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人生にはあと何回「週末」が残されているのか|週末旅行の価値を見直す

10年前くらいは「週末海外」といった言葉をよく目にしていた。今もまだその言葉自体はあるが、旅行需要が昔ほどないからか、最近はあまり見かけなくなった印象がある。最も僕が昔ほど旅行をしなくなってきたからかもしれない。

ただ、今でも「週末海外」や週末の旅行については肯定的な印象を持っている。週末に飲み会をして休日が二日酔いで始まってしまうよりも、週末に仕事を終えたら翌朝の早朝から旅に出れるよう準備するような日々の方が活力があって健やかだと思う。

とはいえ、旅行には金も掛かるし準備も必要であり、週末は家事もしなくてはいけない。そんなに頻繁に旅行ばかりしていられるわけがないと思う気持ちもよくわかる。

だけど、やはり人生は短いからこそ、後悔がないように生きた方がいいという説明に正当性がある。これが僕の人生観の着地点なのかもしれない。

1年を週に換算すると52週間だ。つまり、有給休暇や祝日を除くと週末旅ができる回数は52回ということになる。そう考えると、行きたいところに行けるチャンスは結構少ないことがわかる。

海外に目を向けると、国連加盟国は193か国だ。単純計算で毎週末に海外に行ったとしても、すべての国を回るだけでも4年近くかかる計算になる。 一生のうちに自由に動ける時間を考えれば、一回一回の旅がいかに貴重かが見えてくる。

視点を国内に移してみても、事態はそれほど変わらない。 全国47都道府県のすべてを訪れようとすれば、今住んでいる場所を除いたとしても46週。つまり、1年のほとんどすべての週末を旅に捧げなければならない。

また、旅行が好きな人は実感していると思うが、好奇心というのはスケールする。一度の旅行でその土地を訪れると、その土地にもっと魅力的な別の場所があることを知り「もう一度行きたい」という気持ちが湧く。

例えば僕が約1年住んでいた愛知県も、名古屋が有名ではあるが大きく分けると名古屋を含む尾張エリアだけでなく、八丁味噌の発祥の地である岡崎やトヨタ自動車の本社がある豊田市がある三河エリアがある。また、少し南に行くと陶器で有名な常滑市や日本酒の酒造と運河が有名な半田市がある知多半島エリアがある。

週末に名古屋に一回行くことで、次は三河エリアに、その次は知多半島に行きたいという気持ちが湧き、この好奇心のスケールはエンドレスに続く。46週間で46都道府県に訪れたとしても、こういった細部への好奇心は満たされないまま、倍々ゲームで行きたいところが増えていくのだ。

こうして考えてみると、かつてよく目にした「週末海外」といった毎週を旅に充てる生き方は人生において合理的にも思えてくる。そうでもしないと広い世界を短い人生で知ることは不可能だからだ。

もちろん、それを実現するためには、時間とお金の管理が不可欠になる。毎週の旅行の度に豪勢なツアーを旅行会社に申し込んでいては、それは格好のカモになってしまう。人生は旅だけではないし、旅はいつか終わるものでもある。

旅行のいいところはお土産も含めて、日頃の生活にもその影響が入り込んでくることだと思う。帰宅して溜まった洗濯物を片付ける時間にさえ、旅の余韻を見出すことができるはずだ。日常生活にも仕事にも好奇心を与えることで、前向きな生活を誰もができるようになるような気がする。

週末にくたびれて昼まで眠り続け、休みが終わる頃には会社のことを思い出して日々を嘆く。誰かと会っても仕事や上司の悪口ばかり。そんな生活を望んでいる人は少ないはずだ。

そういった日々に週末旅行は刺激と好奇心を与えてくれる。やっぱりみんなもっと旅をした方がいいんじゃないか。


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