見出し画像

酵母の世界 No.23-2|Pichia kudriavzevii:酸の中でも代謝を止めない酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、多彩な働きを持つ酵母Pichia fermentans(ピキア・ファーメンタンス)について紹介しました!

今回のキーワードは「酸っぱさ」です!
「酸っぱい」という感覚は、果物の爽やかさや発酵食品のおいしさにつながります。

しかし、微生物にとって酸は、細胞の働きを乱し、生育や発酵を止めかねない厳しい環境です。

それでも、酸の中で代謝を続ける酵母がいます。

今回紹介するのは、Pichia kudriavzevii(ピキア・クドリアブゼビイ)です。
産業分野では Issatchenkia orientalis (イサチェンキア・オリエンタリス)、医療分野では Candida krusei (カンジダ・クルセイ) という名前でも知られてきました。

なぜこの酵母は、ほかの微生物を弱らせる酸の中でも活動できるのでしょうか?

そこには、酸を防ぐだけではない、興味深い代謝の仕組みがあります!


酸と熱が重なる発酵環境に暮らす

P. kudriavzevii は、果実や土壌だけでなく、コーヒー、カカオ、サワードウ、穀物や果実を使った発酵食品などから見つかります。

これらの環境では、発酵が進むにつれて糖が減り、有機酸エタノールが増えていきます。
また、発酵熱によって温度が上がる場合もあります。

つまり、時間がたつほど、多くの微生物にとって暮らしにくい環境へ変わっていくのです。

それでも、この酵母は酸、高温、エタノールなど、複数のストレスが重なる条件で生育できる能力を持っています。

コーヒー豆の発酵では、P. kudriavzevii を加えると発酵中の主要な酵母として増殖し、糖の消費やアルコール、エステル、有機酸などの生成に影響しました。
焙煎後のコーヒーでも、香りや酸味の評価が変化しています。

発酵環境に最後まで残ることは、それだけで食品の味や香りを左右する力になります。


酸を防ぐだけでは生き残れない

では、酸は酵母の細胞に何をするのでしょうか?

酸性の環境では、一部の有機酸が細胞膜を通り抜けます
細胞内に入ると、水素イオンと有機酸由来の成分に分かれ、細胞の内側を酸性へ傾けます。

そのため、酵母は水素イオンを細胞外へくみ出し、細胞内を生育に適した状態へ戻さなければなりません。
しかし、この作業にはATPと呼ばれる細胞のエネルギーが必要です。

つまり、P. kudriavzeviiは酸の侵入を抑え、細胞内へ入った水素イオンを排出し、傷ついた細胞膜やタンパク質を修復しながら、必要なエネルギーをつくっています。

実際にP. kudriavzevii の低pH応答を調べた研究では、アルギニンというアミノ酸を分解した際に生じるアンモニアが、細胞内の酸性化を和らげる可能性も示されました。

この酵母の強さは、一枚の頑丈な壁によるものではありません。
細胞膜、エネルギー代謝、アミノ酸代謝、ストレス応答を組み合わせて、崩れそうになる細胞内の環境を立て直しているのです!


酸を「敵」から「資源」へ変える

さらに面白いのは、P. kudriavzevii が酸に耐えるだけでなく、一部の有機酸を利用できることです。

細胞膜には、物質を選んで運ぶ「輸送体」と呼ばれるタンパク質があります。
この酵母では、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸などを取り込む輸送体、さらには、クエン酸の取り込みに関わる輸送体も見つかっています。

取り込まれた有機酸は、条件によって細胞内の中心的な代謝へつながり、炭素源として利用されます。

P. kudriavzeviiはこのように、酸を単に遠ざけるのではなく、選んで取り込み、代謝へつなげられることができる、面白い酵母なのです。

こうして、ほかの微生物にとって負担になる物質が、P. kudriavzevii にとっては生きるための資源にもなり得るのです。


酸への強さをものづくりに利用する

この性質は、食品発酵だけでなく、バイオテクノロジーでも注目されています。

乳酸やコハク酸、リンゴ酸などの有機酸は、食品、医薬品、樹脂や化学製品の原料として利用されています。
しかし、微生物に酸をつくらせると、培養液が酸性になり、生産菌自身が弱ってしまいます

そこで通常は、アルカリを加えて酸を中和しながら発酵させます。
ところが、最後に目的の酸を回収するには、再び酸性へ戻す工程が必要です。
そのため、薬品の使用量や副産物が増え、精製も複雑になります。

そこで、酸性条件でも生育できる P. kudriavzevii なら、中和を減らした状態で有機酸を生産できる可能性があります!

実際に、代謝を改変した株を使い、コハク酸を生産する発酵プロセスが開発されました。
サトウキビ果汁を原料とした培養や、パイロットスケールへの拡大も実施されています。

自然界で酸から身を守ってきた能力が、工場では「酸を効率よくつくる能力」として価値を持つのです。


おわりに

Pichia kudriavzevii(ピキア・クドリアブゼビイ)は、酸をただ防いでいるわけではありません。
エネルギーを使って細胞内の状態を保ち、ときには有機酸を取り込んで、代謝の資源として利用します。

その強さは、酸や熱、エタノールが重なる環境を生き抜く中で獲得されてきた性質です。

自然界での適応が、食品発酵や有機酸生産などの産業的な価値へ変わる。

P. kudriavzevii は、発酵産業とは「微生物に新しい力を与えるだけでなく、自然の中にある力を見つけ直す営みでもある」ことを教えてくれます。


次回は、果汁に含まれるアミノ酸から、花や蜂蜜を思わせる香りをつくる酵母 Hanseniaspora vineae(ハンセニアスポラ・ヴィネア)を紹介します。

ワインの香りは、ブドウだけで決まるのでしょうか?

この酵母は、発酵中にアミノ酸を香気成分へ変え、果汁には目立たなかった花の香りを新しく生み出します。

原料と酵母の代謝が出会うことで、香りがどのようにつくられるのかを見ていきましょう!


★過去の様々なトピックの記事を全てまとめてます。詳細はこちらから↓

これらの記事が参考になったら「スキ&フォロー」をぜひお願いします!


参考文献

Douglass AP, et al. Population genomics shows no distinction between pathogenic Candida krusei and environmental Pichia kudriavzevii: One species, four names. PLoS Pathogens. 2018;14.

Ji H, et al. Transcriptional profiling reveals molecular basis and the role of arginine in response to low-pH stress in Pichia kudriavzevii. Journal of Bioscience and Bioengineering. 2020;130:501–508.

Xi Y, et al. Characterization of JEN family carboxylate transporters from the acid-tolerant yeast Pichia kudriavzevii and their applications in succinic acid production. Microbial Biotechnology. 2021;14:1130–1147. doi:10.1111/1751-7915.13781

Elhalis H, et al. Microbiological and chemical characteristics of wet coffee fermentation inoculated with Hanseniaspora uvarum and Pichia kudriavzevii and their impact on coffee sensory quality. Frontiers in Microbiology. 2021;12:713969.

Tran VG, et al. An end-to-end pipeline for succinic acid production at an industrially relevant scale using Issatchenkia orientalis. Nature Communications. 2023;14:6152.

#学び
#発酵
#微生物
#酵母
#趣味
#文化
#科学
#教育
#酸
#バイオ産業
#バイオテクノロジー
#コーヒー

いいなと思ったら応援しよう!

りょう_海外研究者 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはさらなる価値向上のために使用させていただきます!