リフレクシヴ・コンバセーションとは何か(家族療法学会ワークショップ参加報告)
家族療法学会の報告その3は国重浩一さん(コウさん)のワークショップ、「RC:認証と可能性の探究から実践を振り返るナラティヴ・スーパービジョン」です。報告その1で書きましたとおり、コウさんには私が編集委員を務める産業精神保健学会の学会誌の特集に寄稿していただきました。その際、弊社の取締役、松本桂樹を介して紹介してもらったものの、メールでのやり取りだけでしたので、実際にお会いして御礼を申し上げたかったこともあり、参加を決めました。
▼RC:リフレクシヴ・コンバセーションとは何か
ナラティブセラピーとオープンダイアローグは兄弟みたいなものですし、そもそも私が普段行っている1対1のカウンセリングでは、最も近いのがナラティブセラピーなので、内容はある程度推測ついたのですが、実際に参加してみると、とてもワクワクする体験でした。
抄録には、「RC(リフレクシヴ・コンバセーションReflexive Conversation)は、ナラティブセラピーの哲学や姿勢を基盤とし、リフレクティングの構造を用いた、グループ・スーパービジョンの一種です。ここでは、事例(話題)を提供する人の取り組みを認証し、今後の関わりの可能性を探究しながら、実践を振り返る協働的な会話の場となります」と記されています。ナラティブセラピーを応用したスーパービジョンということです。コウさんから了解をいただきましたので、WSで配布された資料で説明します(図1)。
▼RCの進め方
参加者は話題提供者(スーパーバイジー)、RCファシリテーター(スーパーバイザー的な人)、そしてRCチームメンバーです。
(図1)

(1)この場に臨むこと
(2)取り組みの詳細
ファシリテーターは話題提供者から、この場でどのようなことを検討したいか、詳細にインタビューします。RCチームはその会話には参加せず、話題提供者とファシリテーターの会話に耳を傾けます。
(3)RCチームよる会話(ラウンド1:認証)
話題提供者が一通り話し終えたら、RCチームは話題提供者の取り組みを認証(Acknowledgement)します。ファシリテーターはRCチームの会話に参加することもありますが、しないこともあります。話題提供者は、RCチームの会話に耳を傾けます。
(4)ラウンド1の会話をめぐって
話題提供者に、RCチームの会話をどのように聴いたのか、そこからどのようなことを考えたのかを語ってもらいます。ラウンド2でRCチームに、今後の可能性についてどのようなことを検討してもらいたいのかも話してもらいます。
(図2)

(5)RCチームによる会話(ラウンド2:可能性の生成)
RCチームは話題提供者の取り組みにおいて、今後どのようなことができる可能性があるのかを検討します。このときに、「あれもこれも」「ためらいがちに」「仮定法で」という姿勢で発言していきます。「こういうことかもしれないし、こういう可能性もあるかもしれない」とか、「こういう考えが浮かんだのだけれど、どうだろうか」とか、「もしもこんなふうに言葉を返したら、どういうことが起こるだろうか」のように、断定しないということです。
(6)ラウンド2の会話をめぐって
話題提供者はRCチームの会話をどのように聴いたのか、そこからどのようなことを考えたのかを語ってもらいます。最後に、話題提供者にとってラウンド1とラウンド2の会話を聴けたことはどのようなことであったのかについて語ってもらいます。
(7)全体でリフレクション(トランスポート)
このRCセッションに参加した人全員で、この場がそれぞれにとってどのような気づきや学びにつながったのか、そしてそれぞれの今後の臨床活動にどのような違いをもたらす可能性があるのかについて共有します。
以上がRCの大まかな流れです。
▼「認証(Acknowledgement)」とは何か
「認証」とは聞き慣れない言葉かと思います。コウさんの資料に沿って説明しますと、話題提供者の取り組みに含まれていることを、私たちがしっかりと聴き、言葉にするというものです。自分では当たり前と思ってやっていることを、わざわざやっているとは語りにくいものですし、自分ができていることを、自分はできているとは語りにくいのではないでしょうか。あるいはクライアントに変化をもたらすことができなくて、現状維持しかできていないことには価値を見出せないかもしれません。そこで、「○○さんはこういうふうに対処されていますね」とか、「こういうことを大切にお話を聞かれていると思いました」とか、「きっとこのような取り組みをされようとしているのだと感じました」というように、話題提供者の取り組みそのものを言葉にしていくことを心がけます。「素晴らしいことをやっている」とか、「重要なことをやっている」、「すごい取り組みだ」みたいな、話題提供者を持ち上げるような発言は必要ありません。
このように「認証」とは相手の存在を認め、そして伝えるということなのですが、これは動機づけ面接の「是認(affirming)」と同じように考えることができるのではないかと思っています。いずれにせよ日本語としてはあまり使わない表現なのでピンとこない面があると思うのですが、私としては「相手を肯定する思いを伝えること」と理解しています。
