「推しが死ぬまであと30日」第1話
あらすじ
高校3年生の菜摘(なつみ)は自分の進路が決められず、推し活で現実逃避をする日々を送っていた。推しはVtuberでアーティストの「のんくん」。のんくんがきっかけで仲良くなった同級生、利人(りひと)とともにオタク活動を楽しんでいた。そんなのんくんの「死」があと数日まで迫っていたある日、菜摘は利人に告白される。2人を繋いでいた「のんくん」の「死」によって2人の関係は徐々に変化していく。
登場人物
・金子 菜摘(18)
高校3年生。Vtuberであり、アーティストでもある「のんくん」のオタク。
明るい性格で男女問わず冗談を言ったりからかったりするため友達が多い。
もともとイラストを描くのが趣味だったが、のんくんのファンアートを描くようになり一気に絵が上達した。
同級生の利人と紫乃とは週に2回、放課後にファミレスで受験勉強をするほど仲が良い。
・佐野 利人(18)
高校3年生。菜摘と同じクラス。
目立つタイプではないが、かわいらしい顔立ちで勉強も運動も得意。男女関係なく誰とでも平等に接するので友達も少なくない。
音楽が好きで、独学で楽器や作曲を勉強しており、ネットで活動するアーティストや歌い手にも詳しい。特にのんくんのファンで菜摘とともに推し活を楽しんでいる。
・奥村 紫乃(18)
高校3年生。利人の幼馴染。
菜摘とは高校で同じ美術部に所属し、仲良くなった。
無口でクール。友達は菜摘と利人だけ。
・のんくん(20〜25歳くらい?)
アーティスト系Vtuberとして活動中(個人で楽曲を制作し動画投稿サイトにアップをしているが、顔出しは一切せず、姿はあくまでVtuberである)。
配信者としての活動は4年目。
年齢不詳だが、ファンの間では20~25歳くらいだと噂されている。
活動2年目で深夜アニメのEDを担当したことで注目があつまり、現在YouTubeの登録者数は40万人。
作曲する様子を配信する枠が人気で、週1~2回のペースで配信している。
他にも雑談やゲーム実況なども行う。
補足
高校3年生の菜摘と利人が推し活を通じて子供から大人に成長しようとする様子を描いています。
私自身、顔も本名も年齢も知らない推しがいるのですが、ほとんど幻のような”推し”を熱心に応援する活動が不思議で面白く、この物語を制作しました。
虚構と現実の間で揺れ動く菜摘と利人にご注目ください。
ラストを知ってからもう一度、セリフ一つ一つの意味を考えながら読んでもらいたい、そんな作品です。
本文
○菜摘宅・自室(夕)
Vtuberである「のんくん」のグッズが壁一面に貼られている菜摘の自室。
ポスターやポストカードはもちろん、缶バッチやキーホルダー、雑誌のページの切り抜きなどが一つ一つ丁寧にナイロンの袋に入れられ壁に貼り付けられている。
棚の上にはのんくんがポーズを決めているフィギュアやアクリルスタンドが何体も飾られ、CDやDVDは本棚の専用スペースにきれいに並べられている。
菜摘(18)、制服姿のままベッドに横になりスマートフォンをいじっている。
スマートフォンの画面にはピンクでかわいらしいデザインのカウントダウンアプリが開かれ、その画面には大きくカウントダウンの数字が表示されている。
〈推しが死ぬまであと30日〉
薄暗い部屋で、菜摘が覗くスマホの画面だけが煌々と輝いている。
〇(菜摘回想)菜摘宅・リビング(2年前・夜)
お風呂上り、菜摘(16)は髪が濡れた状態でソファに腰かけ何気なくスマホを触っている。
スマホ画面にはYouTubeのホーム画面。時間をつぶせるライブ配信を探している。
目の前の机には〈第一回進路希望調査〉と書かれた用紙が置かれている。志望校欄はすべて空欄。
菜摘M (何気なく見たもの 何気なく聞いたもの 何気なく触れたもの)
菜摘、スクロールする指を止め、「作曲配信」とだけ書かれたタイトルの動画をタップする。
