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コメントが怖い……小さな箱庭の世界からささやく

こんばんは、なぎです🍀

すっかり体調が悪いことも日常になってしまっています。

急ぎの仕事もありますし、もちろんそれを優先しなくてはいけません。

通院以外はまったく外出しなくなってどのくらい経つでしょうか?

なぎの好きなことと言えば、読書と創作と占いだけなので、体調が悪くてもできてしまうので、余計に引きこもりがはかどります(?)。

散歩も大好きですが、とにかく雨が続いて5分でも気分転換に……という気持ちになれません。

今のなぎの体調は、ほんの少しの風邪でも危ないでしょう。

微熱っぽい体で、食欲もなく、朝昼晩の食事の代わりに、カードを引いて本を読む……そんな生活をしています。


カードはなんだか元気
何回も読み直した本たち
図鑑は体調不良のときのお友達
中学時代から手放せない本
Kindle端末でも、読みなれた本ばかり

たまにケーキを焼いたり、ミシンで裁縫をしたり……

ネットスーパーがあるので、在宅ワークのなぎは、本当に外出しなくても生きていけてしまうのです。

こんな生活、どうなんだろう……

そう思わなくもないのですが、思い返せば、幼少期からこんな生活をしていたのでした。

子供の頃から病弱で、生後すぐに敗血症で命の危機にあったなぎは、大変過保護に育てられました。

ほんのわずかな熱でも保育園も小学校も休み、体育は見学、外遊びも見ているだけ。

本だけは読書家の母に好きなだけ買い与えられていたので、小説もマンガも読み放題です。

ミシン教室に通い、冬になれば編み物をして、ケーキを焼いて……

三つ子の魂百まで、もほどがありますよね。

乱暴な男子は怖いし、タレントに夢中になっている女子とは話が合わない。

でも、それを淋しいと思う感性が育ちませんでした。

「いや」

そう思うと、もうどんなに目の前の相手に馬鹿にされてもいじめられても、そのことを忘れてしまえるようになる……

記憶の齟齬が起こり始めたのは、小学生の低学年からでした。

なぎの首にアザができていることに気がついた祖母と母に問い詰められたことことがきっかけでした。

それは、首をぐるりと一周していて、ぶつけたとか擦れたとか、そんな傷やアザでもなかったそうで(ふんわりとしか覚えていません)、母は学校に問い合わせをしたようです。

次の日は朝から朝礼でした。

なぎの首のアザは、誰かにひも状のもので縛られたあとにしか見えないそうで、その本人探しが始まったのでした。

とにかく、本人が覚えていないので、同じ学年の生徒が徹底的に追求されました。

最初は、誰も知らない、覚えていないと言っていたのが、1時間、2時間を経つ頃には、

「ある夕方の掃除の時間、ふざけてなぎさんの首に縄跳びを巻いた」

「〇〇くんと△△さんが両方から引っ張った」

「それを全員が見ていたが、誰も止めなかった」

そんな話が出来上がっていました。

……本当の話なのかもしれません。

でも、なぎにはそんな記憶がないのです。

「首を絞められるほどのいじめを受けた」

というより、

「大人たちの尋問で同い年の生徒がありもしない罪に問われてたのではないか」

そんな怯えで、なぎは不登校になりました。

同級生に首を絞められた記憶より、同じ頃に家の中に侵入したアオダイショウを叔父が八つ裂きにした印象の方が鮮やかで、蛇の呪いで首にアザができた方がマシだと思っていました。

不登校になっても、とくに咎められませんでした。

毎日届けられるパンやプリントを見る度に、「学校は恐ろしい」という記憶だけが上書きされていきます。

数週間して登校できるようになりましたが、なぎはますます同級生と距離を置くようになりました。

昼休憩も一人で教室に残り本を読んでいる。

それが1番楽なのですが、すると担任が、

「なぎさんが仲間はずれにされている」

と言うので、どうしていいか分からなくなりました。

「一人でいることはいけない」

繰り返し繰り返し、そのメッセージを受け取りました。

でも、そうなんでしょうか?

