【連載小説|ホラー】第五話:No Control―投棄拒否―/構築済み:ドキュメント・零
佐伯は狂ったようにデリートキーを連打した。
指先が痛むほど叩きつけているのに、画面上の高原のクリップは一ミリも動かない。それどころか、編集ソフトのタイムラインには無情なダイアログが躍った。
[ Error: Required Object Cannot Be Deleted ]
(エラー:必須オブジェクトは削除できません)
「ふざけるな! 高原は人間だ、オブジェクトなんかじゃない!」
叫ぶ佐伯の目の前で、高原の肉体はさらに崩壊を速めていた。
彼の胸から腹にかけて、古いデジタル放送のようなブロックノイズが激しく走り、背景の壁紙の模様が、彼の皮膚の上にじわりと『上書き』されていく。
実在する人間が、背景という名のテクスチャに食いつぶされていく光景。
高原は、もはや自分の腕がないことにすら気づいていないようだった。
彼は残った左手で、自身のウェブカメラを掴み、レンズを喉元に押し当てるようにして、最後の手がかりを絞り出した。
「佐伯……聞け。零は、プログラムじゃない。……あいつは、『かつて、俺たちと同じ側にいた人間』だ」
ノイズの隙間から漏れる、ひどく掠れた声。
高原の瞳が、一度だけ、あの団地の素材に映っていた『目』と同じように、不自然なタイミングで瞬いた。
「……あいつは、最初に『編集』されたんだ。現実を、自分の都合のいいように書き換える力に魅入られて……自分の『実在』を、サーバーの底に売り払った。……零は、『名前を奪われた最初の犠牲者』なんだよ……!」
直後、高原の背後の空間が、バグのように激しく反転した。
彼の部屋にあった本棚も、モニターも、散乱したコードも。
それらすべてが、一瞬にして『何もない、灰色のワイヤーフレーム』へと先祖返りし、高原の絶叫すらも、0と1のデジタル符号へと分解されていく。
「高原ーーっ!」
佐伯の叫びに呼応するように、画面の中央に進捗バーが現れた。
[ Rendering: 100% Completed ]
[ Object 'TAKAHARA_N' Status: Integrated ]
(オブジェクト『高原』:統合完了)
静寂が訪れた。
編集画面には、もう高原の姿はない。
そこには、最初から誰も住んでいなかったかのように、完璧に『ノイズ除去』された、空っぽの部屋の静止画が映っているだけだった。
――カシャリ。
静まり返った部屋に、またあの音が響く。
玄関の三和土に、二つ目の『黒い箱』が投げ込まれた音だ。
佐伯が震える足でそれを取りに行くと、中には高原が肌身離さず持っていたはずの、指紋の付いたUSBメモリが、まるで遺骨のように収められていた。
第六話へ続く
いいなと思ったら応援しよう!
お読みいただきありがとうございました。チップをいただけたら泣いて喜びます。