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胎芽がほぼ成長せず - 流産へのカウントダウン

甲状腺ホルモンが高いために不妊治療の停止、その間の自然妊娠を経て、1回目の心拍確認までできました。

私たちのところにやってきてくれた子は、残念ながら最後まで成長することができませんでした。辛い記憶ですが、流産がほぼほぼ決定するまでの流れをまとめます。


1回目の心拍確認後から、2回目の確認まで

心拍は確認できましたが、まだ油断はできません。診察後、胎芽のサイズを検索したところ、私の胎芽はかなり小さい方だということがわかりました。

よく妊活アカウントで見る胎芽のサイズの目安のページはこちら。7週からなので6週では正確にはまだ使えませんが、これに試しに7週で入れてみても、明らかに小さい気がする。

ただし、同じくらいのサイズの出産報告のブログやYouTube動画もいくつか見つけたので、まだ希望はあると思っていました。早くも出産後、育児を想像して、ニヤニヤすることもありました。母子手帳も早く欲しいな〜などとも考えました。

このころから食欲が旺盛になり、よく食べていました。体重も、妊娠前より1kgほど増えました。一応、妊娠中に分泌されるプロゲステロンは食欲を高めてしまうため、ホルモンのせいかと思います。

また、おりものの量はものすごかった。おりものシートをかなり頻繁にとりかえ、かつ毎日ユニクロの吸水ショーツを着ていました。

そして、結局つわりらしいつわりはありませんでした。つわりがない人は結構な割合でいるという情報からも安心したいのですが、同じ人で出産できた時と流産した時で、流産の時はあきらかにつわりが軽かった、という体験談を複数読み、不安で仕方がなかったです。

診察の前日から、期待と不安がどちらも大きく、心臓のあたりがキューっと締め付けられるようでした。

4回目の診察(2回目の心拍確認)

7w1d(病院では7w3d扱い)の診察でした。目立ったつわりはないのですが、朝起きた直後だけは若干気持ち悪いのが続いていました。

エコーが表示されると、大きな胎嚢が見える中、先生がエコーをぐいぐりと動かしますが、なかなか卵黄嚢と胎芽が見当たりません

私はこの時点で、ほぼ流産を確信しました。

6w1dの時点で2.5mm。先生には、1日1mmは成長するはず、と言われていました。そうであるなら、もう小さくても8mm、10mmになっていてもおかしくない。もしその大きさなら、すぐに見えるはずです。

ようやく見えた時、先週見た時と大きさの違いをほとんど感じませんでした。さらに、心拍があるように見えませんでした。先生は何度も何度もエコーの角度を変え、なんとか心拍が見える、一番大きく見える角度を見つけ出しまた。7w1dで4.9mm。7日間で2.5mmしか成長していない。これは絶望的だと思いました。

また、先生は「心拍は見えていますね」と言い、目をこらすと、若干動いている気がします。しかしその心拍は、先週見たものから明らかに元気がなく、ゆっくりゆっくり、そして動いている範囲も小さかったです。

7wから比べると、6wの心拍はとても力強かったな、と感じました。

流産手術(子宮内容除去術)の相談

内診室から診察室に移り、医師からの説明を聞きました。心臓は一応動いているが、週数相当の成長をしていないとのことでした。私の主治医は自分から流産と言わないため、私が「流産になる可能性が高いのですね」、と自ら尋ねました。

そして、医師が何かを言う前に、「流産の場合は、どちらで手術することになりますか?」と質問しました。提携している病院でも手術はできるが、2泊することになるとのこと。別の病院だと、1泊ないし日帰りになると言うことなので、別の病院で受けるのも良いと思います、と言われました。私は昔に通っていた産婦人科の名前を告げて、そちらで受けることにすると伝えました。

この時点で心拍は動いており、流産は確定していません。しかし、医師は紹介状を用意しておきます、と言っていました。次回流産が確定するのですが、待たずに紹介状をいただけたので、ありがたかったと思います。

次の診察は8w0dとなりました。ここで流産が確定するんだ、と病院を出ました。

病院を出て

帰宅するため車に乗り、車を発進させ、駐車場を出た途端、「◯◯ちゃん(胎児ネーム)、ありがとう!!」と絶叫と涙が同時に出ました。

1週間で2mmの成長してくれたんだね。頑張って成長してくれてありがとう。私のお腹に来てくれてありがとう。

悲しくて悲しくて仕方がなかったです。でも、なんと言うか、辛いだけの悲しさではないのです。今まで、夫と子どもがやってくることを夢見て頑張ってきた1年半。ようやく来てくれた、感謝が溢れて溢れてたまりませんでした。

でも、せっかく来てくれたのに、お別れが迫っていることに、寂しい思いが湧き上がって仕方がありませんでした。でも、車の中で涙も言葉も止まらなかったのですが、「来てくれてありがとう」「寂しいよ」「ありがとう」「成長してくれて、ありがとう」と、感謝の方が大きかったのを覚えています。

辛かったのは、夫に伝えること。夫には結果をLINEで知らせることに決めていたので、仕事上がりにLINEを見て知ることになります。

私はエコーでじっくりあの弱々しい心拍を実際に目で見て、小ささを見て、先生が何かを言う前にダメだと悟れました。でも夫は私のLINEの文字だけで判断しなくてはダメなのです。夫のことを思うと、胸が締め付けられました。顔を見て伝えたい、と思いました。

帰りに買い物に寄る予定でしたがとてもお店に入れる精神状態ではなかったので真っ直ぐ帰り、帰宅後夫に簡潔にLINEを入れました。

夫が帰宅

夜ご飯を準備し、夫の帰りを待ちました。帰ってきた夫はLINEを読んでいたため、ほとんど理解してくれていました。

この夜のことの詳細は思い出せないのですが、二人でご飯を食べながら、悲しいこと、でも、よく二人のもとに来てくれたね、感謝だね、と悲しいだけではないことを、ずっと話していました。二人とも、涙でボロボロになりました。

食後の片付けも終わり、歯磨きをしながら、また二人で話して、二人でお腹を撫でて感謝の言葉をたくさんたくさんかけました。まだ生きている。でももうすぐお別れしなくてはいけない。ありがとう、ありがとうとお腹を撫でました。

まとめ

流産ほぼ確定のこの日から、約2ヶ月が経っていました。それでも、この日のことを思い出すと、まだまだ涙が出るのですね。書きながら目が腫れてしまいました。

この日の朝は、8mmくらいになっていれば望みはある、と思い診察に向かいました。エコーが映し出されるその直前までは、まだ期待もあったのです。それが、エコーが映った瞬間に、絶望的だとわかりました。あの感情の動きを思い出すと、まだ胸が締め付けられますね。

ですが、これだけ思い出して泣けても、私はこの2ヶ月、ほとんど幸せに、楽しく暮らしてこれたな、と思います。ちょっと流産を忘れたいのもあり、かなり行動的に動いていて、ちょっと疲れてしまったのですが、私は絶対に立ち直れる、と思っています。そしてそれは忘れることではなく、この思い出とともに生きていける、ということなのだと思います。

流産関連の記事がまだまだ続きます。もしよければお付き合いいただければ幸いです。

次の記事です。

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