離島応援ナースのリアル|「えっ、看護師が草むしり!?」人手不足の過酷な現実と、それでも私が島を愛してやまない理由
「離島医療って、ぶっちゃけどうなの?」
「離島医療って、とにかく人手不足で過酷らしいよ……」
「応援ナースで行くと、即戦力として一人で何でもやらされるって本当?」
そんな噂を耳にして、「興味はあるけれど、ちょっと怖いな」と足踏みしている看護師さんも多いのではないでしょうか。
前回の記事では、都内の三次救急センターで心身ともにすり減り、ワーホリを経て応援ナースになった私のお話をさせていただきました。今回は、私が応援ナースとして実際に赴任した「離島医療のリアル」について、綺麗ごと抜きで、ありのままにお話ししようと思います。
結論から言うと、働く前に私が抱いていた不安は、
……まったくもって「その通り」でした。
強烈な人手不足。 「え、これも私の仕事なの?」と驚くほどの業務の幅広さ。 都会の病院のように「すぐ隣に専門医がいる」とはいかない、限られた医療資源の中での重い判断力。
大都会の、それも最先端の設備が整った救急センターにいた私にとって、離島の病院はまさにカルチャーショックの連続でした。最初は戸惑い、自分の無力さに頭を抱えることもたくさんありました。
でも、不思議なものです。あんなに大変だったのに、私は今、心から「離島応援ナースを選んで良かった」と思っているのです。
今回は、実際に現場で汗を流したからこそ見えた離島医療の厳しさと、それを遥かに上回る島生活の愛おしさ、そして「私がこの働き方を続けたい理由」をじっくりとお届けします。
想像以上に厳しかった!私が離島医療で受けた「3つの洗礼」
離島に降り立ち、エメラルドグリーンの海に感動したのも束の間。病院に一歩足を踏み入れた瞬間から、応援ナースとしてのリアルな現実が始まりました。
私が受けた、最初の「洗礼」をお話しします。
洗礼①:特別扱いは一切なし。「即戦力」という名のサバイバル
都市部の大病院であれば、看護師、クラーク、ケアワーカー、清掃スタッフなど、それぞれの役割が明確に分担されていますよね。
ですが、圧倒的に人が足りない離島の病院ではそうはいきません。「動ける人間が、今そこにある仕事をすべてやる」が基本ルールです。
応援ナースとして赴任したからといって、手厚いオリエンテーションがあるわけではありません。物品の場所すらおぼつかない初日から、「即戦力」として通常の受け持ち業務がスタートします。病院ごとに異なるローカルルールや、独特の電子カルテの仕様に必死で食らいつく日々でした。
洗礼②:「これって本当に看護師の仕事ですか?」
都内の一流病院で働いていた頃の私がこれを見たら、きっとフリーズしていたと思います。 離島の病棟では、日々の看護ケアや点滴処置の合間に、以下のような業務が普通に組み込まれていました。
受け持ちをしながら、病棟中の山のようなゴミをまとめて1階の倉庫まで運ぶ
病院の向かい側にある(雨の日はびしょ濡れになる)外倉庫へ、オムツやパッドの重い段ボールを台車で取りに行く
勤務時間中に、なぜか病院の敷地内の「草むしり」をする
エアコンのフィルターを一斉に外して掃除する、あるいは病棟のカーテンを総入れ替えする
最初は、「前の職場ではこんなこと看護師の仕事じゃなかったのに……」「私、何のために看護師免許を取ったんだろう?」と、モヤモヤしてしまったことも何度もあります。
でも、そうやって悩んでいる間にも、現場は回っていきます。環境を変えることはできないから、自分が変わるしかない。「郷に入っては郷に従え」の精神で、泥臭い業務も自分なりのペースでこなすコツを少しずつ身につけていきました。
洗礼③:離島の救急医療が持つ「圧倒的な責任の重さ」
離島では、医療資源(医師の数、検査機器、血液製剤など)が圧倒的に限られています。
もし重症の患者さんが運ばれてきた場合、島内だけでは治療が完結しないため、ドクターヘリや自衛隊のヘリを要請して、本土や近隣の大きな島へ搬送することになります。
