21_華やかなパンケーキ
愛宕神社でくつろぐ菖蒲さんに、声をかける。うちにいる時より溶けているように見えた。なんだか胸がモヤモヤする。昨晩、日本酒を飲みすぎたせいかもしれない。
私は神社の横の、山本さんの家の呼び鈴を鳴らす。乾いた電子音が鳴り響いた。家の中からどたどたと足音がして、玄関が開く。
「あら、香菜ちゃん。珍しいね、どうした? 狐がなんか悪さした?」
首を左右に振った。
「悪さはしてないんだけど、ちょっと相談したいことがあって」
おばさんは、ゆっくり口角を上げた。どうぞどうぞ、と私を客間に招き入れる。
畳に正座をした。少しだけそわそわしていると、隣から声が聞こえてきた。
「ふ。香菜、緊張してるのか」
私はギョッとして、声のする方に目をやった。
「あ、菖蒲さん!いつの間に……」
「さっきからいたぞ。気づかなかったのか」
「…… 気づかなかった」
「香菜は相変わらず、鈍いな」
思わずニヤける。このやり取りにも、もう慣れた。菖蒲さんに鈍いと言われて、嬉しいと思う日が来るなんて。
「ほら香菜、うまそうなもの持ってきたんだろ」
私の膝の上の荷物を一瞥すると、菖蒲さんは鼻をひくひくと動かした。
「え?もしかして、これ目当てでついてきたの?」
菖蒲さんは右の口角だけを、器用にあげて笑う。
おばさんがお茶を持って、部屋に入ってきた。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
私は頭を下げると、持ってきた袋をテーブルに出した。
「ちょっと相談したいことがあって……。これを食べながら、話してもいい?」
「もちろん」
おばさんは優しく微笑んだ後、「何これ!すっごく美味しそう!」と顔を綻ばせた。
持ってきたのは、一口サイズに作ったシリアルパンケーキのパフェ。ホットケーキのタネを一口サイズに焼いたものと、アイスクリーム、それにいろんなフルーツを盛り合わせたもの。
先日ホットケーキを久しぶりに焼いてからというもの、頭に浮かんで作ってみたいと考えていた。思いついたからと言って、自分一人のために作る気にはならなかったけれど、せっかくおばさんに相談するならと、持参した。
「うまそうだな」
菖蒲さんが隣で舌なめずりする。
持ってきたお皿に、体良く盛り付けた。
カラフルで美味しそうで、楽しくなるように。小さい頃、落書き帳に書いた、お姫さまが食べる特別なホットケーキみたいな。
みんなで一口頬張った。
「う〜ん! 美味しい!」
思わず声が揃う。口元が緩んだ。
「香菜ちゃんの料理って、ワクワクするわよね。カラフルなものが多いし、自分じゃ作らないものばかりだから、おばさん、本当に感心しちゃう」
「え? ほんと? 嬉しい」
パイシチューの蓋をスプーンで開けて、口にシチューを含んだ途端、体がほかほかと温まるみたいに、驚きと温かさで心が満たされる。
「ほんと、ほんと。香菜ちゃんのお母さんの料理は、どちらかというと安心するような感じの印象だったけど、香菜ちゃんの料理は、食べると楽しくなるのよね。料理って、作る人の性格が反映されるのかしら」
私は鼻の奥で返事をする。
母の真似をしているとばかり思っていたけど、そうじゃなかったのかもしれない。食べてくれる人が楽しくて美味しいと思ってくれる料理を、自分が作れていたと知って目頭が熱くなった。火照る口の中で、バニラアイスがゆるく溶けていく。
「それで、相談って?」
おばさんに尋ねられて、私は真剣な眼差しを向けた。
先日の綿貫さんと琥珀とのやりとりは、菖蒲さんから聞いて、おばさんも把握済だったらしい。その後のことは、菖蒲さんにもおばさんにも伝えていない。私は一人で穂結山のお稲荷さんに行ったこと、そして、お稲荷さんで見たことを、ありのままに伝えた。
おばさんは、納得したように大きく頭を上下させた。
「なるほどね。確かにそんな伝承を聞いたことがあるかも。あのお稲荷さんは、祟りをおさめるために建立されたけれど、山の麓の集落がなくなってからは、手入れされなくなったって話だったのよね。まさか綿貫さんが、その狸だったなんて。確かに狸の神社ってないものねぇ。綿貫酒店も古くからあるお店だけど、そんなこと、考えたこともなかった。今は、綿貫さんも丸くなったって事かしらね」
「おばさんも知らなかったんだ。綿貫さんのこと」
おばさんは再び大きく頷く。
