酵母の世界 No.24-1|Ambrosiozyma monospora:木の中で昆虫と暮らす酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、研究に使われる Schizosaccharomyces japonicus(シゾサッカロマイセス・ジャポニクス)を紹介しました。
今回は研究室を離れて、木の中へ行ってみましょう。
木に穴を掘って暮らす「アンブロシア甲虫」という昆虫がいます。
彼らは木の中で菌類を育て、それを食料として利用します。
アンブロシア甲虫と暮らす酵母の一つが、今回の主役 Ambrosiozyma monospora(アンブロシオザイマ・モノスポラ)です。
では、昆虫と住む木の中で、酵母は何をしているのでしょうか?
甲虫の食料になる酵母
アンブロシア甲虫の多くは、木の中に坑道を掘り、そこへ共生する菌類を持ち込みます。
さらに一部の種類の甲虫は、「菌嚢」と呼ばれる専用の器官に菌類を保持し、新しい木へ運びます。
甲虫が菌を運び、木の中で増やし、それを食べる。
それはまるで、木の内部につくられた小さな農場です。
A. monospora とアンブロシア甲虫との関係は古くから知られています。1960年代の調査では、現在の A. monospora にあたる菌が坑道の壁に広がり、幼虫の主要な食料になっていることが報告されました。
お気づきかもしれませんが、Ambrosiozyma (アンブロシオザイマ)という属名そのものも、アンブロシア甲虫との深い関係に由来しています!
その後の研究でも、A. monospora は別のアンブロシア甲虫から見つかっています。
しかも、木の中の坑道だけでなく、甲虫が菌類を運ぶための器官である菌嚢からも検出されています。さらに実験では、A. monospora が実際にマイカンギウムへ定着できることも示されました。
つまり、甲虫によって運ばれる菌類の一つと考えられます。
ただし、ある甲虫では食料になることが分かっていますが、別の甲虫では何をしているのか、まだよく分かっていません。
つまり、アンブロシア甲虫との生活には、複数の別の菌類が暮らし、それぞれ違う役割を持っている可能性があるのです。
木の中にいるなら、木を分解する?
では、A. monospora は木材そのものを分解して増えているのでしょうか。
マツ材を使った実験では、この酵母が木材を強く壊すような能力は確認されませんでした。
ということは、木の中に暮らすことと、木そのものを分解できることは同じではなさそうです。
一方で、この酵母には興味深い代謝能力があります。
A. monospora は、一般的な酵母が発酵しにくいキシロースやL-アラビノースといった糖を利用できます。
これらは植物の細胞壁を構成する成分にも含まれる糖です。
木に関わる酵母が、植物由来のこうした糖を使えるということは、やはりこの酵母は木との関係に何か特長がありそうです。
しかしながら、自然の坑道で実際にこれらの糖を利用しているのか、また、この能力が甲虫との共生に重要なのかは、まだ分かっていません。
なので、今後の研究を待ちたいところですね。
植物バイオマスへの利用
キシロースやアラビノースを利用できる性質は、植物バイオマスを使った物質生産の研究でも注目されています。
また、A. monospora の糖代謝酵素や糖を取り込む仕組みは、代謝工学の研究材料として調べられています。
しかしながら、まだこの酵母自体が工業生産に広く使われているわけではなく、自然界で見つかった珍しい能力を、人間がものづくりのヒントとして調べている段階です。
おわりに
Ambrosiozyma monospora(アンブロシオザイマ・モノスポラ)を追いかけると、たどり着くのは昆虫が木の中につくった「菌類農場」でした!
アンブロシア甲虫は菌類を運び、木の中で育て、食料として利用します。
そして、その菌類の一つとして酵母も暮らしています。
面白いのは、酵母が人間の発酵に役立つだけの微生物ではないことです。
自然界では、昆虫の食べ物になったり、その暮らしを支える微生物群集の一員になったりしています。
木に開いた小さな穴。
その奥をのぞけば、昆虫だけでなく、酵母を含むいくつもの生物がつながって生きる世界があります。
酵母を知ることは、発酵を知るだけではなく、自然界の生き物どうしの関係を見ることでもありそうです。
次回は、葉や果実に暮らし、ほかの微生物と競争しながら生きる酵母様菌 Aureobasidium pullulans(オーレオバシディウム・プルランス)を紹介します!
自然界で身につけた彼らの性質は、植物病害を抑える「生物防除」にもつながっています!
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参考文献
Batra LR. Contributions to our knowledge of ambrosia fungi. II. Endomycopsis fasciculata nom. nov. (Ascomycetes). American Journal of Botany.
van der Walt JP. The yeast genus Ambrosiozyma gen. nov. (Ascomycetes). Mycopathologia et Mycologia Applicata. 1972;46:305–315.
Masoudi A, et al. Fulfilling Koch-like postulates for animal fungal mutualists: new fungal symbionts and gallery and mycangial colonisation by Xyleborus affinis ambrosia fungi. Environmental Microbiology. 2026.
Dien BS, Kurtzman CP, Saha BC, Bothast RJ. Screening for L-arabinose fermenting yeasts. Applied Biochemistry and Biotechnology. 1996;57–58:233–242.
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