インドア派で内気でも、なぎは幸せだったと思います。

外出することの多かった母からは、望めばどんなジャンルでも本は買ってもらましたし、料理やケーキを焼くなど、家のことをするのは苦ではありません。

鉛筆でイラストを描いて、物語をつける。

ちまちまた手作りの着せ替え人形を作り、「この子は本当は伯爵令嬢だけれども、悪い少女に騙されて貧しい生活をしている」なんて設定を作って遊ぶ。

どういう訳か、10歳の誕生日にタロットカードを貰ったので、ケルト十字法について真剣に学ぶ。

「外」の世界を見なくても、いくらでもやることはあったのでした。

それは中学に上がってからも変わりません。

学年で9人という分校並の小学校から、48人1クラス、学年で7クラスあるという中学校で、なぎは完全に居場所をなくしました。

2年生の進級時に入院をして、そのまま自宅療養。

3年は図書室登校でした。

なぎは友達を作ることはしなかったのですが、なぜか話しかけてくる人が多くて困惑しました。

「どんな本を読んでいるの?」

「テレビ見ないの!?」

「いつも何を書いているの」

「一人で淋しくない?」

矢継ぎ早に質問をされても、のんびりしたなぎにはすぐには答えられませんでしたが、それでも次の日にはまたやってくるのです。

そして、休みには家まで遊びに来ます。

あまり自室に他人を入れたくないので、ありがた迷惑であったのですが、今思うと、そんな経験があったからこそ、成人して働くようになった時、コミュニケーションで困ることが少なくなったのかもしれないと思いました。

閉ざされたドアを何回もノックし続けた同級生には感謝します。

でも、本当に1人を淋しいとは思わないんです。

ぼんやりと本を読んで、占いをして、小説を書いて……

それだけじゃダメなんでしょうか?

もちろん、生活のために仕事はしますけれど……

40歳を過ぎた頃から、色々な価値観を認める動きがあり、なぎのような内省的な人間も生きやすくなった気がします。

でも、子供の頃の記憶は、本当に色濃くて消えません。

なぎがnoteの世界でも「コメントが苦手」なのは、

「あなたを不愉快にさせるかもしれませんが、本当にいいんですか?」

そんな思いがあるからです。

多分、天秤座B型のせいで、お調子者で明るいと誤解されやすいのですが、本当はカーテンのすみからそっと外をのぞいて、誰かと目が合うとすぐに窓辺から逃げてしまう、そんな幼子の自分を胸の中に住まわせています。

最近は、コメントをオープンにしていますが、それでも一日に返せるコメントは5つくらいだとわかってきました。

それ以上だと、なにを書いていいか分からなくなります。

対面だと、「無言が怖いから話し続ける」モードになるのですが……

コメントをいただいているのに返せない自分がもどかしいのですが、本当にごめんなさい。

こんな思い出話を書いたのは、PONOさんの記事を読んだからでした。

勇気を出してコメントを差し上げましたが、なぎは、「宇宙兄弟」が学校にあっても登校しない子であったと思います。

母に頼んで、全巻買ってもらうタイプです。

だけれども……

学校に宇宙兄弟があって、家に遊びに来る同級生がそれを読んでいたら……

「あ、この本学校にもあるよー!」

「どこまで読んだ?」

「私はね」

なぎが目をぱちくりさせている間に、同級生は楽しげに話だし、そのざわめきに包まれて、なぎは幸せになれたと思うのです。

「同じ本を読んだ」

「同じ経験をした」

世界は、家庭と学校、せいぜい塾や習い事という狭い範囲でしか生きられない子供にとって、そのことはどんなに勇気を貰えることでしょうか?

宇宙兄弟全国寄贈プロジェクトはどんどん前に進んでいます。

「宇宙兄弟」が学校にあるから登校する。

それも素晴らしいけれど、そこから新しい形の対話が生まれたらもっと嬉しい。

そんな気持ちで、なぎはこの活動を応援しています。

お父さんお母さんが若い頃に読んだマンガを、今、その子供さんたちが手に取る。

それが学校でも、お父さんの書斎でも、物置だとしても。

同じ物語に、みんながひたる。

明るい子も、内気な子も、どんな感性を持った子も。

うまく感想が言えない子もいるでしょう。

それでも。

「あのシーンどう思った?」

「ヤバいよね!」

ヒソヒソとしたささやきが、同じ物語にひたった子供にもきっと届くから。

そのザワザワした空気の中、少しだけ居心地が悪いなと思いつつ、

(私もそのシーン好きなんだよね)

と、心に灯りがともる子もいるはずだから。

………………

コメント恐怖症の、内弁慶のなぎは、そんな未来の誰かの為に頑張ります。

どんな形でもいい。

あなたの1歩を、夢見ています。

#宇宙兄弟全国寄贈プロジェクト  
#ひとりの100歩よりみんなの1歩
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#夢
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