「ぜーんぜん。おばさんの勘も鈍ったもんよね」
菖蒲さんが口を開く。
「あれはうまく化けている。私が気づかなかったくらいだ。やはり狸だけあって化けるのがうまい。しかも、だいぶ格が高いとみた。しかし、丸くなったのではなく、元から丸そうではあるがな」
みんなでぷっと吹き出した。
確かに私が知っている綿貫さんの体型は、ずっと丸い。ただの酒好きのおじさんだと思っていたけれど、菖蒲さんを狸囃子とやらで呼び寄せるくらいだ。体は丸くとも、よほどの力があるのだろう。怒った時の綿貫さんの迫力は凄まじかった。それを考えると、今は丸くなったのかもしれない。
「それで、お稲荷さんの修復のことだけど」
おばさんが口を開いた。
「そうそう。それをどうすればいいかと思って。あのままは多分、よくないんじゃないかと思うんだよね」
「香菜ちゃんの言うとおり。あのままはよくないと、おばさんも思う。ただ、あの場所で修復しても、維持が難しいと思うの」
おばさんの顔が険しくなる。私も唇を結ぶ。
「それでね、今思いついたんだけど、うちの末社として移転させるのがいいかもしれないって思って」
両手を軽やかに叩いて、おばさんは微笑んだ。
「末社?」
聞いたことのない単語に、思わず眉間に皺が寄る。
「実は神社ってね、神様を一つしか祀らないってわけじゃないのよ。香菜ちゃんも見たことない?大きな神殿とは別に、小さな神殿がある神社」
「確かに見たことがあるかも」
「そうそう。それにするの。愛宕神社の神様とお稲荷さんって、腐れ縁みたいなものだから、きっとうまくいく気がする。お父さんに相談してみるわね」
「ありがとう!」
私は胸を撫で下ろした。
琥珀が喜ぶかどうかは、正直なところ私にはわからない。でも、できることはしてあげたい。荒れ果てた祠で一人寂しく過ごすより、賑やかな町中にいる方が、琥珀もきっと気が紛れるに違いない。
みんなでパンケーキのパフェをぺろりと平らげ、お茶をすすった。方向性が決まって、なんだか気持ちがいい。正座を崩し、立ち上がる。
「菖蒲さんも一緒に帰る?」
「そうだな。気が向いたら、夜飯を食いに行く」
私とおばさんは、顔を見合わせて笑った。
おばさんの家を後にする。
愛宕神社に顔を出した。神殿に向かい、賽銭箱に賽銭を投げ入れる。本坪鈴を鳴らした。二拝二拍手一拝。
(どうぞ、琥珀をよろしくお願いいたします)
深く深くおじきをする。
振り返ると、さぁっと雨が降ってきた。顔を見上げると、空には青空が広がっている。
「狐の嫁入り?」
目尻が下がる。愛宕神社の神様からのメッセージのような気がして、嬉しくなった。突然の雨が嬉しいなんてことは初めてで、なんだか胸が躍る。最近は雨も少なくなってきた。梅雨明けも近そうだ。雲も高いし、夏も近い。
軽い足取りで、神社を後にした。
「あ、そうだ」
思いついて、私は綿貫酒店に足を運ぶ。うっすらと雨が降っているが、早くこのことを綿貫さんに伝えたい。火照った気持ちに、雨が気持ちいい。お稲荷さんが移転できるかもしれないという話を伝えたら、きっと綿貫さんも喜んでくれるはず。
綿貫酒店が目に入った時、店から達也が出てきた。
仕事だろうか。スーツ姿だ。もしかしたら、HOMUSUBI CRAFTの仕事かもしれない。
私は声をかけようと、駆け寄った。
その時、後ろから出てきた女性が目に入る。足と息が、同時に止まった。
「── 風間さん?」
達也の元カノだ。間違いない。中学校の卒業以来、顔を見てはいないけれど、面影がある。元々、可愛らしい人だったけど、シュッとして、すごく綺麗になっている。HOMUSUBI CRAFTで働いているとは聞いていたけれど、事務職だったはず。なんで達也と一緒にいるのだろうか。心臓が早鐘を打つ。
遠くで見つめていると、二人は、店内に向かって頭を下げた。
風間さんは空を見た。雨が降っていることを確認する。手に持っていた傘を、パッと開いた。淡いピンクに大きな花柄の傘が、目を引いた。傘に隠れて、二人の表情が読み取れない。
達也は風間さんの手から傘を受け取ると、二人で一つの傘に入って、私とは反対方向に歩いて行った。
雨足は、急に強くなる。
次回予告 22_動揺する唐揚げ
風間さんと並んで歩く達也の姿を見るのは、トラウマすぎて鬱。
ショックが大きすぎて、店を臨時休業する始末。はぁ。最悪。
