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いい文章といい写真を逃さないために、私ができるせめてものこと。

いい文章を書きたいし、いい写真を撮りたい。

最近ずっと、そんなことばかりを考えている気がする。犬の散歩をしている時でさえ、ずっと。

いい文章といい写真が、どんなものかは私には分からない。答えは無数にあるのではないか。そんなことを頭の片隅で考えながら、ない頭を絞ってみた。答えが無数にあるってことは、答えがないのと同義語じゃないのか、と急に虚無の世界に堕ちたりする。

鳥が鳴いていた。春は近い。

冬の風は冷たい。それに、答えは出ない。
朝から一人、勝手に虚しさを感じていたら、頭上で春っぽい音がした。鳥の鳴き声。ヒュロロロとかピーピーとか、そんな感じの。鳥の鳴き声を文字にする難しさよ。私の鳴き声に対する解像度が低すぎるせいだろう。それが、春の音だということしかわからない。

空に向かって、スマホのレンズを向ける。iPhone14pro。
鳥の姿を確認して、シャッターを切った。

カメラを欲しいと思っているけど、ずっと買えないでいる。多分、買っても持ち歩かないことが目に見えているからだ。何を撮りたいのかが、まず、わかっていない。ただ漠然と、何か撮りたいと思っているだけの人間に、高価な機材は不要だろ、とセコイ自分が囁く。だから、まずはスマホでいい写真を撮りたい。いい写真が何かは、わからないくせに。

noteを開いたら、幡野広志さんの「スマホでいい写真を撮る人」というタイトルの記事が目に止まった。これは読まなければと開く。有料記事だったけど、記事はほとんどの部分が無料だった。なるほど〜とか、ほぇ〜とか、間抜けな声を口から漏らしながら、私は頷き続けた。

私は幡野さんの写真がとても好きだ。文章もとても好きだ。見たり、読んだりすると心が動く。こういうのがいわゆる"いい文章"や"いい写真"というものなんだろうなと、ど素人ながらに感じた。では、それってどういうものなのだろうかと考えてみたが、言葉にできない。漠然と感覚では好きだとはわかるのに、何がいいのかが言語化できない。「あの人のどこが好きなの?」と聞かれて「全部かな♡」と答えてしまった時に似ている。自分の解像度の低さに泣けてくる。

無料部分で十分満足した気になったけれど、どうしても有料部分が気になった。アプリで開いていたnoteを閉じて、WEBで開き直す。すぐにマガジンを購入。普段ならマガジンの購読はしないんだけど、スマホでいい写真が撮れるなら、500円は安いと思って買ってみた。それに今日は月の上旬。マガジンを全て読破して、今月中に解約すればお得じゃないか。ああ、私って、とにかくセコイ。

ゆっくり読めばいいのに、どの記事も面白くて、一気に読んでしまった。

そう言えば、毎日更新をやめたのは昨年のこと。500日間毎日更新を続けて、501日目に節目のnoteを公開して、502日目は更新しなかった。
せっかく毎日更新をやめて、自由な時間ができたはずなのに、それ以降も、ほとんど毎日のようにnoteを更新し続けている。

幡野さんの「シャッターチャンス」と言う記事を読んだ。

写真で決定的瞬間を撮ることは難しい。なぜなら人間は未来を予測できないからだ。

幡野広志「シャッターチャンス」

私は自分の書く文章を予測できない。
書くことを考えながら書いてはいないからだ。

だから、私には「いい文章」を予測しながら書くことは、絶対にできない。

映像は決定的瞬間が撮りやすい。決定的瞬間が起きる前から撮影して、決定的瞬間とその後も流れで撮影できる。

幡野広志「シャッターチャンス」

私が毎日書く理由は、ここにあるのかもしれない。
決定的瞬間を意識的に生み出すことができないから、とにかく書き続けることで、「いい文章」を捉えることができるかもしれないと言う期待。

続けることぐらいしか、私にはできない。
だからせめて、そのぐらいはしておこうという悪あがきとも言えるけれど。

つやつやにできた。味は濃いけどうまい。
黄身を崩すかどうか、毎度悩む。

今日の晩御飯は、自分で作った切り干しにんじんと、切り干し大根のきんぴら。豚こまの生姜焼きに目玉焼きを乗せたもの。

どれも好評で、みんなあっという間に平らげた。

結婚した当初は、料理教室で習ったものや、料理本に載っているレシピの通りにしか料理を作れなかった。キャベツの千切りは、百切りと名を変えた幅の広い“きしめん“状のものだった。出汁の取り方だって知らない。目分量なんてもってのほかで、頼りになるのは◯◯の素。

それが20年経った今では、◯◯の素は必要なくなったし、目分量で美味しいものが作れるようになった。材料だって、家にあるものでなんとかなる。切り干し大根だって作れる。人様に出せる料理ではないかもしれないけど、家族の口と腹を満たすのに十分なものは作れるようになった。間違いなく、これは日々の積み重ねによるものだと、私は信じている。

明日、突然に、才能が開花するなんてことはないだろう。でも、10年後くらいに、自分が満足できるものが書けたり、撮れたりしてたらいいな、なんて。






マガジンを読み終わったら、もっと幡野さんの写真の話を聞きたくなって、Amazonでポチってた。読むのが楽しみ。




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