菜摘M (たった1日 たった2時間 たった一瞬)
開いた動画はすでに1時間配信されている。画面ではVtuberが歌っており、その横をコメント欄が流れている。アカウント名は「のんくん」左横には〈70人が視聴中〉の文字。
菜摘M (自分でも気づかぬうちに魔法にかかることがある 今日あった嫌なことも、気になってる男の子といっぱい話せたことも、妹にプリンを食べられたことも、宿題が終わっていないことも、何もかもどうでもよくなって何も考えられない 熱が体内で渦巻いていたものをすべて排出させ、代りに自分がたった一色に染まってしまうような そんな瞬間)
菜摘、音楽に聞き入ってしまい画面に釘付けになったまま固まる。
菜摘M (そんな自分の何もかもを変えてしまうような一瞬は確かにある)
菜摘、画面を見たまま一筋涙を流す。
菜摘M (私の初恋の相手は 住む世界が違う 2.5次元の住人 Vtuberだった)
ーーーーー
菜摘、スマホで「のんくん 顔」で検索をかけるがヒットしない。
続けて「のんくん 年齢」で検索する。
〈声の感じから23歳くらいじゃないでしょうか〉
〈学校の話をたまにするので高校生か大学生だと思います〉
など曖昧な回答を真顔でスクロールしていく。
画面をYouTubeに戻し、そのままのんくんのSNSのアカウントのフォローボタンも次々にタップしていく。
続いてSNSで自分のアカウントを開くと、新しい投稿の作成に取り掛かる。
〈沼すぎるアーティスト発見! 一生推します♡ #のんくん〉
菜摘回想終わり
○ファミレス・ボックス席(夕)
〈推しが死ぬまであと25日〉
菜摘は同級生の利人、紫乃とともに、学校帰りの制服姿のままファミレスで勉強をしている。
あくびをしながら眠そうにしている利人に菜摘が声をかける。
菜摘「さっきからずっとあくびしてる」「もしかしてりっくん! 昨日ののんくんの配信全部聴いてたの?」
目をキラキラさせて菜摘が前のめりで問いかける。
利人「それのせいで今日寝不足」「活動終了が近づいて配信頻度上がったからなぁ…」
菜摘「天才型は地道に勉強しなくて良いんだから羨ましいよ」「私は昨日12時でギブだったわ 帰ったらアーカイブ見ないと!」
利人「それ、勉強してねぇじゃん!」
菜摘「配信聞きながらしてましたぁ」「受験勉強不要なやつに言われたくないね」
利人「音大だって共テ受けるんだからな!」
菜摘「あそっか ごめんごめん」
菜摘、からかいながら笑う。
利人「そういうお前はふざけてないでまじめに進路希望調査を書きなさい」「流石にそろそろ決めないと薮先に怒られるんじゃん?」
利人、机の上にある菜摘の進路希望調査の用紙(第一希望に「のんくんの嫁」と書かれた)を指さしながら。
菜摘「もう怒られてる… そんな急に言われてもわかんないのにさぁ~」
利人「1年の時から配られてるだろ もう5回目だわ」
菜摘「りっくんみたいにやりたいこともないし」
菜摘、ノートの端にのんくんのデフォルメイラストを落書きしながら答える。
利人「絵、続ければいいじゃん 好きなんだろ? (菜摘のイラストを見ながら)」
菜摘「こんなのただの趣味だよ うまい人は山ほどいるんだから」
利人「でも、のんくんのファンアートで5,000いいねもらったって言ってたじゃん」「それだけ菜摘の絵を求めてる人がいるってことだろ?」
菜摘「ファンアートは需要が大きいからね」「ファンアートじゃないただの私の絵には需要ないんだよな~」
菜摘、落書きを続ける。
利人「じゃ、判断してやるからそのバズったファンアート1回見せてよ」
菜摘の様子を見かねた利人がからかうように話す。
菜摘「やだよ 恥ずかしい」
利人「でもさ ファンアートがそんなにファンの間で有名なんだったら、推しにも認知されてんじゃない?」
菜摘「え まじ!?」
利人「SNSでリアクションとかないの?」
菜摘「うーん いいねは何回かしてくれたことあるけど…」
