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28_追憶のりんご飴

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「いい天気になって、よかったね!」
「そうね。ほんといい天気。でも、今日は暑くなるから、水分補給はしっかりね」

山本のおばさんから、冷えたペットボトルを受け取った。テントに戻る。
「はい。これ達也のね」
私はペットボトルを、達也に手渡した。

今日は夏祭り本番だ。

店には臨時休業の貼り紙をして、土曜の営業はお休みにした。朝のうちに下揚げした唐揚げを、山盛りに持ってきた。コンロと大きな鍋もテントに設置し、準備は万端。
隣にはHOMUSUBI CRAFTのテントがある。

「唐揚げとビールって、間違いないよな。これ、抱き合わせで売らない?」
「いいねぇ。どんなビールがあるの?」

達也はクーラーボックスから、一本のビールを取り出した。
「新商品なんだよね。これ」
水色の缶に描かれた文字は、“縁“。

「えん?」
「読み方は“えにし“。社長のこだわりで、ビールの名前には、人とのつながりを表す文字を一文字とってつけてるんだって」
「なるほどね。だから、“ゆい“とか、“えにし“なんだ。かっこいいね」

「ちょっと味見してみてよ」
「じゃあ、唐揚げ揚げるから、待ってて」

私は、唐揚げを鍋に滑らせる。シュワシュワと気泡が小さくなっていく。薄かった色づきが、どんどんいい色に変わっていく。
「お〜い」
遠くの方で声が聞こえる。

「え?なんか言った?」
達也を向き直る。
「ううん? 何も言ってないけど」
もしかして、と私は唐揚げに耳を澄ませた。頭を左右に振る。やっぱり何も聞こえない。一瞬、唐揚げの声が聞こえたと思ったのに。

きつね色になったところで、油からあげた。

「じゃあ、これで乾杯な」
達也は透明のカップにビールを注ぐ。入道雲みたいな泡が、黄金の空に立ち上る。
「乾杯」
一口、口に含む。レモンのような柑橘系の香りが鼻から抜けた。唐揚げを頬張る。ガリっと音がして、ジュワッと肉の旨みが口の中に広がった。そこで再びビールを流し込む。肉の脂が、ビールの苦味に溶けていく。喉を駆け降りる冷たい刺激が、夏の暑い日には、たまらない。

「ん〜!うまいっ!」
「最高だね!」

二人で、顔を見合わせて笑った。

「お前たち、店の準備もせずに酒を飲むとは、いい度胸だな」
菖蒲さんがぬっと現れた。
「おいおい、お二人さん、自分たちだけセコすぎるんじゃ」
菖蒲さんの肩に乗ったジョージさんが、ぴょんと達也の肩に飛び乗る。

「開店前だし、お店をやる人の特権じゃない?」
私はとぼけて、肩をすくめた。
「じゃあ、私にもよこせ」
「わしにもじゃ」

「ちゃんと働く?」
菖蒲さんとジョージさんは、二人同時に口を開いた。

「昨日のバイト代」
「昨日のバイト代じゃ」

そっくりに同じことを口にしたので、みんなで顔を見合わせてケタケタと笑う。

透明なカップを用意し、菖蒲さんにはパンケーキのパフェを、ジョージさんにはビールと唐揚げを用意した。ラッピング用に持ってきていたシールを一瞥する。私は菖蒲さんのカップに、黒猫のシールを貼った。菖蒲さんは「かわいいな、コレ」とシールを撫でてから、パフェを頬張る。「んまい」と目を細めた。隣のジョージさんも「ビールもいいな」と舌鼓を打った。

