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「2/3」ドキュメンタリー&200冊の活字中毒の偏愛日記365|「何もないところからイベント作れる人、良いよね」

何もないところから、イベントを作る人。

徳井さんがある番組でコメントしていた一言。

どこへ出かけても、誰と話していても、そういう視点で時間を楽しめる人——。

私は「そういう人」じゃない方かもな。。。少なくとも、今は。


正直に言うと、めちゃくちゃ羨ましかった

私はどちらかといえば、「意味」を探してしまう人間だ。

  • この散歩には目的があるのか

  • この会話は何を生むのか

  • この時間は投資として正しいのか

効率という名の呪いに、ずっと縛られてきた。

でも同時に、違和感もあった。

「何もないところからイベントを作る」って、本当に"何もない"のだろうか?

その人の中には、すでに何かがあるはずだ。 視点が、フレームが、世界の切り取り方が——。

ドキュメンタリーオタクの私が、真っ先に思い出した人物

想田和弘監督。

彼の「観察映画」は、台本もリサーチもない。 「何もない日常」にカメラを向けるだけ。

それなのに、そこには"映画"がある。

『選挙』も『Peace』も、誰もが見過ごしている日常の中に、ドラマと哲学と狂気を発見していく。

つまり、こういうことだ。

「何もないところからイベントを作る人」=世界の解像度が異常に高い人

  • 誰もが素通りする看板に「誤字」を見つける

  • 誰もが聞き流す会話に「物語の種」を拾い上げる

それは才能じゃなく、訓練された観察眼なんだと思う。


『ブラック・スワン』のタレブも、同じことを言っていた

「退屈とは、観察力の欠如である」

イベントがないんじゃない。 イベントを"見る目"がないだけだ。

じゃあ、どうすればその目を養えるのか?

タレブが推奨しているのは「ランダムウォーク」。

✓ 目的を持たずに歩く
✓ 計画を持たずに本を開く
✓ 意味を求めずに人と話す

その「無意味さ」の中にこそ、**セレンディピティ(偶然の発見)**が潜んでいる。


ドキュメンタリーオタクとして、私は「編集された物語」に慣れすぎていた。

でも、想田監督が教えてくれたように、 物語は編集前の"生の時間"の中にある。


何もないと思っていた日常に、すでにあるイベントを発見できる目を持ちたい。

それが、AI時代に人間が持つべき「意思決定リテラシー」の根っこなんじゃないか。

効率や正解ばかり追いかけていたら、世界の余白が見えなくなる。

余白にこそ、人生の本質がある。


あなたは「何もないところからイベントを作れる人」ですか?
それとも、作りたい人ですか?




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