利人「え!? ほんとに!?」
かなり驚いた様子で声を上げる利人。
菜摘「うん…そんな驚く? のんくん結構頻繁にファンアートにいいねしてるよ?」
利人「そっか…」「いや、普通にすごいじゃん! 俺のMVにもいいねしてくれないかなぁ」
菜摘「いやいや 二次創作だからいいねもらえてんだよ」「りっくんは二次創作じゃなくてもそこそこ聴いてもらえてるんでしょ? そっちのほうが凄いじゃん!」
菜摘「あ! そういえば昨日の配信でのんくんがお知らせしてたコラボカフェ一緒に行かない?」
思い出したように話し出す菜摘。
菜摘「もうきっと卒業前最後のイベントだし」
利人「うん、まぁいいけど」
菜摘の様子をみた利人がつぶやく。
菜摘「やった!」
嬉しそうに満面の笑みで利人を見る。
紫乃「うちは塾だからパスで」
ようやく紫乃が会話に入ってくるが、視線は手元の教科書を向き、ペンを動かしながら話している。
菜摘「えー 紫乃は冷たいなぁ」 「のんくん最後のイベントだよ?」
紫乃「だって、うちべつにのんくんのファンじゃないもん」
菜摘「私が描いたのんくんのファンアート見て 素敵だね~ って声かけてきたくせに」
菜摘、紫乃のまねをしてからかう。
紫乃「それは絵に対して言ったの! のんくんなんか知らなかったし」「てか何年前の話してんの~」
菜摘「いいよ ファンじゃない人と行っても気まずいだけだから」
紫乃「りっくんと楽しんどいで」
菜摘「でもいつからどこで開催されるんだろ?」
利人「来週土曜日から渋谷で開催って言ってた」
菜摘「え、すご!」「私よりオタクじゃん どこ情報だよ」
利人「お前が寝た後の配信だよ」
菜摘「はぁーん なるほどね」
利人「あぁもう無理! 5分だけ寝かせて!」
利人が急に声のボリュームを上げ、ノートを広げたままの机に伏せて寝ようとする。
菜摘「5分で起きれるわけないじゃん」
菜摘、呆れた表情。菜摘はペンを持ち勉強に戻る。
利人、数秒経ってから顔を少し横に向け、ばれないように菜摘の横顔を眺める。
〇(利人回想)学校・教室(2年前・掃除の時間)
高校1年生の教室。
教室には利人を含めた掃除当番のクラスメイト数人と、残って駄弁っている女子が5人。
利人、掃除のために目の前の机を後ろに寄せようとするが、机の上を見たまま固まる。
クラスメイト男子「おーい、利人! 早く机寄せちゃってよ」
利人「…うん」
利人は困惑顔のまま返事をするが机を動かせない。
利人の目の前の机には男性キャラクターのイラストが描かれたアクリルスタンドがいくつも飾られてある。
菜摘「あ、それ自分で後ろにもってくから置いといて」
少し離れたところで駄弁っていた菜摘がこちらに近づいてくる。
利人「わかった…」「これってさ Vtuberののんくん?」
菜摘「え!? 知ってるの?」
菜摘、驚いた様子で目を丸くし、大声を上げる。
教室で掃除をしていた生徒たちが一斉にこちらを向いたが、菜摘は気にしていない様子。
利人「う、うん 俺も好きなんだよ」「好きというか憧れというか」
菜摘「憧れ?」
利人「俺も音楽やっててさ、い、いつかのんくんみたいに音楽を作ったりしたいなぁって思ってて…」
利人、しどろもどろに返事する。
菜摘「そうなんだ! なんか意外だね」
利人「意外かな?」
利人、恐る恐るという様子で問いかける。
菜摘「利人君ってなんか大人っぽいからVtuberなんて興味ないのかと思ってた」
「でもそういうことなら仲良くしてほしいな 私の周りにのんくんオタクの友達いないんだよね」
利人「俺でいいなら」
少し照れた様子の利人が答える。
菜摘「やったー!」「のんくんの作る音楽すごくいいよね! 私、大好きなの!」
菜摘はまっすぐキラキラした瞳を利人に向け、笑顔で話す。
利人M (初恋だった)
菜摘のまっすぐな瞳を見て顔を赤くする利人。菜摘から目を逸らす。
菜摘「のんくんのことは何で知ったの?」
利人「えーと アニメのEDで初めて聴いてさ」