ですが、ここで最大の壁となるのが「天気」です。 台風はもちろん、濃霧や強風、大雨によって、ヘリがどうしても飛べない夜があるのです。
「都会なら、あと5分で専門医が駆けつけてくれるのに」
「あと1歩進んだ検査ができれば、次の手を打てるのに」
そんな葛藤の中で、今ある機材と薬だけで、患者さんの命を繋ぎ止めなければならない。天候が回復するまで、その場にいるスタッフだけで初期対応を続ける。そのプレッシャーと責任の重さは、三次救急にいた頃とはまた違うベクトルで、ずっしりと私の両肩にのしかかりました。
だからこそ、医療者一人ひとりの「アセスメント力」や「その場での判断」が、文字通り患者さんの生死を分けることになります。「自分の看護師としての底力が、今まさに試されているんだ」という緊張感が、常に現場には漂っていました。
それでも離島生活は最高に魅力的!三次救急時代にはあり得なかった「人間らしい暮らし」
ここまで読んで、「やっぱり離島応援ナースって過酷なだけなのかな……」と思ったあなた。
ここからが、私が本当に伝えたいお話です。
仕事は、確かにハードでした。でも、一歩病院を出たあとに待っている生活が、都会とは比べものにならないくらい、最高に豊かで魅力的だったのです。
かつて都内の救命センターで働いていた頃の私は、夜勤明けや休日は、ただベッドに倒れ込んで泥のように眠るだけ。外の天気が良いのか悪いのかすら興味が持てないほど、心に余裕がありませんでした。
それが、離島に来てからはどうでしょう。
仕事が終われば、職場の仲間や地元の島の人たちと合流して、そのまま夕日の見える海岸でBBQ。 休日は、きらめく海へ飛び出して、地元の人に教わりながら「モリでイカを突いて捕まえる」という、野生味溢れるアクティビティに夢中になりました。 夜、ちょっと落ち込むことがあった日は、車を走らせて街灯のないスポットへ行き、ただただ満天の星空を眺めてドライブをする。
「私、同じ看護師っていう仕事をしているんだよね……?」
働く場所、生きる場所を変えるだけで、自分の人生がこんなにもカラフルに、180度変わるなんて想像もしていませんでした。 ただ生存するために働いていたようなあの頃から、「仕事もがんばるけれど、自分の人生そのものをとことん楽しむ!」という生き方へ、シフトチェンジできたのです。
良くも悪くも「濃い」!離島ならではの人間関係と環境
離島で暮らす中で、一番印象的だったのは、「人と人との距離の圧倒的な近さ」です。都会の病院では、退院した患者さんとプライベートで関わるなんて、まずあり得ないですよね。
でも島では、退院した患者さんと翌日のスーパーのレジで普通にバッタリお会いします。 「あ、この前はありがとね!」なんて声をかけられ、気がつけば島内のおすすめスポットを軽トラで案内してもらうことになったり。
地域の夏祭りに行けば、自分が受け持っているおじいちゃんやおばあちゃんが笑顔で手を振ってくれて、地元の美味しい手料理をたくさんご馳走してくれることもありました。
私の知り合いの応援ナースにいたっては、「リハビリの一環として、外出届を出した患者さんと一緒にカラオケに行った」という、都会ではコンプライアンス的に大騒ぎになりそうな、でも最高にハートフルなエピソードまでありました。
都会のような「医療者と患者」という冷徹な線引きではなく、「一人の人間として、この温かい地域コミュニティの中で一緒に暮らしている」という感覚。
もちろん、プライベートが筒抜けになりやすいという側面(デメリット)もありますが、それ以上に、人の温かさや「生かされている安心感」に救われる場面が数え切れないほどありました。
リアルに不便!離島生活のデメリットと、その先にある気づき
もちろん、良いことばかりではありません。これから離島を目指す人のために、リアルな生活の不便さ(デメリット)もちゃんとお伝えしておきますね。
