酵母の世界 No.3-1|Torulaspora delbrueckii:蜂蜜や甘い生地に関わる、ストレスに強い酵母
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糖が多ければ、酵母はうれしい?
前回の記事では、Lachancea thermotolerans(ラシャンセア・サーモトレランス)という、ワインの酸味に関わる酵母を紹介しました。
酵母と聞くと、「糖を食べて発酵する微生物」というイメージがあるかもしれません。
では、糖が多い場所ほど、酵母にとって快適なのでしょうか?
実は、そう単純ではありません。糖は酵母にとって大切な栄養源ですが、濃すぎる糖は細胞にとって負担にもなります。
今回紹介する Torulaspora delbrueckii(トルラスポラ・デルブルエッキ)は、甘いパン生地や蜂蜜発酵など、糖が多い発酵環境で注目されてきた酵母です!
ワインやビールでも研究されていますが、この記事では特に、蜂蜜・パン生地・高糖環境との関わりに注目します!
糖が多い場所は、ごちそうの山に見えて、実はなかなか過酷な現場です。
T. delbrueckii は、そんな場所でも働ける可能性を持つ酵母です!
パン生地・冷凍生地・蜂蜜発酵への応用
製パン分野では、甘いパン生地や冷凍生地への応用が研究されています。
甘いパン生地では糖濃度が高く、酵母には強いストレスがかかります。また、製造工程で作られる冷凍生地では、凍結や解凍によって細胞がダメージを受けやすくなります。
一部の T. delbrueckii 株では、こうした甘い生地や冷凍生地の条件で、比較的高い浸透圧耐性や発酵能力を示す例が報告されています。
そのため、製パン用酵母としての利用可能性も検討されてきました!
蜂蜜発酵との関係も興味深い点です!
蜂蜜は糖が非常に濃い環境で、多くの微生物にとっては簡単に増殖できる場所ではありません。蜂蜜を発酵させてつくるお酒「ミード」でも、T. delbrueckii の利用が研究されています。
さらに、ビール醸造でも、香味の変化や低アルコール化に関わる酵母として研究されています。
つまり、T. delbrueckii はワインだけでなく、パン、蜂蜜発酵、ビールなど、複数の発酵産業で利用可能性がある酵母です!
蜂蜜や発酵食品に関わる酵母
T. delbrueckii は、特定の食品のためだけに存在している酵母ではありません。自然界では、果実、植物、土壌、昆虫など、さまざまな環境から報告されています。
中でも興味深いのは、果実や蜂蜜のように、糖が多く、微生物が集まりやすい環境との関係です!
糖がある場所には、酵母にとって利用できる栄養があります。しかし、そこは必ずしも穏やかな場所ではありません。糖の濃度が高かったり、水分が少なかったり、他の微生物との競争があったりします。
T. delbrueckii は、そうした環境に現れる酵母の一つです。
どこにいるかだけでなく、そこでどのような環境に耐え、どのように他の微生物と関わるのか。そこに、この酵母の生態の面白さがあります!
高糖環境と香りに関わる性質
T. delbrueckii の特徴を考えるうえで重要なのが、高糖環境への適応です。
糖が多い環境では、細胞の外側に糖がたくさんあるため、細胞の中から水が抜けやすくなります。これが浸透圧ストレスです。酵母にとっては、栄養があるのに水分を保ちにくいという、少しややこしい環境です。
一部の T. delbrueckii 株では、甘いパン生地や冷凍生地で、S. cerevisiae よりも高い耐性や発酵能力を示す例が報告されています。この性質には、細胞内の保護物質であるトレハロースの蓄積や、ストレス応答の違いが関わると考えられています。
もう一つの特徴が、香りへの影響です!
発酵中、酵母はエステル、高級アルコール、有機酸など、香りや風味に関わるさまざまな成分をつくります。T. delbrueckii では、条件によって、こうした香気成分のバランスが S. cerevisiae とは異なることが報告されています。
たとえば、モノテルペンや高級アルコールのような香りに関わる成分が変化したり、揮発酸やアセトアルデヒドの生成が抑えられたりすることがあります。揮発酸とは、酢酸のように揮発しやすい酸のことで、多すぎるとツンとした酸っぱさや品質低下につながることがあります。アセトアルデヒドも、多すぎると青りんごのような未熟な印象につながる成分です。
つまり、T. delbrueckii は、高糖環境で働ける性質に加えて、発酵食品や飲料の香りのバランスにも関わる酵母と考えることができるのです!
おわりに
Torulaspora delbrueckii は、ワイン発酵でよく知られる酵母ですが、それだけにとどまりません。
甘いパン生地、冷凍生地、蜂蜜発酵、ビールなど、糖が多く、発酵が関わるさまざまな環境で研究されています。
この酵母を知ると、「糖が多い場所は酵母にとって楽な場所」とは限らないことが分かります。糖は栄養である一方、濃すぎるとストレスにもなります。そのような環境で働ける性質が、T. delbrueckii の面白さです!
発酵は、糖があるだけで起こる単純な現象ではありません。
そこにいる酵母が、どのような環境に耐え、どのような香りや風味をつくるかによって、発酵食品の個性は変わっていきます。
次回は、果実や発酵初期に多く見られる酵母、Hanseniaspora uvarum(ハンセニアスポラ・ウヴァルム)について紹介します。
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参考文献
Hernández-López, M. J. et al. (2003). Osmotolerance and leavening ability in sweet and frozen sweet dough. Comparative analysis between Torulaspora delbrueckii and Saccharomyces cerevisiae. Antonie van Leeuwenhoek, 84, 125–134. DOI: 10.1023/A:1025413520192
Canonico, L. et al. (2016). Torulaspora delbrueckii in the brewing process: A new approach to enhance bioflavour and to reduce ethanol content. Food Microbiology, 56, 45–51. DOI: doi.org/10.1016/j.fm.2015.12.005
Ramírez, M., & Velázquez, R. (2018). The yeast Torulaspora delbrueckii: An interesting but difficult-to-use tool for winemaking. Fermentation, 4(4), 94. DOI: 10.3390/fermentation4040094
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