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星は風にそよぐ(第5回)

5月15日

 今日は朝から雨だったので、あの岩の下に座るかわりに、窓辺に座って雨音を聴いていました。クロード先生の家は丘の中腹にあって、私の部屋の窓からは、丘の下に広がる街並みと、その向こうに海が見えます。雨音を聴いているうちに、私の中に懐かしい記憶が呼び起されました。
 子どもの頃、私はよく熱を出しました。母は、解熱作用や抗生作用のある薬をすぐに飲ませるようなことはしませんでした。
「水分をとって安静に寝ていれば、身体が病原体と戦ってくれるのよ。身体が打ち負かしてくれるのを静かに待とうね」
そう言って、寝ている私のところに何度も白湯を運んできてくれました。
 私は今朝、窓辺で雨音を聴きながら、湯気の立つマグの載ったお盆をサイドテーブルに置き、ひんやりした手を私の額に当ててくれた母のことを思い出していました。
 私は、雨の日にベッドの中で雨音を聞いているのが好きでした。
「なんにもしないで寝てたっていいよ」
と雨音が言ってくれているようで、安心して寝ていられました。雨音といっても、風が吹きつけたときにだけ聞こえる、雨が窓や壁をたたく音です。高層階に住んでいて、まだ上にも階がありましたから、ここで聞くような雨が屋根や地面に落ちる規則正しい雨音ではありませんでした。

 今日、私はミリエル先生の踊りを初めて見せてもらいました。今日の体育はダンスだったんです。とても感激しました。言葉にならない。これが一番ぴったりな表現です。
 ミリエル先生は、まずお手本を見せてくれました。細身の青いワンピースを着て、シフォンのストールを手にしたミリエル先生は、まるで天女のようでした。先生は天女をご存知ですか? イシアス周辺の国々の神話や昔話に出てくる天上界に住む女性です。天女の羽衣という透き通ったストールのような布をまとって、空を飛ぶんですよ。
 今日、ミリエル先生が踊ったのは、湖から飛び立つ白鳥でした。静かに湖面を滑っていた白鳥が、何かの知らせを耳にしたかのように頭をもたげ、突如翼を大きくひろげてはばたき、空へ飛び立っていくシーンが、私の目にありありと浮かびました。音楽はないんです。無音です。お手本を見せたあと、ミリエル先生は、ひとつひとつの動きを子どもたちに丁寧に教えました。
「先生をそっくりまねしなくていいんですよ。動きの順番を覚えたら、みんなの心の中にいる白鳥になって踊ってみてください」
 子どもたちみんなを、公平に見てあげなきゃいけないと思うんですよ。でも、どうしてもミアに目が行ってしまう。ミアの踊りはとっても優美でした。それから、もうひとり。シンディの踊りにとても惹かれました。シンディのうちは、このベリーヒルズの特産品、苺を栽培している農家さんです。
 1時間目にあったクロード先生の理科で、子どもたちは、白鳥が4月~5月に北国へ渡っていくことを勉強しました。2時間目の詩の暗唱でも、渡り鳥の詩を暗唱しました。この学校では、教科をまたいで同じ題材を取り上げることで、子どもたちの理解を深めようとしています。
 ミリエル先生との振り返りのとき、私は先生に質問しました。
「踊りの授業では、子どもたちに何を一番伝えようとしているんですか?」
 すると先生は言いました。
「何度も繰り返し練習することで、子どもたちは動作を身体で覚えます。でも伝えたいのは動きの正確さではなくて、動きのたましいです」
 たましい! たましいを伝える。イシアスではそれがなされているでしょうか。イシアスでも、幼稚園や小学校では、バーチャルな世界にいる時間が、ある程度制限されています。幼児期というのは身体や情緒が発育途上にあるため、現実世界での人との接触が必要だという観点に立っているのですが、「たましいを伝える」という発想はなさそうです。
 でも私の母は、そういう発想のできる人だったように思います。教育者ではなかったけれど。

 家に帰ったら、クリスから手紙が届いていました。来週末に会いに来たい、と書かれていました。わーい!

