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酵母の世界 No.13-1|Brettanomyces bruxellensis:ファンキーな香りを作る酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、発酵文化と生命科学をつなぐ分裂酵母 Schizosaccharomyces pombe(シゾサッカロマイセス・ポンベ) を紹介しました。

今回の主役は、Brettanomyces bruxellensis(ブレタノマイセス・ブルクセレンシス)です。

ワインを飲んだときに、「革っぽい」「スモーキー」「薬品っぽい」「馬小屋のよう」と表現される香りに出会うことがあります。
少量なら複雑さとして受け取られることもありますが、強く出ると果実香を隠し、欠陥臭として問題になります。

その香りに深く関わる酵母が、B. bruxellensis です。

この酵母は、ワイン業界ではしばしば厄介者として扱われます。
けれども、自然発酵ビールの世界では、独特の個性をつくる酵母として評価されることもあります。

同じ香りでも、飲み物が違えば意味が変わる。
同じ酵母でも、文脈が変われば評価が変わる。

今回は、良い香りと悪い香りを生み出す酵母、B. bruxellensis の世界を見ていきます!


ワインでは厄介者、ビールでは個性

ワイン造りにおいて、B. bruxellensis は代表的な品質劣化酵母の一つです。

特に問題になりやすいのは、赤ワインや樽熟成ワインです。
発酵が終わったあと、貯蔵中や熟成中にこの酵母が増えると、ワインの香りが大きく変わってしまいます。

ワインの香りは、ブドウの果実香、発酵で生まれる香り、樽熟成による香りなどが重なってできています。そこに B. bruxellensis が増えすぎると、革、薬品、絆創膏、馬小屋のような香りが前に出てきます。

少量であれば、「複雑さ」や「野性的なニュアンス」として受け取られる場合もあります。しかし、多くなるとワイン本来の果実香を覆い、欠陥臭として扱われます。

一方で、ビールの世界では話が少し変わります!

ベルギーのランビックやグーズのような自然発酵ビールでは、Brettanomyces の仲間が独特の香りをつくる重要な酵母として働くことがあります。
ワインでは嫌われやすい「クセ」が、ビールではスタイルの一部として受け入れられることがあるのです。

つまり、B. bruxellensis は単純な悪役ではありません!
ワインでは管理すべき酵母であり、自然発酵ビールでは個性をつくる酵母でもあります。

ワイナリーに残りやすい酵母

B. bruxellensis は、ワイナリーの環境に入り込み、そこに残ることがあります。

特に関係するのは、樽、タンク、ホース、バルブ、ポンプなど、ワインが触れる場所です。
こうした場所に酵母が残ると、ワインの移動や作業を通じて別のワインへ広がることがあります。

この酵母が厄介なのは、ワインの環境でも生き残れることです。

ワインは、多くの微生物にとって住みやすい場所ではありません。
アルコールを含み、酸性で、栄養も限られています。さらに、亜硫酸などによって微生物の増殖を抑える管理も行われます。

それでも B. bruxellensis は、ゆっくりと生き残り、条件が合えば増えることがあります!

特に木樽は、この酵母にとって問題になりやすい場所です。
木には細かいすき間があり、ワインがしみ込みます。その中に酵母が入り込むと、洗浄や殺菌だけでは取り除きにくいことがあります。

発酵が終わったから安心、とは限りません。
熟成中のワインにも、酵母の世界はまだ残っているのです!

ブドウ由来の成分をクセのある香りに変える

では、なぜ B. bruxellensis はワインの香りを大きく変えるのでしょうか?

鍵になるのは、ブドウにもともと含まれる成分です。

ブドウには、フェノール酸と呼ばれる成分があります。
これは、植物が持つ成分の一種で、ワインの中にもブドウ由来のフェノール酸が含まれています。

B. bruxellensis は、このフェノール酸を別の物質に変えることができます。

代表的なのが、揮発性フェノールである4-エチルフェノール4-エチルグアイアコールです。

「揮発性」とは、空気中に出て香りとして感じられやすい性質のことです。つまり、揮発性フェノールとは、鼻で感じられるフェノール系の香り成分です。

4-エチルフェノールは、馬小屋、革、薬品、絆創膏のような香りに関わり、4-エチルグアイアコールは、スモーキー、スパイス、クローブのような香りに関わります。

この香りは、少量ならワインに複雑さを加えることがありますが、多くなると果実香や樽香を覆い、ワイン全体の印象を大きく変えてしまいます。

この酵母にとっては、ワイン中にある成分を利用し、自分の代謝を行っているだけです。しかし、その結果として人間の鼻には強いクセのある香りが届いてしまうんですね。

飲み物によっては、個性か、欠陥か。

この違いが、B. bruxellensis の面白さです!


おわりに

Brettanomyces bruxellensis は、ワインでは増えすぎると欠陥臭の原因になります。
一方で、自然発酵ビールでは、そのクセがスタイルの個性になることもあります。

同じ酵母。
同じような香り。
でも、飲み物や文化、濃度によって、受け止められ方は変わります。

酵母の世界には発酵を進める酵母だけでなく、このように香りの意味そのものを揺さぶる酵母もいるのです。

次回は、甘いブドウ果汁を好む酵母 Starmerella bacillaris(スターメレラ・バシラリス)を紹介します。

この酵母は、ブドウ糖よりも果糖を好んで利用する性質を持ち、ワイン発酵ではグリセロールの増加やアルコール低減への可能性が注目されています。

甘い果汁の中でどのように生き、ワインの味わいや発酵にどのような変化をもたらすのか。次回は、「果糖を好むワイン酵母」の世界を見ていきます!


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参考文献

Crauwels, S. et al. 2015. Brettanomyces bruxellensis, essential contributor in spontaneous beer fermentations providing novel opportunities for the brewing industry. BrewingScience, 68, 110–121.

Godoy, L. et al. 2016. Comparative transcriptome assembly and genome-guided profiling for Brettanomyces bruxellensis LAMAP2480 during p-coumaric acid stress. Scientific Reports, 6, 34304. 4.

Coulon, J. et al. 2010. Brettanomyces bruxellensis evolution and volatile phenols production in red wines during storage in bottles. Journal of Applied Microbiology, 108, 1450–1458. 

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