辛い仕事が団結を深め、排他的なコミュニティを生む|『コンテナ物語』を読む
ずっと読みたかった『コンテナ物語』を読んでいる。冒頭からめちゃくちゃ面白い。お馴染みの「帯文がビルゲイツ絶賛」シリーズである。
この本では海上輸送で使われるコンテナに焦点が当てられ、その誕生の歴史からコンテナが世界を変えていくまでの物語が描かれていく。イノベーションという言葉からはコンピューターやスマートフォンの様な情報産業ばかりが話題に挙がるが、本書が目を付けたのは「箱」であり、その視点から語られる歴史から、確かにコンテナが世界を変えてきたことがよくわかる。
さて、本書ではコンテナが誕生する前の時代までタイムスリップし、その時代の波止場で働く労働者たちの実態が描かれている。ちなみに彼ら港湾労働者のことを沖仲仕(おきなかし)と呼ぶ。当時は彼らが船からの荷揚げと荷積みを担っていた。しかし、コンテナが誕生したことによって船の荷物の荷揚げと荷積みの作業が極端に効率化されるようになり、彼らの仕事はとうとうなくなってしまったのである。
そんな彼らは日雇い労働で働いており、不安定な収入のなか厳しい肉体労働を強いられ、常に危険と隣り合わせだった。そんな環境のなかで沖仲仕たちの仲間意識は非常に強いものだったという。
港湾労働の特殊性から、波止場には独特の文化が生まれた。一つの会社のために働く仲仕はまずいないから、彼らの忠誠心は仲間とともにあり、会社に義理立てする者はいない。自分の仕事ぶりを知っているのも、気にかけているのも、仲間だけだと男たちは考えていた。労働は過酷で危険である。そのつらさは他人にはわからない。だから、労働者同士の団結は強かった。
そして次第に父も子も兄も叔父も従兄弟も沖仲仕だという家族が続出するようになり、これらの世帯同士が形成するコミュニティが誕生する。
彼らは団結感と忠誠心の強さから、よそ者はお断りする文化を醸成し、次第には外国人や黒人を差別するようになっていった。労働組合も黒人と白人で別々に組まれていたらしい。
辛い仕事をしている時に「そのつらさは他人にはわからない」と感じてしまう気持ちは誰にでも理解ができることだと思う。そんな時に共感できる仲間と長い時間を過ごすと団結感が生まれるのもよく理解できる。
肉体的に困難な出来事を共有して共感しあうことで人々は団結し、そして行き過ぎると排他的になる。シンプルな現象だが、これは今でもよく起こっている現象に思える。
人は誰かに共感してもらえると安心感を抱く。共感がしてもらえなくとも、誰かが味方になって傍にいてくれるだけで不安は和らいでくれる。こういった社会的な助け合いの精神はとても大切なことだと思う。
しかし、その状況に人は依存してしまうことも事実なのかもしれない。辛いのは自分だけではない。だからまだまだここで頑張っていける。そうこうしているうちに何の変化も起こすことなく、親子何世代もの月日を掛けて長い時間が経過してしまい、固く結ばれた絆は外から来るものを歓迎しない。
人はひとりでは生きていくことができない。だからこそ、仲間や家族がセーフティーネットとなり、助け合っていくことは大切だ。
ただ「仲間」や「家族」という美しさを孕む言葉の奥には、依存してしまう人の弱さや排他的になってしまう集団の傾向も潜んでいる。
自分にとって身近な存在の人との間に依存関係はないか、あらためて見つめ直すきっかけとなった。お互いが自立しつつ、困った時は助け合う。そんな関係性を築いていきたいと強く思うが、それはすごく難しいことでもある。
