時短とオフィスハックと見逃してはならない資本主義の実態
生成AIがガシガシと人間の仕事を奪っていっている。初めの頃は文章を代わりに書いたり、エクセルの関数やプログラミングのような技術者的な立ち位置の仕事が奪われるように思えていたが、今では録音さえすれば会議の議事録もAIがこなし、メールの返信までもAIが行うようになってきた。
技術者だけではなく調整役も担うようになってきているのだ。たった2年そこらでこんなにも変化してしまうなんて、シンプルに驚いてしまう。
さて、それでは僕らの残業時間は減ったのかと言うと、それはまだわからない。一応、令和6年までのデータは見つけたが、所定外労働時間はここ30年でほぼ横ばいといったところのようだ。所定内労働時間が減少傾向にあり、総実労働時間も減少傾向にあるのは、規制の影響によるものなのだろう。

5年後に同じグラフを調査してみれば、AIによって人間の仕事が本当に奪われたのかがわかるかもしれない。全てガッツリと右肩下がりになれば、人間は仕事を失い(仕事をしなくてもよくなり)AIが仕事を奪った時代が到来していることになる。「AIの総稼働時間」の様なグラフもあわせて表示させてみたい。
ただ、僕はやはり人間が働かなくなる時代を想像することができないでいる。もちろん未来は予測できないし、働かなくなる時代が来てほしいとも思っているが、資本主義社会のえげつなさを考えると、AIがどんなに凄かろうが本質的には人間は働き続ける気がしてならないのだ。
これはシンプルな話で、残業を合わせて1日に10時間働いていた人間がいたとしよう。その人間が3時間かけていたエクセルによるデータ集計作業と上司への報告文書のまとめを、AIに頼んでみたところ何とわずか3分で仕上げてくれた。AIが仕上げてくれたものを上司に報告するだけでよくなったので、報告内容が差し戻されたりしなければ、今まで掛けていた3時間の作業も、わずか30分で終わることになる。2時間30分も時間を抽出することに成功するのである。
その浮いた2時間30分を早く帰宅して家族の時間に充てたり、趣味の読書に没頭する時間にしたりすれば良いが、2時間30分浮かせた社員がいることを上司や同僚は見逃さないだろう。あいつはまだ時間が余っていそうだと、あっという間に社内に情報が知れ渡り、別の仕事の依頼がやってくるようになる。いつも「早くしろ」と言う上司も、早くした社員に対して「部下より早く帰るのはいただけない」と叱責するようになる。
こうしてAIが浮かせてくれた時間に、資本主義の触手が延びてくるようになるんじゃないか、というのが僕の嫌な未来予測であり社会分析である。
ミシェル・ウェルベックのデビュー小説に『闘争領域の拡大』という作品があるが、この本は若者の恋愛や性までもが欲望のランク付けをされてしまった社会において、その格差に悩む冴えない青年が登場する。その社会の現実的で悲惨な模様に、読んでいて胸が苦しくなる。
「闘争領域」というのは資本主義社会における競争が機能する領域のことで、今までは明確に競争と言えなかった男女の見た目や性格、異性からどれだけモテるかといったステータスさえも資本主義社会の浸潤により闘争領域になってしまったことを示唆している。もちろん、僕個人の解釈なので読み方は様々だと思う。
何が言いたいかと言うと、資本主義はあらゆる所に浸潤していくということだ。AIがどれだけ僕らの仕事を奪ってくれたとしても、資本主義がその隙を逃すはずはない。人間の欲望と本能をどこまでも利用してくるのだと思う。AIのビッグウェーブに乗るのは楽しいが、これだけは肝に銘じておこう。
