見出し画像

酵母の世界 No.14-1|Starmerella bacillaris:甘いブドウ果汁で働く、果糖好きの酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、ワインに独特な香りをもたらす酵母 Brettanomyces bruxellensis(ブレタノマイセス・ブルクセレンシス)を紹介しました。

今回もワインに関わる酵母ですが、注目するのは香りではなく「糖の好み」です。

今回紹介するのは、Starmerella bacillaris(スターメレラ・バシラリス)です。

ブドウ果汁には、主にブドウ糖と果糖が含まれています。ところがこの酵母は、ブドウ糖よりも果糖を好んで利用します。

さらに、糖のすべてをアルコールへ変えるのではなく、グリセロールという成分を比較的多く作ります。
そのため、ワインの口当たりを変えたり、アルコール濃度を少し抑えたりする可能性が注目されています。

今回は、甘い果汁の中で働く「果糖好きの酵母」の世界を見ていきます!


果糖を好み、グリセロールを作る

ブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)は、どちらもブドウ果汁に多く含まれる糖です。

一般的なワイン酵母である Saccharomyces cerevisiae (サッカロマイセス・セレビシエ)は、果糖よりもブドウ糖を先に使う傾向があります。そのため、発酵の終盤には果糖が残りやすくなります。

一方、S. bacillaris は果糖を好んで利用します!
このような性質は、専門的には「フルクトフィリック」と呼ばれます。簡単に言えば、果糖が大好きな酵母です。

そしてもう一つの特徴は、グリセロールを多く作ることです。

グリセロールは、ワインに強い甘味をつける成分ではありませんが、口当たりのなめらかさ厚みに関わります。

グリセロールを作る主な理由は、糖度の高い果汁中でも細胞内の水分バランスを保つためです。また、糖を分解するときに生じる細胞内の偏りを整え、代謝を回し続ける役割もあります。

つまり、S. bacillaris は、果糖を好んで利用しながら、高糖環境を生き抜くためにグリセロールを多く作る酵母です。

酵母にとっては、細胞内の水分や代謝のバランスを保つための仕組みですが、その結果、人間にはワインのなめらかさや厚みとして感じられます!

果糖好きという代謝の個性が、ワインの味わいにもつながっているのです。

酵母どうしで役割を分けるワイン発酵

ワイン発酵では、S. bacillaris を単独で最後まで使うというよりも、S. cerevisiae と組み合わせて使う方法が研究されています!

S. bacillaris には、最初に果糖を利用しながらグリセロールを作り、ワインの味わいを調整させます。
一方、アルコール発酵に強い S. cerevisiae には、残った糖を使って発酵を最後まで進めさせます。

いわば、一つの酵母にすべてを任せるのではなく、酵母の役割を分けた発酵方法です!

最初に S. bacillaris を加え、少し遅れて S. cerevisiae を加える方法。このような順番をつけた発酵は、段階的接種と呼ばれます。

これにより、糖の一部がグリセロール合成に利用されると、エタノール生成に使用される量は相対的に少なくなります。
そのため、このような混合発酵によってワインのアルコール濃度を少し下げられる可能性もあるのです。

ただし、S. bacillaris を使えば必ず低アルコールワインになるわけではありません。効果は菌株、接種する量や順番、温度、酸素、ブドウ果汁の状態によって変わりますのでご注意ください。

このように、この酵母は糖の使い道を少し変えることで、ワインのバランスを調整できる可能性を持ちます!

甘い果実におけるカビとのバトル

S. bacillaris は、ブドウ、過熟した果実、発酵中のブドウ果汁などから見つかります。

こうした環境には糖が豊富にありますが、多くの微生物も集まります。酵母だけでなく、細菌やカビ、果実を訪れる昆虫も同じ場所に関わっています。

その中で興味深いのが、ブドウに灰色かび病を起こすカビ Botrytis cinerea(ボトリティス・シネレア) との関係です。

一部の S. bacillaris 株には、ブドウ表面で B. cinerea の生育を抑える働きが報告されています!
酵母が先に果実表面へ定着し、栄養や場所を利用することで、カビが広がりにくくなると考えられています。

すべての株が同じ力を持つわけではありませんが、この性質を利用し、化学農薬を減らす生物防除への応用も研究されています。

さらに、ブドウ畑に散布された S. bacillaris が果実上で生き残り、その後のワイン発酵やグリセロール生産にも影響した例があります。

果実の上ではカビと競争し、発酵槽では果糖を利用してワインを変える。

この酵母には、ブドウ畑とワイン醸造の両方に貢献する面白さがありますね!


おわりに

Starmerella bacillaris(スターメレラ・バシラリス)は、果糖を好んで利用する酵母です。

高糖環境で生きるためにグリセロールを作り、その代謝がワインのなめらかさや厚みにつながります。また、S. cerevisiae と組み合わせることで、アルコール濃度や香り、口当たりを調整する可能性も研究されています。

さらに一部の株は、ブドウ表面で灰色かび病菌と競争し、生物防除に利用できる可能性も持っています。

つまり、S. bacillaris はブドウ畑からワインになるまでの流れに関われる酵母なのでした!

果糖好きという小さな個性が、ワインの味わいと持続可能なブドウ栽培の両方へつながっているのですね。

次回は、サワードウで乳酸菌と共に暮らす酵母Maudiozyma humilis(マウディオザイマ・フミリス):旧姓 Kazachstania humilis(カザクスタニア・フミリス)を紹介します。
サワードウとは、小麦粉と水を発酵させて育てるパン種で、酵母と乳酸菌が共に働いて生地を膨らませ、独特の酸味や香りを生み出します。

その中で K. humilis は、乳酸菌とどのように共存し、パンの香りや食感に関わっているのでしょうか?

次回は、酵母と乳酸菌が協力して育てるサワードウの世界を見ていきます!


★過去の様々なトピックの記事を全てまとめてます。詳細はこちらから↓

これらの記事が参考になったら「スキ&フォロー」をぜひお願いします!


参考文献

Raymond Eder, M. L., Rosa, A. L., & Lopes, C. A. 2021. Genetic, physiological, and industrial aspects of the fructophilic non-Saccharomyces yeast Starmerella bacillaris. Fermentation, 7, 87.

Masneuf-Pomarède, I. et al. 2015. The yeast Starmerella bacillaris (synonym Candida zemplinina) shows high genetic diversity in winemaking environments. FEMS Yeast Research, 15, fov045.

Lemos Junior, W. J. F. et al. 2016. Biocontrol ability and action mechanism of Starmerella bacillaris (synonym Candida zemplinina) isolated from wine musts against gray mold disease agent Botrytis cinerea on grape and their effects on alcoholic fermentation. Frontiers in Microbiology, 7, 1249.


#学び
#発酵
#微生物
#酵母
#趣味
#文化
#科学
#ワイン
#低アルコール
#醸造
#ブドウ
#カビ

いいなと思ったら応援しよう!

りょう_海外研究者 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはさらなる価値向上のために使用させていただきます!