酵母の世界 No.2-1|Lachancea thermotolerans:ワインに酸味を与える、乳酸をつくる酵母
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酵母はアルコールだけをつくる?
酵母と聞くと、「糖をアルコールに変える微生物」というイメージが強いかもしれません。
実際、これまで紹介してきた Saccharomyces(サッカロマイセス)は、パンやお酒の発酵を支える代表的な酵母でした。
では、酵母の役割は「アルコールをつくること」だけなのでしょうか?
今回紹介する Lachancea thermotolerans(ラシャンセア・サーモトレランス)は、そのイメージを少し広げてくれる酵母です。この酵母は、発酵中に乳酸をつくることで知られ、ワインの酸味に関わる non-Saccharomyces 酵母として注目されています。
non-Saccharomyces 酵母とは、簡単に言えば、Saccharomyces 属以外の酵母のことです。以前は「発酵の脇役」と見られることもありましたが、現在では香り、酸味、口当たりなどを変える存在として研究が進んでいます。
酵母といえば「アルコール生産」と思われがちですが、L. thermotolerans はそこに酸味まで足してくる、ユニークな酵母です。
温暖化時代のワインづくりで注目される理由
L. thermotolerans が特に注目されているのは、ワインづくりの分野です。
ワインでは、酸味がとても重要です。酸味は味のバランスだけでなく、pH、色調、微生物管理、保存性にも関わります。特に近年は、温暖な地域や気候変動の影響を受けたブドウ栽培により、ブドウの糖度が高くなりやすくなります。また、有機酸が低下し、ワインのpHが高くなることなどが問題になっています。
そこで注目されているのが、発酵中に乳酸をつくる L. thermotolerans です。この酵母を使うことで、ワインの酸度を上げ、pHを下げる「生物学的な酸度調整」が期待されています。
ここでいう生物学的な酸度調整とは、薬品のように外から酸を加えるのではなく、酵母自身の代謝によって酸をつくらせる方法です。つまり、発酵の中でワインの味や性質を整えるという考え方です。
ただし、L. thermotolerans だけでワイン発酵を最後まで完了させるというより、実際には S. cerevisiae と組み合わせて使われることが多いです。たとえば、L. thermotolerans が先に乳酸をつくり、その後または同時に S. cerevisiae がアルコール発酵を進める、という使い方が検討されています。
つまり、L. thermotolerans はワインの主役を奪う酵母というより、酸味やバランスを整えるための「発酵の共演者」として重要なのです。
ちなみに、L. thermotolerans はワインだけでなく、ビール醸造でも注目されています!
乳酸をつくる性質を利用して、乳酸菌を使わずに酸味のあるサワービールをつくる研究や実用例があります。特にクラフトビールでは、酸味やフルーティーな香りを設計するための酵母として関心が高まっています。
ブドウ畑から発酵タンクへ入ってくる酵母
L. thermotolerans も、ワインづくりのためだけに存在している酵母ではありません。自然界では、ブドウを含む果実、植物、土壌、昆虫など、さまざまな環境から見つかる酵母として知られています。
特にナチュラルワイン造りでは、自然発酵の初期段階に関わる non-Saccharomyces 酵母の一つとして注目されています。ワイン発酵では、最終的に S. cerevisiae が強く働くことが多いですが、発酵の最初から最後まで一種類の酵母だけが働いているわけではありません。
発酵の初期には、Hanseniaspora(ハンセニアスポラ)、Metschnikowia(メチニコビア)、Torulaspora(トルラスポラ)、そして Lachancea(ラカンセア)など、さまざまな non-Saccharomyces 酵母が関わります。これらの酵母は、香り、有機酸、栄養環境などに影響し、その後の発酵やワインの個性にも関わることがあります。
L. thermotolerans を知ると、ワインの個性は発酵タンクの中だけで生まれるのではなく、ブドウ畑やその周辺の微生物生態系ともつながっていることが見えてきます。
糖から乳酸をつくるという個性
L. thermotolerans の最大の特徴は、発酵中に乳酸をつくることです。
多くの酵母は、糖を利用してエタノールと二酸化炭素をつくります。一方、L. thermotolerans は、糖の一部を乳酸の生成に向けることができます。つまり、糖をアルコールだけでなく、酸味に関わる成分にも変える酵母です。
この乳酸生成には、乳酸脱水素酵素という酵素が関わるとされています。酵素というのは、細胞の中で特定の化学反応を進めるタンパク質のことです。ここでは、糖からできた代謝産物の一部を乳酸へ変える働きに関わります。
この性質によって、L. thermotolerans を使った発酵では、ワインの酸度が上がり、pHが下がることがあります。酸味が補われることで、味のバランスや品質安定性に良い影響を与える可能性があります。
ただし、すべての L. thermotolerans が同じように働くわけではありません!株によって、乳酸をどれくらいつくるか、香りにどのような影響を与えるかは大きく異なります。
つまり、L. thermotolerans は「酸をつくる酵母」と一言でまとめられますが、実際にはどの株を使うか、どの条件で発酵させるかがとても重要です。ここに、ワイン酵母としての面白さと難しさを感じます。
おわりに
Lachancea thermotolerans は、酵母のイメージを少し広げてくれる存在です。
これまで紹介してきた Saccharomyces 系の酵母は、パンやお酒の発酵を支える「アルコール発酵の主役」として重要でした。一方、L. thermotolerans は、乳酸をつくることでワインの酸味やpHに関わります。
この酵母を知ると、酵母は単にアルコールをつくるだけの微生物ではなく、味のバランスや発酵の設計にも関わる存在だと分かります。
発酵食品やお酒の個性は、原料だけで決まるわけではありません!!
そこにどんな酵母や微生物が関わるかによって、酸味、香り、口当たりは変わっていきます。
S. cerevisiae が「発酵を進める酵母」だとすれば、L. thermotolerans は「味をアレンジする酵母」と言えるかもしれませんね!
次回は、同じくワイン発酵で注目される non-Saccharomyces 酵母、Torulaspora delbrueckii(トルラスポラ・デルブルエッキ)について紹介します。
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参考文献
Vicente, J. et al. (2021). An integrative view of the role of Lachancea thermotolerans in wine technology. Foods, 10(11), 2878. DOI: 10.3390/foods10112878
Porter, T. J. et al. (2019). Lachancea yeast species: Origin, biochemical characteristics and oenological significance. Food Research International, 119, 378–389. DOI: 10.1016/j.foodres.2019.02.003
Vicente, J. et al. (2025). Fermentative factors shape transcriptional response of Lachancea thermotolerans and wine acidification. npj Science of Food, 9, 90. DOI: 10.1038/s41538-025-00467-y
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