酵母の世界 No.15-1|Maudiozyma humilis:サワードウを育てる酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、果糖好きな酵母Starmerella bacillaris(スターメレラ・バシラリス)を紹介しました。
今回の主役は、パンに関わる酵母です!
小麦粉と水を混ぜ、発酵した生地を少し残して、そこへ新しい粉と水を加える。そんな継ぎ足しの中で育てられる発酵生地があります。
…なんだと思います??
実は、それはサワードウです!
サワードウというば、アメリカのサンフランシスコで有名ですね(クラムチャウダーと一緒に提供されるパンです)!
このサワードウからよく見つかる酵母のひとつが、今回の主役であるMaudiozyma humilis(マウディオザイマ・フミリス)です。
以前は Kazachstania humilis (カザクスタニア・フミリス)と呼ばれていましたが、現在は分類の見直しによって Maudiozyma 属に移されています。
なぜM. humilisは、サワードウから見つかるのでしょうか?
今回はそんなM. humilisについて紹介します!
サワードウとの関係
すでに紹介した通り、M. humilis が最もよく見つかるのはサワードウを使ったパンづくりです。
サワードウとは、小麦粉やライ麦粉に水を加え、酵母と乳酸菌によって自然発酵させた生地です。
市販のパン酵母だけを加える一般的な製パンとは異なり、複数の微生物が同じ生地の中で活動します。
酵母は糖を発酵して二酸化炭素をつくり、生地を膨らませます。
一方、乳酸菌は乳酸や酢酸をつくり、酸味や香り、保存性に関わります。
パン酵母の Saccharomyces cerevisiae と比べると、M. humilis は単独で強い発酵力を発揮する酵母というより、乳酸菌を含む微生物群の中で働く酵母です。
つくり出す二酸化炭素は生地の膨らみに関わり、エタノールやそのほかの発酵産物は、焼成後のパンの香りにも影響します。
ただし、サワードウの風味は、M. humilis だけで決まるものではありません!
どの乳酸菌と組み合わさるか、小麦粉の種類、発酵温度、水分量、継ぎ足しの間隔によって、酸味や香り、生地の膨らみ方は変化します。
同じ M. humilis を使っても、発酵条件が違えば、完成するパンの性質も変わるのです。
このため、産業的には M. humilis 単独の能力よりも、乳酸菌との組み合わせが重要になります。
近年では、自然発酵に任せるだけでなく、あらかじめ選抜した酵母と乳酸菌を組み合わせたサワードウスターターも利用されています。伝統的な風味を残しながら、発酵時間や品質を安定させるためです。
その中で M. humilis は、一般的なパン酵母とは異なる特徴を持つ「非従来型酵母」として注目されているのです!
継ぎ足しの中で選ばれる
サワードウは、単に小麦粉と水を発酵させた生地ではありません。
発酵した生地の一部を残し、そこへ新しい小麦粉と水を加える。
この継ぎ足しを繰り返すことで、微生物の集団が長期間にわたって維持されます。
ここで面白いのは、最初に存在したすべての微生物が、そのまま残り続けるわけではないことです!
継ぎ足しのたびに環境は大きく変化します。
新しい小麦粉が加わると栄養が増え、酵母や乳酸菌が増殖します。
しかし、発酵が進むと糖は消費され、乳酸や酢酸が蓄積し、生地は徐々に酸性になります。
その後、生地の一部だけが次の発酵へ引き継がれます。
つまり、サワードウでは、増殖、酸性化、希釈、再増殖という変化が繰り返されています。
人がただ生地を「保存」しているのではなく、知らないうちに微生物を選び続けているのです!!
M. humilis は、このような継代される環境で、主要な酵母として定着することがあります。特に、室温付近で定期的に継ぎ足される伝統的なサワードウから、しばしば検出されます。
同じ環境では、Fructilactobacillus sanfranciscensis(フルクティラクトバチルス・サンフランシセンシス)などの乳酸菌もよく見つかります。
同じ発酵環境に共存できるのは、利用する栄養や増殖するタイミングが完全には重ならないためだと考えられています。
乳酸菌と酵母が異なる糖や代謝経路を使うことで、限られた生地の中に複数の微生物が定着できるのです。
この視点で見ると、サワードウは完成した食品というより、人が小麦粉と水を与えながら維持している小さな微生物生態系ですね。
糖を使い分ける発酵の戦略
すでに紹介した通り、サワードウの中で酵母や乳酸菌が共存できる理由のひとつは、それぞれが利用する糖や代謝の仕組みに違いがあることです!
小麦粉にはデンプンが豊富に含まれていますが、微生物はデンプンそのものを直接利用できるわけではありません。
まず酵素によって分解され、マルトースやグルコースなどの糖が生じます。
サワードウでよく見られる乳酸菌のひとつである F. sanfranciscensis は、マルトースを効率よく利用することで知られています。
一方、M. humilis の多くの株はマルトースを利用しにくく、グルコースやフルクトースなどの単糖を利用します!
取り込んだ糖は細胞内で分解され、発酵によって二酸化炭素とエタノールへ変換されます。
このように、乳酸菌と酵母では利用しやすい糖が部分的に異なるため、同じ生地の中にいても、すべての資源を直接奪い合っているわけではないのです。
また、乳酸菌が糖を代謝すると乳酸や酢酸が生成され、生地のpHは低下します。
酸性化した環境は多くの微生物にとって厳しい条件ですが、サワードウに定着する M. humilis は、そのような環境でも活動を続けます!
つまり、酸性に対する耐性機構を備えているのです。
発酵が進むにつれて、生地の中では糖の種類や濃度、酸の量が絶えず変化します。その変化に応じて、それぞれの微生物が利用できる資源や増殖速度も変わります。
M. humilis は、利用できる糖をある程度絞りながら、乳酸菌によって酸性化する環境に適応する。その代謝的な特徴が、サワードウで繰り返し選ばれる背景のひとつになっていると考えられます。
おわりに
Maudiozyma humilis は、サワードウを支える代表的な酵母のひとつです。
その特徴は、単独で強く発酵することだけではありません。
乳酸菌と同じ生地の中で異なる糖を利用し、酸性化していく環境にも適応しながら、継ぎ足しのたびに選ばれ続けてきました。
この酵母を見ていると、サワードウが単なるパン生地ではなく、酵母と乳酸菌がそれぞれの代謝を持ち寄って維持される、小さな生態系であることが分かります。
発酵食品の個性は、一種類の微生物だけでつくられるとは限りません。
誰と共存し、どの糖を使い、どの環境に耐えるのか。
そうした関係の積み重ねが、サワードウらしい風味と発酵を形づくっています。
一つの酵母だけでなく、その周囲に広がる生態系まで見てみると、発酵の世界はさらに奥深く見えてきますね!
次回は、パンや酒をつくる酵母ではなく、人の腸の中で働く酵母を紹介します!
その名は、Saccharomyces boulardii(サッカロマイセス・ブラウディ)!
この酵母、医薬品や整腸剤として使われている酵母です!
また、長いあいだ独立した酵母種のように扱われてきましたが、現在では Saccharomyces cerevisiae (サッカロマイセス・セレビシエ)の中に含まれます。
次回は、少し変則した回となりますが、同じ S. cerevisiae でもプロバイオティクスとして利用される特殊な系統について紹介します!
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参考文献
De Vuyst L et al. Yeast diversity of sourdoughs and associated metabolic properties and functionalities. International Journal of Food Microbiology. 2016;239:26–34.
Carbonetto B et al. Interactions between Kazachstania humilis yeast species and lactic acid bacteria in sourdough. Microorganisms. 2020;8:240.
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