれば、酒をつくる株もあり、腸の中で人の健康を支える株もあります。
S. boulardii は、酵母がパンや酒だけでなく、医療の世界にも入り込んでいることを示す代表的な存在です。
酵母の世界はまだまだ奥が深いですね!
次回は、人の皮膚に暮らす酵母を紹介します。
その名は、Malassezia restricta(マラセチア・レストリクタ)。
この酵母は、頭皮や顔など皮脂の多い場所に暮らし、皮脂に含まれる脂質を利用して生きています。
健康な皮膚にも普通に存在する一方で、フケや脂漏性皮膚炎との関係も研究されています。
味方なのか、それとも病原体なのか?
次回は、皮膚とともに暮らしながら、ときにトラブルにも関わる酵母の世界を見ていきましょう!
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参考文献
Czerucka D et al. Review article: yeast as probiotics—Saccharomyces boulardii. Alimentary Pharmacology & Therapeutics. 2007;26(6):767–778.
Kelesidis T et al. Efficacy and safety of the probiotic Saccharomyces boulardii for the prevention and therapy of gastrointestinal disorders. Therapeutic Advances in Gastroenterology. 2012;5(2):111–125.
Pais P et al. Saccharomyces boulardii: what makes it tick as successful probiotic? Journal of Fungi. 2020;6(2):78.
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