菜摘「私もそのアニメ見てたよ 『蜒輔�豁」菴�』でしょ?」
2人の会話続き、声は徐々に遠ざかっていく。
利人回想終わり
〇ファミレス・ボックス席(夜)
利人が目覚める。
利人「5分で起こしてって言ったのに」
ムクっと体を起こしながらボソッとつぶやく。
菜摘「自分が5分で起きるって言ったんじゃん」
利人「はぁ(小さくため息) やば! そろそろ帰んないと」
時計を見て片づけを始める。
菜摘「じゃ、私たちもそろそろ行きますかぁ」
紫乃「もうこんな時間かぁ あんまり進まなかったなぁ」
片づけを始める3人。
利人のスクールバックにはのんくんのグッズのキーホルダーがたくさんぶら下がっている。
ーーーーー
〇菜摘宅・玄関(夜)
菜摘帰宅。
菜摘「ただいま~」
菜摘の母「おかえり ご飯できてるよ」
リビングから母の声。
菜摘「ありがとう」「着替えてくる~」
菜摘、そのまま2階へ上がっていく。
〇菜摘宅・自室(夜)
菜摘、制服のままベッドに寝ころび、スマホを操作する。
〈のんくん 卒業 理由〉で検索をかける。
画面をスクロールしていくと〈のんくん卒業の本当の理由〉という掲示板に目が留まり、指が吸い付くように画面をタップする。
そこにはファンの憶測が好き勝手に書き込まれていた。
〈音楽に専念するためとか言ってるけど、結婚とかじゃない?〉
〈オタクを捨てて彼女と幸せにやるんでしょうね〉など。
菜摘、スマホの画面を消し布団の中に潜り込む。
ーーーーー
〇渋谷駅前(昼)
〈推しが死ぬまであと14日〉
利人がイヤホンで音楽を聴きながら駅前で菜摘を待っている。
イヤホンからはのんくんの曲が流れており、利人は軽く鼻歌を歌っている。
菜摘「ごめん お待たせ!」
現れた菜摘はいつもの制服姿、ストレートヘアとは全く雰囲気が違う。
薄ピンクのフリルがついたブラウスに短めのスカート、厚底のスニーカー、髪は高い位置で一つにまとめられ、クルクルに巻かれている。
利人「ううん 大丈夫」「めっちゃ気合いはいってんね」
利人が茶化すように言う。
菜摘「何その言い方! そりゃ推し活なんだからかわいい恰好していかなきゃ」
利人「ごめんごめん」「行こっか」(利人笑いながら)
二人が同じ方向に歩き始めると、利人は一度顔を下に向けるが、バレないように目だけ菜摘の方へ向け、顔を赤らめる。
すぐに目を逸らし、少し暗い表情。
〇街を歩く二人
肩を並べて、しゃべりながら目的地に向かって歩いていく。話題は尽きない。
〇コラボカフェ店内・2人用テーブル席
店内はのんくんのイラストやパネルで溢れ、キラキラした雰囲気。
客は10~20代の女性ばかり。
菜摘はメニューを凝視し、のんくんがプロデュースしたカレーライスとオレンジジュースを頼む。利人はさっとメニューに目を通し、メロンソーダとオムライスを頼む。
菜摘、注文が終わると店内をまじまじと観察し、スマホで撮影を始める。
菜摘「さすがのんくん、センスも抜群だね」
利人「菜摘はさ」「なんでのんくんのこと好きなの?」
菜摘の様子を見ていた利人が尋ねる。
菜摘「どうしたの急に」
菜摘、スマホの手を止めずに返答。
利人「のんくんの音楽が好きなのか、のんくんが好きなのかどっちなのかなと思って」
菜摘「もちろん音楽も好きだけど、本人も好きだよ」
「大人の余裕とかわいらしさのギャップがいいじゃん! 私、昔から年上の人に惹かれちゃうんだよね」
ようやく撮影を終えた菜摘が考えながら答える。
利人「そっか」
店員「失礼しま~す」
店員が注文した料理とドリンクを運んでくる。
利人は目の前に置かれたメロンソーダに目を落とす。
菜摘「うわ!」
利人「なに!?」
菜摘「ランダム缶バッチ 一番欲しかったのが当たった! 見て! ちょっとはだけてるちょいエロのんくん!」
フードとドリンクをセットで注文するとランダムで必ず1つもらえる、のんくんの絵柄入り缶バッチを開け喜んでいる。