5月16日

 今日の精霊術クラスでは、神話を読みました。先生もたくさんの神話を聞かせてくれましたね。先生の本の部屋でも、私は神話の本をたくさん読みましたよ。でも、今日習った物語は「眠りの村」という知らないお話でした。 

 東のある村で眠り病が広まり、村人たちは次々に眠り込んでしまいます。そして、精霊と人間の間に生まれたひとりの少女が、村人の眠りを覚ます薬草を探すため旅に出ます。少女はコマドリに導かれ、薬草があると言われる楽園にたどり着くのですが、楽園の美しさのとりことなってしまい、自分の目的を忘れたまま時が過ぎていきました。ある日、少女は小川のほとりで水の精霊に出会い、こう言われます。
「お前の心の底にある望みを知っているよ。求めるものはこの場所にある。あの木の間に大きな星が姿を見せるとき、それは見つかるだろう」
 少女は一晩中木の間に星が現れるのを待っていました。そして、星の光が木の間から差し込み、地面に光の円を描いたとき、天からやさしい音楽が流れ、その光の円の中に美しい若芽が次々に萌え出します。それを見た少女は自分の使命を思い出し、薬草を持ち帰って村を目覚めさせます。

そんなお話でした。

 今日は、注文した本が届いたということで、クロード先生と私は学校を少し早く出て、帰りに本屋さんに寄りました。
 その本屋さんは「Berry’s BOOK SHOP」と書かれたターコイズ色の看板がとてもおしゃれで、看板の下のショーウィンドウに所狭しと本が飾られていました。店内は落ち着いた雰囲気。ただ本が並んでいるというだけで、それだけでもう素敵なんですけど、至るところに観葉植物やさりげなく生けられたお花が置かれ、本を引き立てていました。
 クロード先生は、なんと7冊も本を注文していましたよ。1冊1冊をまるでひよこか何かのように優しく扱う店主のグレイヴィさんが、私はもう大好きになりました。
 私が持っている本は、先生がプレゼントしてくれたあの詩画集、1冊だけです。先生の故郷の風景を詩と絵で描き出したあの美しい本1冊。
 閉店間際だったので、今日はゆっくり見られませんでしたが、今度、この本屋さんで自分の本を買ってみたいです。

5月17日

 今日は、ミアがお休みでした。ミアは体調を崩してよく学校を休むそうです。ミリエル先生も、子どもの頃はそうだったんですって。感受性がとてつもなく強いので、天候気候、ガイアの波動、星の巡り、人々や精霊たちの機嫌、そんなものすべてに強く影響を受けてしまうんですね。ミリエル先生は、こう言いました。
「自分を取り巻くあらゆる波動の微細な変化を感じ取りつつも、影響されない力を身につけていくことも、精霊術師の訓練のひとつです。訓練を重ねていけば、自分自身の持っているエネルギーが高まり、感度は高いまま、周囲からの影響を受け流すことができるようになります」

 私は朝からずっと子どもたちと過ごすので、スタッフルームにいるのは子どもたちが下校してからの短い時間なのですが、先生たちと過ごすひとときも、心温まる大好きな時間です。
 スタッフルームにはいつも、フォレスト先生のテノール歌手のような笑い声が響き渡っています。フォレスト先生は食べるのが大好きで、いつも給食を2人分は食べるので、お腹がボヨンと出ています。そのお腹から出す笑い声にはとっても迫力があります。私とフォレスト先生はいつも、その日の給食で美味しかったものの話で盛り上がります。
 先生は1年生の担任で、専門はフードサービスのクラスです。フォレスト先生は、人を笑わせることも大好き。今日も、4年生担任でジャーナリズム・文芸クラスを受け持つエマ先生のものまねをして、みんなを笑わせていました。
 クールなエマ先生は、お若いけれど年長の先生にも考えをはっきりと表明するしっかり者なので、フォレスト先生のものまねにも、鋭く突っ込みを入れていました。

5月18日

 私を歓迎するために教室を飾ってくれた見事なお花たちは、毎朝、子どもたちが水を替え、まだつぼみなのにしおれているものがあれば、茎を切り詰めて水の吸い上げを良くしてあげています。花々は水切りのたびに短くなっていき、今、窓辺には、ガラスのコップに生け直されたお花たちが並んでいます。枯れた花がらや切った茎は、バケツに集めて畑に入れました。