「暑い中で食べると、さらにうまいな」
「うむ。菖蒲ちゃんのいうとおりじゃ」

出店のテントに、商店の人たちが入ってくる。みんな、運営のテントの募金箱に募金を入れて、お稲荷さんと愛宕神社に寄ってお参りをしている。

二丁目のコンビニ店長、グエンさんはフライドポテトとフランクフルトのお店。
綿貫さんは、もちろん酒屋。達也と被らないように、ハイボールと日本酒にしてくれるらしい。
他にも駅前のたこ焼き屋さんや、焼きそば屋。それに最近流行りのフルーツあめのお店もある。
穂結町のたくさんのお店が、今回の夏祭りに賛同して、参加してくれているようだ。

続々と準備が整う様子を見て、小さい頃、母と二人で来た愛宕神社の夏祭りを思い出す。

いつもの愛宕神社が賑やかで、提灯が夜を照らしていた。体にまとわりつく暑い空気すら華やかで、鼻をくすぐる美味しいものの匂いに、小さい私の胸は踊った。母に手を引かれるまま、金魚すくいをしたり、わたあめを食べたり。わたあめにかぶりついたら、白い雲みたいなわたあめがしゅわっと消えて、顔のまわりがベタベタになった。楽しそうに目尻を下げて、私の顔を拭く母の顔が、今でも忘れられない。

一緒にお祭りを回った男の人の記憶が、不意に蘇った。確か、迷子になって泣いていた私を助けてくれた人。ひょっとこのお面が面白くて、私はゲラゲラと笑って泣き止んだ。その人がくれたりんご飴の記憶が、口の中にじわっと広がる。硬くて甘くて、ちょっと酸っぱい。暑い日に気持ちの良い、ひんやりして大きな男の人の手。懐かしい思い出が、胸を柔らかくした。

「りんご飴か、しばらく食べてないな」と独りごちて、フルーツ飴のテントに視線を向ける。その隣に、夏祭りには不釣り合いの、異様な雰囲気のお店を見つけた。

「ねえ、達也。あのテント、何かなぁ」
「なんだろうな。ちょっと怪しいな」

目を凝らすと、怪しげなテントの中に、みずたま亭の常連客、音無さんが座っていた。
「あれ、音無さんじゃない?」
「確かに。年齢、職業ともに不詳の音無さんだな」

「ちょっと挨拶してくるね」
私はテントを離れ、音無さんのテントに近づいた。

「音無さん、こんにちは!」
「……香菜ちゃん、……こんにちは」

真っ黒いショールを頭からすっぽり被った音無さんは、すごく暑そうに見える。
「暑くないんですか?」
「…….暑いと言えば、……暑いけど」
「何を売るんですか?」
私は眉根を寄せた。

「……う、ら、な、い」

音無さんは、小さく呟いた。
よくわからない返答に、私は「そうですか」と返す。
「じゃあまた、食べに来てくださいね」と音無さんのテントを後にした。
音無さんが、ボソリと呟く。
「心配事は、すぐに解決するでしょう……」

意味がよく分からないなと、首を傾げた。テントに戻って、早速、準備だ。
もうすぐ町内会長さんが、夏祭り開会の挨拶をするらしい。

すぐに提供できるように、ある程度の数の唐揚げを揚げておく。パフェのカップに、クッキーとシリアルパンケーキも詰めておいた。

町内会長の挨拶が終わり、いざ開会。
久しぶりの夏祭りに、どんどん人が押し寄せてきて、大忙しだ。みんな狐のお面をつけていて、琥珀と月白に見えるので、思わず笑ってしまう。

白い浴衣を着て、お面をつけた長身の男の人が寄ってきた。まるで、穂結山で見た月白そのものだ。

「香菜さん、おつかれさまです。唐揚げとビールください」
声を聞いて、それが誰かがすぐにわかった。
「稲田くん! 浴衣、すっごく似合っているね」
稲田くんはお面をずらすと、頬を赤らめ、テヘヘと笑った。

達也の視線が、少し痛い。けれど、その痛みもなんだか嬉しい。

「忙しそうですね。何か手伝いましょうか?」
「え? いいの?」
「もちろんです」
「菖蒲さんが、途中で消えちゃって。パフェを作ってくれると助かるんだけど。今度、定食奢るから」