利人「着眼点が気持ち悪い」
菜摘「そんなことないよ」「ほら! かっこいいじゃん!」
菜摘、缶バッチを見せながら興奮した様子で話す。
利人「俺も開けよう」
利人、自分に配られた缶バッチに手を伸ばし、袋をゆっくり開け始める。
菜摘「ねぇ 私からも1つ質問していい?」
利人が缶バッチを開ける様子を眺めながら話始める。
利人「なに?」
菜摘「りっくんという同じ男性から見て…」
菜摘、周りの客に気を遣いながら小声で話す。
菜摘「ずばりのんくんに彼女いると思う?」
利人「いると思うって言ったらどうすんの?」
菜摘「やめてよ 縁起でもない」
利人「じゃ、なんで聞くんだよ」
利人あきれ顔。
菜摘「いやー卒業の理由がさぁ 女じゃないかって言われてんの」
菜摘さらに小声になり、利人の耳元に口を近づけて話す。
利人「おんな?」
菜摘「それ自体もショックなんだけどさ それよりなんか」「のんくんがそんなことしてるの想像できなくて」
利人「そんなことって?」
菜摘「一人の女の人と恋に落ちて その…エッチなことしたり…」
菜摘、利人から目を逸らし、下を向きモジモジしながら話す。
利人「きっも そんな妄想してんの?」
菜摘「はあ?! そうじゃなくて」
菜摘勢いよく否定する。
菜摘「私そういう経験がないから逆に私がのんくんのことを気持ち悪いって思っちゃって」
再びモジモジしながら答える。
菜摘「普通のことなんだよね のんくんだって一人の人間なんだし」「むしろ私の方が変なのか」
利人「卒業の理由は発表されてないんだから憶測で落ち込むなよ」
菜摘「まぁ そうなんだけどさ…」
菜摘「男の人ってさ みんな その…一人でもするんでしょ?」
利人、顔を少し赤らめて菜摘から目を逸らす
利人「知らないよ!」「する人はするんじゃない? わかんないけど!!」
菜摘「ふーん やっぱそうか」
菜摘も利人から目を逸らす。菜摘はカレーライスを黙々と食べ始める。
利人「わっ!」
菜摘「びっくりした! なに?」
利人「これ、シークレットじゃない?」
利人は自分が開封したランダム缶バッチを菜摘に見せる。
菜摘「えっ! ほんとだ!」
利人「あげねぇよ」
利人がいじわるな顔をして缶バッチをわざとらしく菜摘から遠ざける。
〇外・コラボカフェ帰り道(夜)
2人は肩を並べて歩く。
菜摘の表情はまだ少し暗い。
利人「まぁ、そんな落ち込むなよ」
利人、手に持っていたなにか堅いものを菜摘の頭に軽く当てる。
菜摘「いたっ!」
利人が手に持っていたものをこちらに差し出す。
利人「ん これあげるよ」
手には先ほどのコラボカフェで配布された缶バッチ(シークレット)があった。
菜摘「いいの?」
利人「うん、俺友達からももらったからまだ缶バッチ持ってるし」
菜摘「は? ずる!」「でも ありがと」
利人「それにいっつももらってばっかだからさ」
そう言ってさらに手を菜摘の前に差し出す。
菜摘缶バッチを受け取る。
菜摘「バカだな! あれは被ったやつあげてるだけだよ」
利人「知ってるよ」
菜摘「でもあげたやつ全部スクバに付けてくれてるよね」
利人「そりゃ付けるだろ 嬉しいもん」
菜摘「ふふ」「やっぱ我らどこまでもオタクだな」
利人「あの~、さ」「卒業前のリアルコンサートも行くんだよな?」
利人、歩くスピードを緩め、菜摘の少し後ろを歩きながら。
菜摘「行かない」
利人「え!?」 「卒業コンサートなのに!? 最初で最後のリアル開催なのに!?」
菜摘「うん」「チケット外れた~」
後ろを振り向き、あっけらかんとした様子で答える。
菜摘「それに」「会いたくないっていうか もういなくなるのに会っちゃうと魔法が呪いに変わっちゃう気がして」
利人「呪い?」
菜摘「本人を前にしたらリアコ(本気の恋愛感情を抱くこと)になっちゃいそうってこと」「最後の最後に厄介オタクにはなりたくないよ」
利人「・・・リアルイベントでも姿は見えないと思うよ 一応Vtuberだし」
