酵母の世界 No.12-2|Schizosaccharomyces japonicus:生命の「違い」を比べるモデル酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、低アルコールビールの醸造に利用される Pichia kluyveri(ピキア・クルイベリ)を紹介しました。
今回は、醸造から少し離れて、生命科学の研究に使われる酵母のお話です。
研究では、複雑な生命現象を理解するために、観察しやすく、扱いやすい生物を使うことがあります。
こうした生物を「モデル生物」と呼びます。
酵母もそのひとつで、私たちの細胞にも共通する「細胞が増える仕組み」を調べるために使われてきました。
でも、すでによく研究された酵母がいるなら、それだけを調べれば十分なようにも思えます。
ところが生命科学では、よく似た生物の違いを比べることも重要となります。
今回紹介する Schizosaccharomyces japonicus(シゾサッカロマイセス・ジャポニクス)は、その理由を教えてくれる酵母です。
日本で見つかった酵母
S. japonicus は、その名前「ジャポニクス」の通り、日本と関係の深い酵母です!
最初の菌株は、1920年代に九州大学の農場で採取されたイチゴを使った発酵液から分離されました。
つまり、「japonicus」という名前は、日本で見つかったことに由来します。
その後の研究では、果実や果実発酵だけでなく、森林に関係する環境からも見つかっています。
生態についてはまだ分かっていない部分も多いものの、研究室だけに存在する特殊な酵母ではなく、自然界で独自の生活をしてきた生物と言えそうです。
そして、この自然の中で生きてきた酵母が、生命科学では少し変わったモデル生物として注目されています!
姿を大きく変える分裂酵母
普段の S. japonicus は、一つひとつの細胞として成長し、中央で二つに分かれて増えていきます。
ところが、環境条件が変わると、その姿を大きく変えることがあります。
細胞の先端を伸ばし続け、カビのような長い菌糸をつくるのです!
このように、同じ生物が環境に応じて「酵母型」と「菌糸型」を切り替える性質を二形性と呼びます。
この切り替えがの面白い点は、細胞が周囲の環境を感じ取り、それに応じて成長のしかたを変えている点です。
つまり S. japonicus は、「環境の変化を細胞がどう受け取り、どのように形の変化へつなげるのか」を調べる研究材料になります!
こうした仕組みは、酵母だけでなく、さまざまな真菌が環境に適応するときにも重要です。
こうした特徴から、S. japonicus は、真菌が周囲の環境を感じ取り、細胞の形や成長方法を変える仕組みを調べるモデルとして使われています!
同じ「細胞分裂」でも方法が異なる
S. japonicus がモデル生物として面白い理由は、もう一つあります。
近縁種には、生命科学で長く使われてきた Schizosaccharomyces pombe (シゾサッカロマイセス・ポンべ)という有名なモデル酵母がいます↓
S. pombe の研究からは、細胞がいつ分裂するのか、コピーしたDNAをどうやって二つの細胞に分けるのかといった、生命の基本的な仕組みが調べられてきました。
すでに S. pombe がいるなら、それだけを研究すれば十分なようにも思えます。
ところが、よく似た S. japonicus と比べてみると、細胞分裂の「やり方」が少し違います。
まず私たちの体の情報を保持するDNAは、「核」という部屋の中に収められ、その周りを膜が包んでいます。
S. pombe は、いわばその部屋を閉じたまま、中身を二つに分けるように細胞分裂を進めます。
一方、S. japonicus では、分裂の終盤になると、その核を包む膜の一部が開きます。そして、DNAが二つの新しい細胞へと分けられていきます。
つまり、同じように二つの細胞をつくる酵母でも、核という「DNAの部屋」をどう扱うかが違うのです。
ここで大切なのは、
同じ「細胞を二つに分ける」という仕事でも、生物によってやり方は一つではない。
ということです。
その違いを比べることで、どの仕組みが生命に広く共通し、どの仕組みがそれぞれの生物で変化してきたのかを考えることができます。
「違い」を比べるためのモデル生物
ここまで見てきたように、S. japonicus は、近縁の S. pombe とよく似ていながら、細胞の形や分裂のしかたには違いがあります。
実は、この「似ているけれど、少し違う」という関係こそが、研究では重要です!
一種類の生物だけを見ていると、そこで起きている現象が、「すべての生物に共通するものなのか」、「その生物だけの特徴なのか」を判断するのは簡単ではありません。
そこで、近縁の生物同士を比べます。
共通している部分を探せば、長い進化の中でも受け継がれてきた、生命にとって重要な仕組みが見えてきます。
一方、違っている部分を調べれば、それぞれの生物が環境や進化の中で、どのように異なる生き方を獲得してきたのかが見えてきます。
つまり、モデル生物は「人間の代わり」になるためだけではありません。
生物同士を比べることで、生命の共通点と多様性を見つけるための存在でもあるのです。
S. japonicus は、まさにそのような研究に使われるモデル酵母です。
これは、すぐに食品や薬をつくるような研究ではありません。
しかし、「細胞がどのように形をつくり、分裂し、環境に合わせて変化するのか。」その基本を理解することは、真菌だけでなく、より広く細胞というものを理解するための土台になるのです。
おわりに
Schizosaccharomyces japonicus(シゾサッカロマイセス・ジャポニクス)は、日本のイチゴを使った発酵から見つかり、現在では生命科学のモデルとして研究されるようになった酵母です。
しかし現在、この小さな生物は、発酵のためではなく、生命の仕組みを理解するために研究されています。
今回見てきたように、生物を理解する方法は、一種類を詳しく調べることだけではありません。
よく似た生物を並べ、その共通点と違いを見ることで、初めて見えてくるものがあります。
生命にとって変わらない部分と、環境や進化の中で変わってきた部分を見分ける。
S. japonicus は、そんな生命科学の「比較する」という考え方を見せてくれる酵母です。
酵母というと、パンやビール、日本酒をつくる微生物を思い浮かべるかもしれませんが、その小さな細胞を覗いてみると、そこには私たちにもつながる細胞の仕組みと、生物が積み重ねてきた進化の違いが隠れています。
酵母は、ものづくりの主役であると同時に、生命そのものを見るための窓にもなっているのです!
次回は、発酵や研究室を離れて、木の中へ向かいます。
木に坑道を掘り、菌類を育てて食べる「アンブロシア甲虫」。
その小さな菌類農場には、酵母も暮らしています。
次回は、昆虫との不思議な関係を持つ酵母 Ambrosiozyma monospora (アンブロシオザイマ・モノスポラ)を紹介します!
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参考文献
Rutherford KM, et al. JaponicusDB: rapid deployment of a model organism database for an emerging model species. Genetics. 2022;220(4):iyab223.
Brysch-Herzberg M, et al. Insights into the ecology of Schizosaccharomyces species in natural and artificial habitats. Antonie van Leeuwenhoek. 2022;115:661–676.
Kinnaer C, et al. Yeast-to-hypha transition of Schizosaccharomyces japonicus in response to environmental stimuli. Molecular Biology of the Cell. 2019;30:975–991.
Aoki K, et al. Breakage of the nuclear envelope by an extending mitotic nucleus in Schizosaccharomyces japonicus. Genes to Cells. 2011;16:911–926.
Niki H. Schizosaccharomyces japonicus: the fission yeast is a fusion of yeast and hyphae. Yeast. 2014;31:83–90.
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