「権力が欲しい」と言い出した小6の息子がM&Aを企んでいた話
この春から長男は最高学年になった。
一年生の給食のお手伝いに行って、牛乳パックをいくつも畳んでいるらしい。手が牛乳臭くなって嫌だといいながらもその顔には「ったくしょーがねぇなぁ」感が漂っている。
子どもの性格というのはどう決まるのだろうか。三人の子どもに恵まれながらも三人の性格があまりに違うので、一言で「遺伝」というのは雑に思えて仕方がない。おっとりしていて食べ物と丸いものが大好きな三男はコロコロしている。負けず嫌いでスポーツ大好きな二男はシュッとしている。そして長男は──
「もっと権力が欲しい」
丸亀製麺でうどんを食べながら、その場に似つかわしくない台詞に思わず耳を疑った。腕力でも剣力でもなく、権力? 何かの聞き間違いかもしれないと思いつつ、まずはその真意を確かめることにした。
「詳しく聞こうか。君はすでに生徒会長と歴史部の部長に加えて、他にも役割を兼任しているよね。 それだけでもやり過ぎだと私は思うんだけど、これ以上求める権力とは?」
そう。長男は「〇〇の長を決めます」という場面で必ず手を挙げ、投票制の弁論においてその座を掴んできた。母親の私は学校からはみ出してパラパラを踊っていたギャルだというのに、誰に似たのか、というより家族の誰にも似ていない。そんな人周りで見たことない。たぶんENTJ。
「生徒会はね、基本的に自由はないんだよ。先生が最初にやるべきことを指示するから、その中でしか動けない。でも僕は歴史部を大きくしたいんだ。歴史部は自由で、生徒のアイディアが採用される。」
「なるほど。それで?」
この話がどこに着地するのかが見えてこない。
「僕は歴史部を五十年存続させたい。スポーツ系の部は人気で三十人以上いるけど、歴史部は九人しかいないんだ。歴史の面白さが低学年に伝わっていないからだと思うんだよね。」
「なるほど? 続けて。」
隣でうどんを啜っている小学生は少年の形をした大人なのだろうか。ひとまず相槌を打つ。
「部活は四年生からしか入れないでしょ? だから、一年生から入れる歴史クラブを作ろうと思うんだ。あまり難しいことをしないで、歴史に興味を持つきっかけになるような。そうすればその子達が四年生になった時、歴史部に入る可能性が高くなる。」
息子の言葉には澱みがない。
「そのために生徒会長になったんだ。低学年に声をかけられるからね。」
──うん、ちょっと待とうか。うどん吹き出しそうになった。
「君が生徒会長になったのは……歴史部を大きくするための手段に過ぎない、と?」
まさかこんなドラマみたいなセリフを言う日が来るなんて。隣にいるのは高橋一生? 中村倫也? 目的を果たすためには手段を選ばないヒール役によくいる奴。
「いや!やりたいからやるんだよ! だって先生が、『人生で手を挙げて何かの代表になるのって一生に何度もないから、やってみようかなって思えた気持ちを大事に』って言ってたし、楽しいし」
良かった。小学生だ。
「でね、まずはかるた部を吸収しようと思う。」
──ちょちょちょっと待とうか。ツッコミが間に合わない。誰か、かしこい人連れてきて。M&Aの話になってるから!