菜摘「でもわかんないじゃん! 紗幕越しに人が出てくるかも! まぁどっちにしろ行かないけどね」「オンラインチケット買って、配信だけ聴くよ」
利人、足を止める。
利人「のんくんが卒業しても 俺らの関係って変わんないよな?」
不安そうな声で問いかける。
二人の間を風が吹き抜ける。
利人の少し前を歩いていた菜摘が振り返り少し不思議そうな表情をした後、満面の笑みで答える。
菜摘「当たり前じゃん」
それを見た利人は複雑な表情で微笑む。
〇学校・美術室(昼休み)
〈推しが死ぬまであと12日〉
男子生徒数人が菓子パンをくわえて談笑しながら廊下を歩き、美術室の横を通りすぎる。
菜摘、誰もいない美術室で真剣な表情でキャンバスに油絵を描いている。
(描いている絵は写さずに)
〇学校・校門(夕)
菜摘、学校の正面玄関から歩いてくる。
校門には利人が立っている。
菜摘「あ! りっくんじゃん!」
菜摘が嬉しそうに利人に呼びかける。
利人「よお! ちょっと付き合ってよ」「今日は塾ないだろ?」
〇帰り道・公園内の歩道(夕)
利人「なにか飲む?」
歩道の脇にある自動販売機に小銭を入れながら問いかける。
菜摘「彼氏でもない男におごってもらえませんって」
菜摘は冗談っぽく答える。
利人「いや もうお金入れちゃったから 選んで」
菜摘「じゃ…オレンジジュースで」
利人、オレンジジュースとコーヒーのボタンを押し、オレンジジュースを菜摘に渡す。
菜摘「ありがとう」
お礼を言いながら利人が手に持つコーヒーを不思議そうに眺めている。
菜摘「りっくんってコーヒー飲めるんだね」「いつもジュース飲んでるから知らなかった」
利人「うん まぁ…」
利人、ばつがわるそうに返事をする。
すぐ横のベンチに腰掛ける2人
菜摘「コラボカフェ、楽しかったね」
いつもと様子が違う利人に気を遣い明るい口調で話し始める。
利人「うん」
菜摘「缶バッチさぁ さっそく部屋に飾ってるよ」「まさかりっくんがシークレット引いてくれるとは思わなかったなぁ」
利人「うん 俺もびっくりしたよ」
菜摘「…りっくん どうしたの?」
利人少し間があってから
利人「俺さぁ」「東京の音大受けるんだ」
菜摘「あー…うん そうだと思ってたよ?」
利人「それで…もう来月には東京に引っ越すことになった」
利人はうつむいており表情がよく見えない。
菜摘「えっ! 受験前に引っ越しちゃうってこと?」
菜摘、勢いよく顔を利人に向け目を丸くする。
利人「うん」「あっちで色々と受験の準備したいんだ」
菜摘「なんで…そんな大事なこと今頃言うの?」
利人「だって…」
うつむいていた利人がこちらに顔を向ける。
利人「お前は俺のこと興味ないじゃんか」
苦笑いしながら寂しそうな、なんとも言えない表情。
菜摘「そんな訳ないじゃん! 友達なんだから!」
沈黙が続く。
菜摘「紫乃は?」「紫乃は知ってるの?」
利人「知ってる」
菜摘「そっか…」
再び沈黙が続く。
利人「俺さぁ ずっと菜摘のこと好きだったよ」
利人、どこか寂しそうな表情で。
菜摘「えっ!?」
利人「初めて話したときからずっと」
菜摘「え? りっくん?」
利人「…」
菜摘「…」「ごめん、急すぎて…」
利人「うん、わかってる…」
利人「のんくんのことしか頭にないもんな」
俯いたまま小声でつぶやく。
菜摘「なに?」
利人「菜摘にはのんくんしか眼中にないんだろ? 他の男のことなんてどうでもいいんだろ?」
利人「だいたい、のんくん のんくんって言うけどお前の推しは本当に存在するのかよ」「本当に年上なのかも 本当に男なのかも 本当に存在してんのかもわかんないじゃん」「実はAIで”中の人”すら存在しないかもしれないじゃん!」
利人、徐々に興奮していき、ベンチから立ち上がる。
立ち上がった勢いで利人が手に持っていた缶コーヒーと菜摘がベンチに置いていたオレンジジュースが地面に落ち、中身が混ざり合う。地面が徐々に濁った色になる。
