先進国、開発途上国、日本、アルゼンチン|高度経済成長期の『普通』
Xにこんなポストが流れており、頷きながらいいねを押してしまった。正社員として就職して、結婚して、マイカーを持って・・・と日本国民のロールモデルは確かにこんな感じだ。あとは大学受験もある。
高度経済成長期の人たちが思い描いてた『普通』って
— 底辺ナース (@teihen_ns_fire) August 5, 2025
・正社員として就職して
・結婚して
・マイカーを持って
・子どもを2人くらい育てて
・ローンで一戸建てを建てて
・同じ会社で昇進しながら定年まで勤めあげて
・退職時には2000万円の退職金をもらい
・老後は子や孫に囲まれてのんびり暮らす…
こういったロールモデルを一斉に追い求めていたのが、高度経済成長期の日本人達であり、これは経済的に大成功を収めた。バブルは弾けてしまったけれど。
正社員として就職すれば終身雇用制により、老後に至るまでの数十年は安定のキャッシュフローが約束される。その安定と信頼を担保にローンを組むことで、車と家を購入し子供を育てる。ローンの返済のために終身雇用制のもと年次で昇給を続けながら勤続をし、退職する時には一定の退職金を貰い年金生活に入る。とてもよくできた人生設計だと思う。
ただし、これは当時の経済状況と人口動態があってこそ実現できたことであり、これを現代の若者が鵜呑みにして努力しても、その願いが叶う事はない。
更に、これらは表面的に見ると「マニュアル通りの生き方」をすれば人生何とかなりそう、と思えてしまうかもしれないけれど、この世代の人たちの詳しい話を聞いてみると、これはこれで大変であることもよくわかる。当時は「モーレツ社員」という言葉が流行り、栄養ドリンクのキャッチコピーには「24時間闘えますか?」という言葉が使われ、とにかく全員が働きまくっていたのだ。コンプライアンスも整っていなかっただろうから、パワハラやセクハラも蔓延していた非常に暑苦しい労働環境だったことも想像に難くない。
上述のポストを読んで、上の世代の生き方を羨ましいと思ったとしても、僕も含めた現代人はきっとその働き方に耐えられないと思う。
ただ、表面的とはいえ、本当に日本人の人生設計のロールモデルが定着してしまったことは問題だと思う。時代が変わったことで叶うこともないロールモデルを追い求めても、幻滅してしまうだけだからだ。失った時間はもう二度と帰ってこないのである。
ここまで定着してしまった理由は想像は出来ても特定はできない。日本人は同質性が高いからかもしれない。メディアが煽ってその影響を受けたからかもしれない。国民性からして、安定のためにコツコツと頑張れる民族なのかもしれない。
こういった固定概念から脱却して自分の頭で自分の人生を考えるためのヒントは、やはり歴史にあると思う。「高度経済成長期の日本」は世界史のスケールで俯瞰的に見た時に、いかに異常な成功を収めていたのかを知れば「これも長くは続かないな」と思うことができるはずだ。個人の人生設計はそこに気づけてからようやく始まる。
ノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツが「世界には4種類の国がある」という有名な言葉を残している。
世界には4種類の国がある: 先進国、開発途上国、日本、そしてアルゼンチンである。
クズネッツは日本を急速な工業化と高度成長を実現した国であるとして、その一方で、アルゼンチンは先進国であったが衰退してしまった国であるとしている。
これはつまり、日本とアルゼンチンが例外的存在だったということを意味している。僕らは今まで世界的に例外だった経済成長を当たり前と見なし、ロールモデルにまで昇華して人生を生きてしまっていたのだ。
こうして歴史に学ぶことで「当たり前」を疑うことができる。これからは世間が醸成したロールモデルを追い求めることなく、自分の頭で考えて自分の人生を生きていこう。
