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大人がりんご病に罹るとトイレで人生を振り返ることになるから注意してくれ


技のデパートといえば舞の海が有名だが、私にも〇〇のデパートと言えるものがある。



それが、風邪だ。

小さい頃からめっぽうウイルスに弱く、その1ページ目はなんと生前にまで遡る。


出生日マイナス2日。
つまり生まれる2日前に母親がおたふく風邪に罹患した。生まれた私もおたふく風邪で生まれたため、生まれた直後に肺炎で大きい病院に搬送された。

「今夜が峠です──」

そんな台詞をかけられた風邪エリートな私は、峠をなんとか越えてからもありとあらゆる風邪という風邪にかかってきた。


とくに、大事な予定があるときに限って熱を出すのがセオリーで「あんたのせいで……」と家族の予定がキャンセルされることが何度もあった。


福島県にあるハワイアンリゾートに行く予定だった小学生の頃。

両親の結婚10周年のフレンチデートの日。

母が20年ぶりに飛行機で同窓会に行く前日。

高校の修学旅行の日。

ハタチのお祝いに泊まりに行ったホテルミラコスタで。

新卒で入社した会社の入社式の日。


これら全てで高熱を出した。

修学旅行中の友達から送られてくるクラーク博士には「風邪ひいてやんのやーい」と指をさされた。

ミラコスタのベッドはもぬけの殻で、私は一晩中千葉の救急病棟の硬い簡易ベッドの上で過ごした。母にいたってはその隣のパイプ椅子で『あしたのジョー』みたいに寝ていた。


家族からの「ハァ……」というため息は私の「ハァハァ」にかき消された。


ありとあらゆるウイルスに罹患したんだから、大人になったらもう罹らないだろうと思っていたのに、自分が母親になったら今度は子ども達から風邪をもらいまくった。



5年前。
実家に帰省中に子ども達がりんご病にかかった。


子どものりんご病といえばほっぺが赤くなるのが特徴だが、子ども達はさほど高い熱もでずに割と元気に過ごしていた。

りんご病は1度罹れば2度は罹らないと聞いていたから、母も、私も、のほほんと看病にあたっていた。



ある朝、起きたら、腰が痛かった。

抱っこのしすぎで筋肉痛になったのか、原因は分からないけれど腰のスジがキリキリと傷んだ。それからその痛みはその日のうちに関節という関節に広がっていった。


一番ひどい痛みは、手だった。指が、全く曲がらない。ちょうどりんご1つ分持てるくらいの形から、伸ばすのも曲げるのにも激痛が走る。

痛風は風が吹くだけで痛いと聞くけれど、まさにその様で、ピクリとでもチカラを入れれば電気のような痛みが手全体に走った。

これはおかしいと病院に行くと「大人のりんご病」だということがわかった。


──りんご病、罹ってなかったんかい!!


あんなに熱を出しまくったのに、りんご病は避けていたという事実。りんご病はそのかわいらしい名前に反して、大人がかかると症状が重いらしい。とにかく手の痛みはしばらく我慢するより他ないことを告げられて病院を後にした。


病院から帰ってきて、「ひー!イテテテ!」と叫びながら靴を脱いだ。スマホを持つことも打つこともできない。柔らかく、エアりんごを掴むような形のまま動かせない指。


エアりんごのまま手を洗い、エアりんごを手にトイレに向かう。


ズボンをおろ……痛くておろせない。激痛でボタンを取ることができないし、ズボンに手をかけることもできない。

「おかーん! ちょっとズボン脱がしてぇ!」
人生でズボン脱がしてと叫ぶ日が来るなんてね……。お互いなんじゃこれ、と思いながらも親にズボンをおろしてもらったのだが、座って「ハァ……」とため息をついてから、ふと考えた。


待てよ。
これ、どうやって拭くの……?


薄いトイレットペーパーを掴むには、指を曲げるしかない。柔らかく曲がった指を、グググと深く曲げてみるとと「イデデデデデ!!!」と叫んでしまう。おでこから脂汗をかき、ひーひーふーふー言いながらようやく一塊のトイレットペーパーを掴んだ。

コンコン。

「大丈夫?」
と、母の声。

大丈夫ではない。
マジで、痛い。


でもこれからまだ、一仕事残っている。まだトイレットペーパーを掴んだままで、それで拭くという大仕事がこれから私を待ち受けていた。

コンコン。
「なんか手伝う?」
夫の声が聞こえた。


手伝う……?トイレで手伝うってのはつまり?
そういうこと? もう……頼んじゃおうか…?
あまりにも痛くて、気の迷いが出てきた。もし、拭くのを手伝ってもらうなら、どっちに……?


赤ちゃんの頃から何度もおむつ替えをされただろう母か。すでに母よりも長く一緒に過ごしている夫か。

──どちらになら、シモの世話を頼めるのか。


絶対に選びたくない究極の選択を目の前に、ドアの向こうからは母と夫の話し声が聞こえてくる。
大丈夫かしら、困ったわねぇ、なんて。


それは、「もしも頼まれたらどっちが手伝う?」という暗黙の会話だったのかもしれない。ドアの向こうで腹の探り合いが行われている。そこはお義母さんが……いやいやあなたが……と聞こえないはずの心の声が手にとるように伝わってくる。


そんなことをトイレで考えてたら、可笑しくて笑えてきた。私は一体トイレで何を考えているんだろうか。


ふっふふふふふ……ふふふ……ははははは!

痛い、可笑しい、痛い、馬鹿馬鹿しい、痛い、滑稽な、この状況。


私は泣き笑いの顔でトイレットペーパーを掴むと、半ばヤケクソで手を動かした。

うぉぉおぉぉぉああぁぁぁお!!!!





コンコン。
トイレの中からドアを叩き、ドアを開けてもらった。ヨロヨロとトイレから這うように出て、布団に滑り込んでエアりんごを手に仰向けになった。


──勝った。

痛みにも、りんごにも、屈辱にも。
全てに勝った。私はやったのだ、1人で。


満足感で握りしめたかった拳は、やはりエアりんごを掴んだままだった。頬を伝うのは、涙だったのか脂汗だったのか、妙にじっとりとしていた。



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はしかになったときのエッセイです。


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