見出し画像

「人生100年時代」に悩んだら電車に乗ろう|車窓の外には仕事がたくさん

僕は鉄道好きでも何でもないが、電車に乗って景色を眺めるのはとても好きだ。仕事を始めとした日常の義務から解放された気持ちになる。

雄大な山が流れていく様子を見るのも好きだし、海沿いを走る電車に乗るのも良い。快適な空間にいながらも壮大な自然と対峙ができるのは、贅沢な娯楽だと思う。

しかし、車窓から見える魅力は、そういった旅先で眺めることができる景色だけではない。生活に根差す電車の車窓からも、魅力的な景色は多く見られる。

僕にとって楽しめる景色は企業の看板である。自分が知っている企業の看板を見つけると「おっ!」と思うし、知らない企業の看板を見ても「へぇ」と思える。

西日本に引っ越してから気づいたが、関東圏よりも古くから有名な日本の企業の看板が多い。大阪に住んで京都で働いていた時は、オムロン、島津製作所、サンスター、明治製菓、など馴染みのある企業を見つけることができて楽しかった。

しかし一方で知らない企業の看板を見ることも割と楽しい。「○○商事」といった地元の会社の看板はどこに行っても見つけることができる。

これらを見ていると、世の中たくさん会社があるんだなぁと思い、さらにはたくさんの人が働いているんだなぁと思う様になる。つまり「世の中たくさん仕事がある」と思うようになるのだ。

普段忙しく働きながら自分のキャリアのことを考えたりしていると、時々「このままでいいのだろうか」とか「クビになったらどうしよう」とか思うことがある。「人生100年時代」と呼ばれるようになったが、それは100年間の食い扶持を見つけ続ける必要があるという、捉え方によっては残酷な時代の幕開けでもあるのだ。

成長を促され続け、お前の代わりはいくらでもいると言われ、自分を雇ってくれる会社なんて他にはないかもしれない、そんなことを考えながら会社に依存して働き続ける。

しかし、実際は世の中にはたくさんの職場があり、多くの職場で求人を出している。それでも労働者はその事実に気づくことができず、不安に苛まれて今の職場で働き続けているだけでもあるのだ。

車窓から企業の看板を眺めていると、そういった思考のスパイラルから抜け出すことができるのだ。変わった感覚だと思われるかもしれないが、僕の中の事実なのだからしょうがない。

もちろん、車窓から見える企業が本当に求人を出しているかわからないし、その現場は物凄いハードワークなのかもしれない。何よりも自分がそこで働ける可能性など全くわかりはしない。

ただ、漠然とだとしても「世の中に仕事はたくさんある」と思えることは、成長を促され続ける現代の社会で生きる身としては、非常に気を楽にしてくれる事実だと思う。

仕事がなかなか見つからないのは、自分の中で仕事の理想を高く設定し過ぎているだけに過ぎないことは多い。選ばなければ仕事に困ることは実は少ないはずなのだ。

だからいつも電車に乗る時は、いつも自分のキャリアのことを考えながら車窓を眺めることになる。

窮屈な考え方に陥って辛い気持ちになる必要はない。車窓を眺めれば、世の中に仕事がたくさんあることがよくわかる。

いいなと思ったら応援しよう!