《第2回》踊りで語るオアハカ|ゲラゲッツアの意味といまの形になった理由
こんにちは。オアハカ在住のさるです。
このシリーズでは、オアハカ最大の祭り「ゲラゲッツア」を、踊りを通して文化として読み解くことをテーマに書いています。
第1回では、
なぜ「ゲラゲッツア」は死者の日より知られていないのか?
という問いを立てました。
👉 まだ読んでいない方はこちらからどうぞ:《第1回》踊りで語るオアハカ|なぜ「ゲラゲッツア」は死者の日より知られていないのか?
今回は、ゲラゲッツアの意味と構造の視点から答える回です。
できるだけシンプルに整理していきます。
実は、大きな誤解から話が始まっている
日本人がよく抱く、ゲラゲッツアのイメージがこちらです。
ゲラゲッツアって、プレ・イスパニコ時代から続く
伝統舞踊を披露するお祭りでしょ?
でも、これは半分どころか、かなり違います。
確かに、踊りのルーツをたどれば先住民文化に行き着くものもあります。
けれど、「今、私たちが見ているゲラゲッツア」そのものは、
プレ・イスパニコ時代からそのまま続いてきた形ではありません。
ゲラゲッツアは「選び直されてきた祭り」
むしろゲラゲッツアは、
先住民文化
スペイン統治
カトリック行事
近代国家としての文化政策
こうした要素が重なり合いながら、
時代ごとに「選び直され、組み立て直されてきた祭り」です。
ここでは、
「なぜ今の形になったのか」
という点だけに焦点を当てて見ていきます。

サポテコ語の「ゲラゲッツア」の意味とは?
「ゲラゲッツア」という言葉は、
サポテコ語で
分かち合う
助け合う
贈り合う
という意味を持っています。
踊りの最後に、各地域の特産品が観客に投げられるのも、
この言葉の意味がそのまま形になったものです。
私自身は、
分かち合う=文化を共有すること
助け合う=祭りを成立させるために関わること
贈り合う=踊りや特産品を通して村を知ってもらうこと
なのではないかと感じています。


ゲラゲッツアの要
なぜ「村と村のつながり」が重要なのか
この「村と村のつながり」こそが、ゲラゲッツアを理解するうえでの最大の鍵になります。
第1回でも触れましたが、
ゲラゲッツアは各地域文化の「発表の場」でもあります。
ここで言う「発表」とは、
順位や優劣を競うものではありません。
それぞれの村が、
私たちは、こういう文化を持っています
と、お互いに紹介し合う場です。
オアハカという土地の特殊性
オアハカ州は、メキシコで5番目に大きな州で、現在は8つの地域に分けられています。
この区分には、メキシコで最も多様な先住民族文化と、地域ごとに大きく異なる気候の違いが反映されています。
気候が違えば、
特産品
食文化
生活様式
服装や踊り
すべてが、驚くほど違ってきます。
1930年代以前、村は分断されていた
1930年代以前、オアハカの村々は、広大な山岳地帯によって物理的に分断されていました。
(体感として、オアハカ州の約80%は山だと感じます)
そのため地域間の往来は限られ、
村ごとに言語や文化、生活様式が強く保たれてきました。
20世紀前半に入ると、
国家の近代化政策の一環として1920〜30年代にかけて徐々に進行し
1930年以降は、
「オアハカ州」というひとつの枠の中で、
村と村が交流する土台が、少しずつ整い始めます。
こうした流れを背景にして生まれたのが、
現在のゲラゲッツアの原型でした。
現在のゲラゲッツアの始まり(1932年)
現在の形が確立されたのは、1932年。
オアハカ市建設400周年を記念し、
当時7地域(現在は8地域)の文化を一堂に集めた
イベントとして開催されました。
実はその前年、1931年。
オアハカ市は大地震により、壊滅的な被害を受けています。
人々を元気づけるため、
「州全体が一体となる祭り」が必要とされていました。
「Homenaje Racial」からゲラゲッツアへ
当初、このイベントの名称は
**Homenaje Racial オメナヘ・ラシアル(人々への賛辞)**でした。
各地域の衣装、踊り、音楽、物産。
そして踊りの最後に、観客へ投げられる村の特産品。
一度限りのつもりで開催されたこのイベントは、
現地の人々に大好評となり、
その後、各地で何度も開催されるようになります。
やがて、この祭りの本質を表す言葉として、
「Homenaje Racial」ではなく
「ゲラゲッツア」という名前に変化していきました。
※変更した時期については諸説あります。
オアハカの誇り!ゲラゲッツア
いまでも「ゲラゲッツア」という言葉が示す通り、
この祭りの核にあるのは、
分かち合うこと
助け合うこと
贈り合うこと
です。
オアハカを訪れた多くの人が、
人々の親切さや明るさ、気持ちの良さに感動するのは、
こうした価値観が生活の中に深く根付いているからかもしれません。
だからこそ、
7月のゲラゲッツアの時期にオアハカを訪れた人は、
最高にハッピーになるのだと思います。
笑顔があふれるオアハカ。
それも、7月のもうひとつのオアハカの顔です。
── 次回予告 ──
《第3回》踊りで語るオアハカ|ミス・ゲラゲッツア?トウモロコシの女神さまは何者か?
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※本記事は、オアハカ在住で長年ゲラゲッツアを記録してきた
筆者自身の体験と現地資料をもとに構成しています。
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