なんだか楽しいうどんタイムが急に仕事中みたいになってきた。うどんが喉を通らなくなりつつある私に向かって、長男の弁論は止まらない。
「部活ってさ、一年間で作れる数が決まってるんだよ。今年歴史部は潰れるかもしれなかったんだよね。人数少なくて。そうすると、似たような部活は合体して一つの部にするんだよ。だから、かるた部はライバルなの。」
「へぇ。」
「かるた部は去年までかるた好きな先生が担当してたんだけど、今年その先生がいなくなっちゃったんだよね。だから歴史部に吸収して、歴史部の活動としてかるたをしたらどうかと思う。」
話を聞いていた二男が口を挟む。
「お兄ちゃんヤバいね! 友だちに悪だくみしてるって言っとこ!」
「うん、二男よ、それは言わないでおこうか。
そして長男、君の考えは分かった。でもそれは部にいる人たちの気持ちは考えているのかな?」
「もちろん。だってさ、かるた部がなくなっちゃったらその子たちは別の部活に入るしかなくなるでしょ? あんまりやりたくないなぁと思いながらサッカーやるの? それより歴史部に入って、かるたを続けながら歴史も学べたらその方がいいじゃん。」
ぐうの音も出ねぇ。そう、かもしれない……と納得しそう。が、論破されてる場合じゃない。ライバルを持つのも良いことだけれど、なんかこう、違う気がする。
「あのさ、同じ学校でライバルを作るより、もっと広い視野を持つのはどう?」
「あぁ、うん、そうなんだよ。だから今、他校との交流を企画してる。でもそれだと僕の権限じゃ決められないんだよね。……あーぁ。校長権限くれないかな」
担任も教頭も飛び越して校長権限まで欲しがり出した。いくら歴史部のためとはいえ、権力を求め過ぎてやいないか。私は親として、応援すべきなのか釘を刺すべきか迷っている。ってか、内心、恐ろしい子……!って思ってる。
「あのーえーっと。あまり部長が突っ走り過ぎても、周りはついてこれないと思うんだけど、友だちの意見は聞いてるの?」
友人たちはどう思っているんだろう、長男がワンマン過ぎてついていけないとか、アイツには感情がないのか!とか言われたりしていないだろうか。ドラマだと大抵冷酷非道なリーダーに嫌気がさす場面があると思うのだけれど。
「歴史部の友だちは僕を入れて九英傑って呼んでるんだ。それぞれ好きな役職も付いてる。太閤殿下とか関白とかみんな色んなアイディアくれるよ!」
へ、へぇ、さいでっか。
ここで二男がちくわの磯辺揚げをごっくんと飲んでから、自分の話に持ち込もうとする。
「俺はね! クラスでスポーツ係になったんだけど、みんなと全然意見合わないんだよねぇ。喧嘩になるからもう最近何もしてない。みんなが勝手にやってる」
そっかぁ。上手くいかないよね。
長男「それは呉越同舟でしょ〜。」
ぁんだって? 出たよ。どういう意味?そういうところが心配なのだよ、私は。誰がそれで「それな」って言うのさ。
「と、とにかくさ。あまりにもそのー、突っ走るとさ、色々まぁ、よく思わない人とかも出てくると思うんだよね。特に日本は『出る杭は打たれる』って言うでしょ?」
「分かってるよぅ。」
本当に分かっているんだろうか。私は母として心配でたまらない。この性格は、生きていくのにしんどい思いをするように思えてならない。ここは年長者として、それなりに人生経験豊富な母の立場から少し忠告をしておきたい。
「あのさ、ママのことを嫌いな人って必ずいるんだよ。十人いたら少なくとも二人には嫌われる。君は目立つことによって、その母数が変わるんだよ?あとメガネに汁飛んでる。」
長男は私の忠告を聞かず、汁のついたメガネをそのままに答えた。
「分かってるってばー。百人いて八十人に嫌われるような目立ち方をするならやり方が良くないけどね、でも世界の何億人全員に好かれるのは不可能だよ。百人のうち二十人に嫌われるのは仕方がないことで、結局は五分の一程度のことだよ」
……これはフィクションなんだろうか。こんな、大人が言うような台詞と考えを長男はどこでどうやって学んだんだろうか。何を言っても論破してくる。達観し過ぎてない? 人間何回目?
「そういう考えってどこから来てるの?」
「孫子だよ。」
孫子を語る長男は丸亀製麺でもらえる子ども向けのペロペロキャンディを舐めている。カレーはまだ甘口しか食べられないし、背丈は私よりもまだ小さい。
孫子とか読んだことねぇよぉぉぉ!
あまりにも扱いが難しい。私のパッパラパーの頭では到底理解できない息子が目の前にいる。どうしたものか。止めた方がいい? そのまま進めよでいいの? クラーク博士は少年よ大志を抱けって言ってたけどいいの? 誰か教えて!
「実るほど、こうべを垂れる稲穂かな、っていう諺があってね……」
丸亀製麺を後にして、運転席でつぶやいた。
「知ってる」
「ですよね」
長男は何を見てどこへ向かっているのだろう。もしも長男が世界征服したいとか言い出したら、私はなんと言えばいいのだろう。「ギャルに孫子が通用すると思うなよ!」と立ち向かえばいいのだろうか。
「とりあえず帰ったら一緒にカリスマックス踊らない? ママ今日2時間練習したんだけど」
「やだよ(笑)」
「俺もやだね!」
二男よ、お前もか。
▽長男の話はこちらも
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