稲田くんは腕まくりをした。
「そういうの得意なんです、僕」
「俺だって、得意だし」
達也が横から、割って入る。顔がニヤける。

「じゃあ、前田さん、勝負しませんか?」
「いいよ。勝負しよっか」
「何賭ける?」
「香菜さんと、デートとかどうですか?」

稲田くんが、ニヤリと笑った。
「それはダメ。稲田が勝ったら、俺がビール奢るよ」
「ええ〜。ケチだなぁ。ビールか」

稲田くんは、舌打ちする。
「じゃあ、前田さんが勝ったらどうします?」
「ビール買ってって」
「結局、ビールかよ」

その時、「こんにちは!」と声をかけられた。
「あ、風間さん!」
「大盛況みたいね。HOMUSUBI CRAFT も好評そうでよかった。このパンケーキのパフェ、ください」
私はピンと閃いた。

「風間さん、好きな方選んでくれる?」

稲田くんと達也は、後ろを向いてパフェを作り始めた。二人が盛り付けたパフェに、シールを貼る。
犬と狐。

私は二つのパフェのカップを、風間さんの前に置く。
風間さんは、じっとカップを観察してから、狐のシールを貼ったカップを手にとった。

「やった! 僕の勝ち!」
「ちくしょ〜」
勝負は、稲田くんの勝利だった。稲田くんは、達也からキンキンに冷えたビールを受け取ると、一気に飲み干した。稲田くんは目を一文字にする。美味しい時の顔だ。

「え? このビール、マジでうまい!」
達也が破顔する。
「だろ?うちのビール、マジでうまいから。稲田お前、話のわかるやつだな」
二人は一気に意気投合した。達也は稲田くんに飲み比べセットを渡すと、稲田くんは美味しそうにビールを飲み干した。

「すみません」
優しい声が耳に届く。
聞き馴染みのある、懐かしい声だ。

「あ、はい。お待たせしました」
「唐揚げと、パフェを一つ」

狐の面を被った浴衣の男女に、私は唐揚げとパフェを手渡した。
「ありがとう」
女の人は頭を下げる。私はその手を見て、女の人が誰なのかがすぐにわかった。

「すみませ〜ん。唐揚げ二つ」
次のお客さんがやってきて、私は唐揚げを詰める。

さっきの声は、間違いなくお母さんだ。
「ごめん、稲田くん、ここお願いしていい?」
私はさっきの浴衣の男女を追う。今なら雑踏の中でも、母の後ろ姿を見つけられる。いた。見つけた。

「お母さん!」

迷子の子が、両親を見つけた時みたいに、私は大声で二人に向かって叫んだ。
二人はゆっくり振り向くと、お面をそっと外す。そして、こちらに近づいてきた。私の手をそっと握る。暑い夏の日に心地よい、冷たい手。

「香菜、唐揚げもパンケーキも、本当に美味しかった。色々、ありがとう。ずっとずっと、お父さんもお母さんも、あなたのことが、大好きだからね」

母の言葉に、鼻の奥がツンとした。込み上げてくる想いが、涙になって目から溢れ出した。
言いたいことはたくさんあるはずなのに、一つも言葉が出てこない。

父と母は、私をそっと抱きしめた。
柔らかい空気が、私を包む。

ひゅうと音がして、空でパンっと何かが弾けた。空を見上げる。暗い空には、大輪の花が咲いていた。すんっと鼻を啜る。煙の匂い。

「綺麗だね」

横を向いた時には、もう誰もいなかった。気づかないうちに、私の右手はりんご飴を握っていた。

私は微笑む。

「お母さん、お父さん、ありがとう」



次回予告 最終話_悟る卵
夏祭りを終えて1ヶ月。秋の爽やかな風が吹く。
みずたま亭は、今日もみなさまのご来店をお待ちしています!


#創作大賞2025 #ファンタジー小説部門

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