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ふわふわした自己啓発書より『利己的な遺伝子』の方が人生の役に立つ

『利己的な遺伝子』を読んだ。読もう読もうと思っていて既に立ち読みやら書評やらである程度読んだ気にもなっていたけれど、ちゃんと腰を据えて読むことにした。最近出版40周年記念版が出たことや著者の他の本が文庫化されたことから書店でも大きめに売り出されていたので、これを機に一気に読み切ることにしたのである。

『利己的な遺伝子』は当時物議を醸した禁断の書のような存在である。私たちは遺伝子がコピーを永続させるための乗り物であり生存機械だという、既存の価値観をガラッと変えてくれる本で、こういうコペルニクス的転回を与えてくれる本が僕は好きだ。

そして何よりも「現実的」なところが良い。ふわっとした言葉で幻想を抱かされる内容の自己啓発書を読んでも人生の役には立たないけれど、こういう真実を追求した本は多くの示唆を与えてくれる。

思えばマルクスの『資本論』を頑張って読んだ時もそうだった。

会社員が休みを取ったり休憩をしたりする当たり前の制度を、若い頃の僕は人の優しさや配慮だと思っていたけれど『資本論』を読むと、それが「労働力の再生産」という概念で語られていた。

会社が労働者に休みを与えているのは、働かせるために休ませていることだと知って「何てこった…現実は厳しい…!」と思ったことを強く覚えている。(本当は24時間365日働かせたいが、そうすると労働者が死んでしまうから働かせることができなくなる)

『資本論』も『利己的な遺伝子』も、目を伏せたくなるような現実を読者に示している「厳しい本」だと思うけれど、幻想に惑わされていつまで経っても人生がうまくいかないよりは全然良い。

そう言えば、僕が23歳の頃に胃がんと診断された時もそうだった。目を伏せたくなるような現実に向き合うことになったわけだが、診断によって現実を知ってからようやく治療が始まり、手術をして投薬をしてリハビリをして就活をして…と、人生が再び動き出したわけで、全ては現実を知ってから始まっている。

『利己的な遺伝子』の序文に、発表当時に著者のドーキンス宛てに届いた批判が紹介されている。本書を読んで、人生が血も涙もない無味乾燥な物になってしまったと嘆く手紙が寄せられたらしい。確かに自分自身が遺伝子の乗り物だと思うと、あまり良い気分にはなれないのはわかる。

だけど、やはりその厳しい現実を知った前提に立ってから人生を考えた方がうまくいくとも思うし、うまくいかなかったとしても納得はできると思う。

これからも厳しい現実とうまいことやっていきたい。良い読書体験だった。

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