利人「お前が言う”年上で大人の余裕があるのんくん”って…誰なんだよ」
興奮で顔を赤くしながらも終始寂しそうな表情をこちらに向ける。
菜摘「何言ってんの? 音楽だって作ってるじゃん…」「のんくんの音楽いいよねって2人で話したりするじゃん…りっくんものんくんの音楽好きなんでしょ?」
徐々に声が小さく、顔を下に向けながら自信なさそうに答える。
利人「だったらその曲を俺が作ってたら 俺のこと好きになってた?」
菜摘「…わかんないよ」
下を向いた菜摘の頭がさらに下に落ちる。
利人「…ごめん」
菜摘の様子を見て平静を取り戻した利人。申し訳なさそうに。
利人「こんなこと言いたかったんじゃなくて、東京に行くことだけ伝えたかったんだ」
菜摘「・・・・」
利人「…帰ろう」
菜摘M (どうやってりっくんと別れたのかはほとんど覚えていない)
ーーーーー
〇公園帰り道・住宅街(夜)
菜摘、ぼーっとした表情で力なくゆっくり歩く。
握りしめていたスマホに通知が鳴る。
画面を覗くとメッセージが表示される。
紫乃〈のんくん、ヤバいことになってるじゃん!〉
菜摘「!?」
Xを開き、すぐさま〈のんくん〉で検索をかける。
〈のんくんの手キレイすぎる〉
〈もうちょっとで卒業だからって気が緩みすぎじゃない?最後までVtuberとしての”のんくん”を貫き通せよ〉
〈のんくんのおてて、かわちぃ…〉
どんどん下にスクロールすると画像が貼られた投稿を見つけ、そこではじめて状況を理解する。
〈動画消されてもいつでも拝めるように速攻でスクショした #のんくん〉
画像には男性の白くて指の細い右手が写っている。
極限まで拡大されているのか画質が荒くなっている。
菜摘M(SNSのライブ配信だ…)
菜摘M(最近あんまり多くなかったけどそういえば今朝少しだけ配信してた…面倒くさがって適当なところにカメラ向けてライブ配信で録ったんだ… どこかのタイミングで実写の手が写って炎上ってこと?)
菜摘、写真をすぐに保存し、手が写っている部分をさらに拡大する。
心臓の鼓動が耳に届きそうなほど速く大きくなる。
菜摘M(のんくんは実在したんだ)(AIでも幻でもなかった)
菜摘M(やっぱり会いたい 最後に一目でいい 姿を見たい)
菜摘M(いや姿は見れなくてもいい ただそこに実在してるって感じたい)
高まる感情を抱えたままスマホを握りしめ、家に向かって走る。
〇菜摘宅・自室(夜)
帰宅早々、2階の自室に駆け上がる菜摘。
荷物を部屋の隅に放り投げスマホを開く。
チケットサイトにログインし、応募履歴からのんくんのチケット販売ページに進む。下までスクロールすると〈現在、リセール申し込みは0件です〉の文字。
今度はSNSに移り、〈のんくん リセール〉で検索をかける。
〈リセール取れない〉
〈10時間も張り付いてるのに購入画面にさえ行けないよ~〉
〈クレカ入力中に取られた…まだ諦めない〉などの書き込み。
再びチケットサイトに戻り、購入ページをリロードして更新するがリセールは0件のまま。
菜摘「会いたい」
スマホ画面をリロードする。
菜摘「会いたい 会いたい」
スマホ画面をリロードする。
菜摘「会いたい 会いたい 会いたい」
スマホ画面をリロードする。
菜摘「会いたい 会いたい 会いたい 会いたい 会いたい 会いたい・・・」
画面にはようやく〈リセールを購入する〉の文字が現れる。
菜摘、はっとし、すぐさま〈購入する〉ボタンを押す。
しかし、画面には〈購入可能なチケットはありません〉の文字。
菜摘「あーもう!」
菜摘、落胆し、スマホを持つ手の力が抜け下に振り下ろす。
ベッドに倒れ込みしばらくボーっとすると、徐々に目に涙が溜まっていく。
先ほど保存した右手の画像を再び拡大し見つめる。
第2話:「推しが死ぬまであと30日」第2話|nemuro (note.com)
第3話:「推しが死ぬまであと30日」第3話|nemuro (note.com)
