原因はミネラルと水分|「病は気から」は嘘
毎朝、ポカリを飲む。この習慣は3年ほど続いている。特に深い理由はなく、ただ何となく体調が良いからであり、味にもなかなか飽きない。スーパーやコンビニのレジ前で手に取るのは、もはや呼吸と同じくらい無意識になり習慣化している。
先週、スーパーで2リットルのポカリが売り切れていた。ふと、「たまには変化を与えよう」と思い、代わりに豆乳を買った。植物性たんぱく質が健康に良いという話をどこかで聞いた覚えがあったからだ。
その選択が間違いだったとは、すぐには気づかなかった。
豆乳を飲み始めて3日目、前日の夜に同僚と酒を飲んだ。いつもより深く酔い、仕事の愚痴や業界の暗い話で盛り上がったせいか、朝から頭が重かった。
朝から体が重く頭の奥に鈍い痛みが巣食い、やる気は地面に這うように低い。こういう時にはあらゆる物事がネガティブに考えられてしまい、「働き過ぎなんだろうか」とか「ストレスが多過ぎるんじゃないか」といったことを考える。更には、ふと「これって病気の前兆か?」と不安がよぎる。
酒を飲み過ぎて肝臓が悪さをしているのかもしれない。もしかしたら、メンタルの不調かもしれない。不安を消すためにネットで症状を検索すればするほど、逆に不安な気持ちは増幅し、自分が病人に思えてきてしまった。
しかし、ふと、「そういえば、今週ポカリを飲んでいない」と思い当たった。ここ3日間は毎朝、豆乳を飲んでいたのだ。
コンビニで急いで900mlのボトルを買い、一気に半分くらいを飲み干した。10分もしないうちに、視界の端にあった霞が晴れていくのを感じ、指先にも力と潤いが戻り、呼吸が浅かったことにもようやく気づく。あの憂鬱の正体は、おそらく単純なもので──脳と体の「渇き」だった。
水分不足だったのか、ミネラル不足だったのか。正確なところはわからない。ただ、3年間ほぼ毎日ポカリを摂取していた体が、突然の「補給停止」に悲鳴を上げたのは確かだろう。人間の体は、時に愚直なまでに習慣を求める。特に、電解質と糖分のバランスに依存していた場合、その変化には敏感だ。
興味深いのは、同僚との飲み会で交わしたネガティブな会話の影響が、ポカリ1本で軽減されたように感じた点だ。もしかしたら、メンタルの不調とされるものの一部は、単なる生理的反応なのかもしれない。体が渇いていれば、心も渇いて見える。
あくまでも体感で得たことだが、軽度のメンタル不調や不安障害の場合は、シンプルにミネラル不足や水分不足が原因であることが多い。もちろんあくまで「一時的な不調」の話であり、慢性的なうつ病などとは原因が異なるので注意は必要だ。
心が渇いて不安に苛まれている時に問題の原因を探るのは難しく、ついつい自分の失敗や弱さに原因を見出しがちな傾向がある。しかし、実は単なるミネラル不足や水分不足が原因であったのなら、問題はすぐに解決することができる。原因がわからないからこそ、不安は強まるもので、原因がわかれば冷静な対処ができるものだ。
これからはポカリを飲む度に水分とミネラルを吸収して、心身ともに健やかになっていることを実感しながら、身体を潤すこととする。