▼「認証」の重要性
最近、私は「認証」や「是認」の重要性をとても感じるようになりました。目の前にいる人は、さまざまな問題や症状に苦しんでいるかもしれない。あるいは、はたから見たら問題行動を起こしているかもしれないけれど、それもその人が精一杯生きている結果ではないか。長時間労働や高ストレス者の面接では以下のようなお話をしょっちゅう伺います。仕事量が多く、人手が足りず、いつも締切に追われているのに、上司からは残業するなと言われる。同僚が次々に体調を崩し辞めていく。自分もメンタルクリニックに通い始めた。でも、仕事ができないくせに会社のせいにしているのではないか、自分の都合のいいことしか話していないのではないか、などと自責的に語るのです。一通りお話を伺って一緒に対策を考えるのですが、先日お会いした方が最後に、「私のことをすべて肯定して聞いてくださってありがとうございました」と仰ったのです。まさしく「認証」ですね。その方はひょっとすると産業医から、もっと頑張りなさいとか、あなたにも問題があるとか、それが仕事だから仕方ないなどと言われると思っていたのかもしれません。
「認証」や「是認」の重要性、すなわち「クライアントをありのまま認め、伝える」ことをカウンセリング業界は軽視してきていなかったでしょうか。動機づけ面接そしてリフレクシヴ・コンバセーションが大切にしていることを知り、その成果が先ほどの面談で出たのかもしれません。
▼オープンダイアローグ(OD)のスーパービジョンとどう違うか
形式的にはオープンダイアローグのスーパービジョンとほぼ同じと言っていいと思いますが、RCではラウンド1で認証、ラウンド2で可能性の生成というように、構造化されている面が異なります。ODではそういった構造がないので、人によっては何を話したらいいのか、戸惑ったり不安になることがあるのですが、RCでは、今は「認証」に集中すればいいんだ、と安心して話題提供者の話に耳を傾けられるように思いました。産業ダイアローグ研究所で行っている勉強会でも、ぜひこの形を試したいと思います。
▼なぜRCなのか
それにしてもなぜRCなのでしょうか。ワークショップの資料では実に20枚以上のスライドでスーパービジョンがRCであることの意義について語られていました。その中で、村山正治さんの著書、「新しい事例検討法 PCAGIP入門」からの引用をご紹介します。
ところが、学会での事例研究発表の場が、コメンターとなった一部の偉い心理臨床家が、養成訓練という視点を忘れて自分の優秀さを示す場になっていることがある。筆者の研究室の院生も傷ついて、筆者はそのフォローに腐心したことがあるが、似たような話はいろいろなところから漏れ聞いている。これは、ボクシングにたとえて言えば、重量の階級がまったく違うボクサーが戦うようなものである。つまり、まだ駆け出しのフライ級のボクサーを、ヘビー級の経験豊かなボクサーが、学会というリングでノックアウトしては喜んでいるようなことであろう。
(村山正治(2012)「新しい事例検討法 PCAGIP入門」より)
残念ながらこのような事例研究会の話は聞きますし、泣きながら帰ってきたといった話さえ聞くことがあります。
コウさんはスーパービジョンの3つの側面を紹介しています。それは、①発達・教育的側面、②質的・管理的側面、③回復・サポート的側面です。①は経験の浅いカウンセラーが成長するための教育や指導、②はカウンセラーが所属する組織の中で受ける指導、それに対し③は、困難なケースに直面し、自身が傷ついたり、先が見えず、能力に限界を感じ、自信をなくしているような状況にいるカウンセラーが、その機能を十分に発揮できるようにサポートするものです。この③を実現するものがRCというわけです。
幸い、私自身は師匠や先輩に恵まれ、③のようなスーパービジョンを受けてきましたし、自分がスーパービジョンをするときもそのように心がけています。困難なケースの相談を受けても、最後はお互い笑顔で終わることがほとんどです(すべてとは言いません)。だってバイジーの頑張っている姿と可能性を見つける作業をしているのですから。
▼「大衆食堂」としてのスーパービジョン
大変な時にこそサポートが必要であり、それがすぐに受けられるのが望ましいのではないか。スーパービジョンとは、一生に何度食べるかわからない西洋料理のフルコースではなく、日々の臨床活動の中に組み込まれている、日常、気軽に食べることのできる「大衆食堂」のようなものであるべきだとコウさんは語ります。私もそのとおりだと思います。なので、図1、2では、「スーパーバイザー」ではなく、ファシリテーターと表現されています。「指導する」のではなく、会話を促進する役割ということですね。ちまたのスーパービジョンみたいにかしこまらずに、リフレクシヴ・コンバセーション(会話)でいきましょうという意味と、コンバセーション(ODだと対話)だからこそ、ちまたのスーパービジョンとは違うものが生まれますよ、というのが「コンバセーション」に込められた思いだと感じました。
RCの書籍の出版計画が進んでいると聞いています。RCはカウンセリングの流派を問わず活かせると思います。RCの精神が日本のカウンセリング界に広がることを願っております。
