深みのある節約|コンビニ利用論争
節約関連の記事を読むと、コンビニを利用しないことに重点を置いているものをよく見る。基本的にコンビニよりもスーパーで物を買った方が安い。コンビニは便利だが、その分値段が高いのだ。
だから、節約を実施する時の常套文句として、家賃や車の維持費などの固定費を削減すること、使っていないサブスクや無駄な保険を解約すること、その次くらいにコンビニの利用を避けることが重要視されている。
僕も極力コンビニは使わないようにしている。スーパーに通うことで商品の値段の相場がわかるので、コンビニに入る度に「高い」と思うようになってくる。スーパーで買い物を普段からしていると、その価格差が「痛み」に変わるようになるのだ。
そして、コンビニに行かないことで節約できた種銭を貯蓄して投資して…と長期的な視点で考えていくと将来的にはそれだけで案外豊かになれるシミュレーションさえ成り立つ。現代はネット証券で優良な投資信託に投資することができるうえに新NISA枠を使えば税金も掛からなくなる。
こうして考えることで、コンビニを利用することはなくなる。むしろ利用したくなくなるのだ。
しかし、そんな思考を身に付けた僕だったが、ここのところ少しずつコンビニを利用する頻度が増えてきた。
それは何故かと言うと、仕事で役職があがってマネージャーになったことで忙しくなったからだ。要は忙しくなったことで時間が惜しくなった。だから時間を節約できることに価値を見出すようになったのである。更には年齢も30代後半に差し掛かり、人生における時間の有限さもより強く意識するようになった。
平日に深夜まで働かざるを得ない時、近所のスーパーが閉店してしまうケースが時々発生してしまう。そんな時にコンビニに駆け寄るが、そこで買うコンビニ弁当を食べるととても美味しい。(最近はコンビニもフードロス削減に取り組んでいるので、値引きシールが貼られており、節約家の僕はもちろんこちらを買う。)
時間が限られている状態で、日常生活の時間を少しでも確保できるコンビニの便利さを体感すると、そこに付加価値が生まれ、スーパーとの価格差にプレミアムを見出せるようになってきた。これならその差を支払う納得感がある。
もちろん「めんどくさい」を理由にコンビニを利用することはしていない。めんどくがらずにスーパーに行くことで、安い商品を買えるのならば、未だに僕はスーパーまで赴くようにしている。だが、人生の時間を削ってまでスーパーまで無理に行くようなことをしなくなったのだ。
「自分の有限な人生の時間」という資源を、いかに最適に使うかに焦点を当てて、スーパーまで行くかコンビニを利用するか、考えて動くことにしている。
心地よく節約生活を続けていくためには、こういった納得のいく判断軸を持つことが必要になるのかもしれない。読んでくれた人の参考になれば嬉しく思う。
