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人生を見つめ直す|小説が必要な時

僕は特に夢がない。これは困ったもので、「将来の夢は?」といった定例のQ&Aに小学生の頃から悩まされてきた。いずれも適当に答えていた記憶しかない。

結局のところ、そのまま30代も半ば過ぎまで生きてしまい、いわゆる人生の折り返し地点が見え始めてきている。夢を追う人生だったら、さぞかし充実していただろうが、夢がないまま過ごしていたら、気づいた時にはこの年になってしまった。現実はそんなものである。

夢のない人生をどう思うかは個人の自由なので、とやかく言われる筋合いはないと思ってここまできている。現代の日本は物質的に裕福で便利な社会なので、困ることも少なく、もっと豊かになりたいと思うこともない。成り上がろうとか、一攫千金とか、そんなことに興味も湧かない。

だから時々、自分が何のために生きているのかわからなくなってくる。20代の前半にがんになって死にかけたが、治療を終えて元気になったのも束の間、治った身体で何をすればいいのかわからなくなってしまった。とりあえず社会復帰して仕事を得たが、ただただ仕事をしながら生活して日々をやり過ごしている。闘病生活の方がドラマ性はあったなぁと思う。もちろん闘病はもうしたくないが。

30代の後半を生きているうちに、そんなことを考えるようになってしまった。ミドルエイジクライシスってやつかもしれない。僕も中年なのだ。

こういう時、僕は本能的に他人の物語を欲するようになる。自分の人生だけを過ごしていても、宙ぶらりんなまま空虚な日々が続いてしまうが、他人の物語に身を投じることで心が満たされることがあるのだ。

だから人は小説を読んだり映画を観たりするのだと思う。自分の人生で充分満足できるほど、豊かな心を持ち合わせていない。

まだ読んでいない村上春樹作品でも端から端まで読んでいこうか。アガサ・クリスティー作品を可能な限り読んでみようか。そんな時間をどこかで取った方がいい気がしてきた。

フィクションだろうがノンフィクションだろうが、自分の人生とは異なる他人の物語を取り入れることで、自分が生きる意味を確認できる気がする。ウェルベックもそんなことを書いていた。人生において誰かの物語が必要な時はある。

本の他には何がこのような効果を生み出せるだろう?映画ではないし、音楽はもっと違う。音楽は健康な人に向いている。だが、哲学もふさわしくないし、詩も死にかけている人には向いていない。何が何でも物語作品が必要である。自分以外の誰かの人生が語られていなければならない。

『滅ぼす(下)』/ミシェル・ウェルベック(河出書房新社)P.272

本を読む習慣を持っていてよかった。路頭に迷う人生を送ってしまいそうなところを、こうして救ってくれるのは他人の物語なのかもしれない。

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