「欲しいもの」がすぐに手に入らない 島内には大きなショッピングモールなんてありません。スーパーの数も限られていて、品揃えも都会とは比べものになりません。
台風が来ると、物流が完全ストップする 台風が近づくと、本土からの船が何日も欠航します。そうなると、スーパーの棚からパン、牛乳、カップ麺などの保存食が一瞬で消え去ります。数日間、あるもので工夫して生き延びるサバイバル能力が必要です。
娯楽が圧倒的に少ない 映画館も、おしゃれなカフェも、お馴染みのチェーン店やコンビニもありません。暇すぎる休日は、一日中海岸に座って、ぼーっと海を眺めるしかやることがない日もありました。
交通機関が天候に支配される フェリーや飛行機は天候次第で簡単に欠航します。ひどい時は、乗っていたフェリーが目的地の港の波が高すぎて接岸できず、「そのままスルーして次の島へ向かってしまった」ことすらありました。そうなると、大急ぎで勤務変更の連絡をして、飛行機を手配する大騒ぎになります。
都会の「24時間いつでも何でも手に入る便利さ」に慣れきっている人ほど、最初は間違いなく戸惑うと思います。
でも、これまた不思議なことに、人間ってその不便さに少しずつ慣れていくのです。
コンビニがなくても、夜が暗くても、モノが溢れていなくても、何一つ困らない。むしろ、「自分にとって本当に必要なもの、本当に大切なもの」だけに囲まれて削ぎ落としされた暮らしは、想像以上に心地よく、私の心を穏やかにしてくれました。
便利すぎる都会にいた頃の方が、物欲やストレスに振り回されて、心が不自由だったかもしれないな、と今では感じています。
それでも私が、離島応援ナースをこれからも続けたい理由
人手不足の過酷さ。 責任の重さ。 不便な生活環境。
離島応援ナースは、決してお手軽で楽な働き方ではありません。人によっては「絶対に無理!」と、2週間で荷物をまとめて帰りたくなるかもしれない、向き不向きが激しい世界です。
それでも、私はこれからも、この「離島応援ナース」という働き方を続けていきたいと思っています。
なぜなら、ここでしか見られない、言葉にならないほど美しい景色が、確かにそこにあるからです。 ここでしか出会えなかった、家族のように温かい人たちがいるからです。
And 何より、「ここでしかできない、目の前の『人』に寄り添う看護」が、そこにはあるからです。
都会の大きな病院にいた頃の私は、病気やデータばかりを見て、患者さんという「人間」や、その背後にある「生活」をちゃんと見られていなかったのかもしれません。 離島での濃密な日々は、私から看護師としての傲慢さを削ぎ落とし、「一人の人間として患者さんと向き合う」という、看護の原点を教えてくれました。
大変な波を何度も乗り越えるたびに、看護師としても、一人の人間としても、自分が少しずつタフに、大きくなれている気がするのです。
迷っているなら、島の風に吹かれに行ってみませんか?
離島応援ナースという選択肢は、万人向けではないかもしれません。
でも、もし今のあなたが、 「毎日のルーティン業務に追われて、心がカサカサしている」 「自分の看護に自信が持てなくなってしまった」 「一度きりの人生、もっと違う世界を見てみたい」
そんなふうに少しでも迷っているなら、勇気を出して、一つの選択肢として「離島」を視野に入れてみてほしいな、と思います。
かつて三次救急の窓から、生きている心地がしない目で朝日を見ていた私が、今では島の人たちと笑い合いながら、毎日の暮らしを愛せています。あのとき、怖くても一歩を踏み出したからこそ、私はこの素晴らしい世界に出会うことができました。
島での経験は、私の人生において、何にも変えがたい大きな大きな財産です。
これからも応援ナースとして日本中を旅しながら、現場で感じたリアルな風や、私の大好きな景色を言葉にして発信していきますね。私の不器用な足跡が、どこかで悩むあなたの小さな一歩の、優しい追い風になりますように。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
