酵母の世界 No.1-2|Saccharomyces pastorianus:ラガービールを生んだハイブリッド酵母
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ラガービールの裏側にいる酵母
エールビールとラガービール。
みなさんはどちらがお好きですか?
「芳醇な香り」「スッキリした口当たり」
どちらも特有の良さがありますよね!
この違いは、味や飲み口だけではありません。
実は、発酵を担う酵母にも違いがあります!
前回紹介した Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)は、パンやエールビール、ワイン、日本酒など様々な製品に関わる代表的な酵母でした。
一方、今回取り上げる Saccharomyces pastorianus(サッカロマイセス・パストリアヌス)は、特にラガービールの発酵を支えてきた酵母です。
この酵母の面白いところは、ラガービールに使われるだけでなく、異なる酵母どうしが出会って生まれたハイブリッド酵母である点です!
エール酵母が「暖かい場所で元気に働くタイプ」だとすると、S. pastorianus は「寒い場所でも黙々と働くタイプ」の酵母です。
ラガービールを支える酵母
S. pastorianus の最大の仕事は、ラガービールでの発酵です。
エールビールでは主に S. cerevisiae が使われるのに対し、ラガービールでは S. pastorianus が重要な役割を果たします。ラガービールは、比較的低温で発酵・熟成されることが多く、すっきりした飲み口が特徴です。この低温条件で安定して発酵できることが、S. pastorianus の大きな強みです!
もちろん、ラガービールの味わいは酵母だけで決まるわけではありません。麦芽、ホップ、水、発酵温度、熟成条件など、さまざまな要素が関わります。それでも、低温で発酵を進められる S. pastorianus の存在は、ラガービールというスタイルを支える重要な要素のひとつです。
世界中で飲まれているラガービールの裏側には、この低温発酵に適した酵母がいます。普段何気なく飲んでいる一杯にも、酵母の働きがしっかり隠れているのです。
ラガー酵母の「親探し」という物語
S. pastorianus を語るうえで外せないのが、その起源です。
この酵母は、単独の野生種として自然界からそのまま見つかった酵母ではなく、異なる Saccharomyces 属の酵母どうしが交雑して生まれたハイブリッド酵母と考えられています。
現在の理解では、S. pastorianus は、S. cerevisiae と Saccharomyces eubayanus(サッカロマイセス・ユーバヤヌス)に由来するゲノムを持っています。前者は発酵産業で広く利用されてきた酵母であり、後者は低温環境への適応性と関係する野生酵母として注目されています!
ここで面白いのは、S. eubayanus が長い間「ラガービール酵母の失われた親」として謎だったことです。ラガービールは世界中で飲まれているにもかかわらず、その酵母の祖先の一部は長くはっきり分かっていませんでした。
その後、野生酵母の探索とゲノム解析によって、S. eubayanus が S. pastorianus の重要な親種であることが示されました。
この視点で見ると、ラガービールは単なる工業製品ではありません。
人間の醸造文化と、自然界に存在していた野生酵母の多様性が出会って生まれた発酵文化とも言えます。
低温で糖を利用し、発酵を進める
S. pastorianus の代謝的な特徴は、低温環境で発酵を進められることです。
酵母にとって、低温は易しい環境ではありません。温度が下がると、細胞内の反応は遅くなり、膜の性質や酵素の働きにも影響が出ます。そのため、低温で安定して発酵するには、その環境に適応した性質が必要です。
ビール醸造では、麦汁中の糖を利用できることも重要です。麦汁にはグルコースだけでなく、マルトースやマルトトリオースといった麦芽由来の糖が多く含まれます。これらの糖をどれだけ利用できるかは、発酵の進み方、アルコール生成、残糖、味わいに影響します。
さらに、酵母の代謝は香味にも関わります。発酵中に酵母がつくるアルコール類、エステル、有機酸、硫黄化合物などは、ビールの香りや風味に影響します。
つまり、S. pastorianus は、低温で働き、麦汁中の糖を利用し、発酵由来の香味にも関わりながら、ラガービールらしい仕上がりを支えている酵母です。
おわりに
S. pastorianus は、ラガービールを支える低温発酵酵母です。
前回紹介した S. cerevisiae が、パンやお酒、生命科学を支えてきた代表的な酵母だとすれば、S. pastorianus は、ラガービールという発酵文化の中で重要な役割を果たしてきた酵母です。
この酵母を知ると、ラガービールのすっきりした味わいの裏側に、低温で働く酵母の代謝があり、その背景には野生酵母との出会いや進化の歴史があることが見えてきます。
普段何気なく飲んでいるビールも、酵母の視点から見ると少し違って見えるかもしれませんね!
次回は、S. pastorianus の親の一方として注目される野生酵母、Saccharomyces eubayanus(サッカロマイセス・ユーバヤヌス)について紹介します。
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参考文献
Nakao, Y. et al. (2009). The genome sequence of the lager brewing yeast, an interspecies hybrid. DNA Research, 2, 115–129. https://doi.org/10.1093/dnares/dsp003
Libkind, D. et al. (2011). Microbe domestication and the identification of the wild genetic stock of lager-brewing yeast. Proceedings of the National Academy of Sciences, 35, 14539–14544. https://doi.org/10.1073/pnas.1105430108
de Vries, A. R. G. et al. (2019). Lager-brewing yeasts in the era of modern genetics. FEMS Yeast Research, 19, foz063.
https://doi.org/10.1093/femsyr/foz06
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