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酵母の世界 No.1-1|Saccharomyces cerevisiae:パン屋にも酒蔵にも研究室にもいる酵母

酵母の世界全体をめぐるためのまとめページを作成してます↓


パン酵母とビール酵母は同じ種?

パンを膨らませる酵母と、ビールをつくる酵母。
ワインを発酵させる酵母と、日本酒をつくる酵母。

これらが、同じ種の酵母だと聞いたら、少し驚くかもしれません。

その代表的な酵母が、Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)です。

S. cerevisiae は、パン酵母、ビール酵母、ワイン酵母、日本酒酵母として知られ、人類の発酵文化を長く支えてきました。しかも、この酵母の面白さは「発酵に使われる」という点だけではありません!!
実は、生命科学の研究にも大きく貢献してきた、とても特別な酵母です。

糖を「泡」と「アルコール」に変える酵母

では、この酵母はいったい何をしているのでしょうか?

大きな特徴は、糖を利用してエタノールと二酸化炭素をつくることです。パン作りでは、発生した二酸化炭素が生地を膨らませます。ビールやワイン、日本酒では、糖からエタノールが生まれ、発酵由来の香りも形成されます。

つまり、S. cerevisiae は、糖を「泡」や「アルコール」へ変える酵母だと言えます。

人間に選ばれてきた酵母

では、なぜ同じ S. cerevisiae なのに、パン、ビール、ワイン、日本酒など、これほど幅広い発酵に使われているのでしょうか?

その理由のひとつは、発酵の現場ごとに、酵母に求められる性質が違うからです。

パン生地の中では、短い時間で二酸化炭素を出し、生地をしっかり膨らませることが重要になります。
ビールでは、麦芽由来の糖を利用しながら、アルコールをつくり、香味にも影響します。
ワインでは、高い糖濃度や酸性条件の中で発酵を進める必要があります。
日本酒では、麹によって米のでんぷんから作られた糖を利用しながら、高いアルコール濃度まで発酵を進めます。

つまり、同じ S. cerevisiae でも、働く場所によって求められる能力が少しずつ違います。

人間は長い発酵の歴史の中で、「よく膨らむ酵母」「おいしいお酒をつくる酵母」「強い発酵力を持つ酵母」を選び、使い続けてきました。その積み重ねによって、パン作りに向いた酵母、ビール醸造に向いた酵母、ワイン発酵に向いた酵母、日本酒造りに向いた酵母が利用されるようになったと考えられます。

ここで面白いのは、S. cerevisiae が「人間のために生まれた酵母」ではないという点です!

私たちはつい、パン酵母やビール酵母としてこの酵母を見てしまいます。しかし酵母にとっては、パン屋や酒蔵だけが世界ではありません。野生環境にも S. cerevisiae は存在しており、自然界でどのように生きているのかも研究されています。

この視点で見ると、発酵は少し違って見えてきます。

人間が酵母を発明したのではなく、自然界にいた酵母の能力を見つけ、その力をパンやお酒づくりに利用してきた。つまり、S. cerevisiae は「人間に使われてきた酵母」であると同時に、「自然界にルーツを持つ酵母」でもあります。

発酵食品の中で働く姿だけでなく、自然界での生き方まで考えると、S. cerevisiae は単なる「便利な発酵酵母」ではなく、人間と自然のあいだをつなぐ存在として見えてきます。

生命科学にも名前を残した

さらに驚くべきことに、S. cerevisiae は生命科学の歴史にも名前を残しています。

1996年、S. cerevisiae は全ゲノム配列が解読された最初の真核生物となりました。ヒトゲノムが読まれるより前に、まず酵母のゲノムが読まれたのです。そのゲノムは約1,206万塩基対で、当時約5,885個のタンパク質をコードする遺伝子が報告されました。

小さな単細胞生物でありながら、S. cerevisiae は核やミトコンドリアを持つ真核生物です。そのため、細胞周期、遺伝子発現、DNA修復、老化、代謝など、さまざまな生命現象を理解するためのモデル生物として使われてきました。

身近すぎて見過ごされがちですが、S. cerevisiae は、食文化と科学の両方を支えてきた酵母です!

パン屋にも、酒蔵にも、研究室にもいる酵母。
それが、Saccharomyces cerevisiae です。


おわりに

S. cerevisiae は、酵母の世界をめぐるうえで、最初に知っておきたい代表的な存在です。

パンやお酒をつくる酵母として身近でありながら、ゲノム研究や生命科学の発展にも深く関わってきました。さらに、自然界での生き方や、人間による選抜・家畜化を考えるうえでも重要な酵母です。

この酵母を知ると、いつものパンやビール、ワイン、日本酒の向こう側に、微生物の長い歴史と人間との関わりが見えてきます。

次は、同じ Saccharomyces 属の中でも、ラガービールを支えてきた酵母、Saccharomyces pastorianus(サッカロマイセス・パストリアヌス)について紹介します。


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参考文献

Goffeau, A. et al. (1996). Life with 6000 genes. Science, 274(5287), 546–567. https://doi.org/10.1126/science.274.5287.546

Liti, G. (2015). The fascinating and secret wild life of the budding yeast S. cerevisiae. eLife, 4, e05835. https://doi.org/10.7554/eLife.05835

Peter, J. et al. (2018). Genome evolution across 1,011 Saccharomyces cerevisiae isolates. Nature, 556, 339–344. https://doi.org/10.1038/s41586-018-0030-5

Gallone, B. et al. (2016). Domestication and divergence of Saccharomyces cerevisiae beer yeasts. Cell, 166(6), 1397–1410.e16. https://doi.org/10.1016/j.cell.2016.08.020


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