 今日は、手芸の授業がありました。
 手芸の授業は手芸室で行います。この手芸室がとても美しいんです。色があふれています。美しい布の数々、色とりどりの刺繍糸や毛糸が棚いっぱいに収められていて、ミシンの他、糸紡ぎや織り機もあります。
 今、子どもたちは、かぎ針でリコーダーを入れる袋を編んでいるところです。実際に使えるものを美しく作り、自分で使うことで、生活を楽しむ技術が身についていくそうです。

 精霊術のクラスでは、みんなでミリエル先生が依頼を受けたお仕事の見学に行きました。
 学校の敷地を出て、15分ほど歩いたところに小さな森があります。材木を切ったので新たに植林をしたのだけれど、苗がなかなか根付かず元気に育たない。周囲の成熟した木々もなんとなく元気がないようだ。森の中に何か悪い気の流れがあるのなら、浄化してエネルギーを取り戻してほしい。そういう依頼でした。
 悪い気の流れがあるところに子どもたちを連れて行くわけにはいかないので、ミリエル先生と私は、昨日の放課後に、その森へ下見に行きました。ミリエル先生はその森を見て、風の音を聞き、空気や草の匂いを嗅いで、土や木々に触れ、原因を診断しました。伐採が多すぎたことで、精霊たちが他の森に移ってしまい、森のエネルギーが低下したのだと、先生は判断しました。
 今日のクラスでは、まず森林技師の方から伐採と植林についてのお話を聞き、苗木や周囲の木々の状態を観察しました。
 普段はクロード先生の科学クラスにいるジミーも、見学に来ました。ジミーは大工の棟梁をしているお父さんのあとを継ぐそうです。自分の将来の仕事につながるレッスンは、どのクラスの授業でも自由に受けることができます。
 それから、ミリエル先生が術を行いました。土に両手をつき、土の精霊と話をしました。そのあと、指揮者のような動きをゆっくりと繰り返し、苗木にエネルギーを注ぎ込みました。大地のエネルギーがミリエル先生の足の裏から入っていき、ミリエル先生の柔らかな金色のエネルギーが今度は苗木に移っていくのが見えました。エネルギーを受け取った苗たちは、5センチほどぐぐっと大きくなり、枝や葉が伸びをするように広がりました。
 ミリエル先生が言いました。
「この森全体のエネルギーを回復させるには、精霊たちを呼び戻さなければ。昨日から考えていたんだけどね、いいことを思いついたの。精霊たちのために、ここで野外コンサートを開きましょう。精霊たちは、きっと喜んで集まってきますよ」
 精霊術クラスのみんなで練習と準備をして、その森で6月に野外コンサートを開くことになりました。なんて楽しみなんでしょう!

5月19日

 昨日は日記をお休みしました。昨日の夜は、ミリエル先生とアナベルと一緒に、初めてビストロで食事をしたんです。とっても楽しかった。
 隅にアップライトピアノのある小さな舞台があって、歌とピアノの演奏を楽しめるビストロです。その舞台でピアノの連弾をしながら歌う兄弟シンガー、アンリとロランのハーモニーが最高なんです。そして、驚かないでください。なんと、お兄さんのアンリはミリエル先生の恋人なんですって。キャー!
 ここはシーフードが美味しいと評判で、私たちは前菜にホタテのソテー、アボカドとトマトのサラダを注文しました。ホタテのソテーにはパセリのソースがかかっていて、とてもいい香りでした。メインはブイヤベースです。エビとムール貝がたっぷり入っていましたよ。
 毎週金曜日に、アンリとロラン兄弟のミニコンサートがあります。家族で営む「ビストロ ミュジーク」は、アンリのお父さん、お母さんが厨房で調理を担当、お姉さんがホールを担当しています。アンリは昼間はピアノの先生、ロランはアナベルと同じ大学の音楽コースに通っています。
 演奏が終わると、アンリもロランも私たちのテーブルに来て、一緒にお話しました。ミリエル先生が野外コンサートのことを話すと、ふたりは電子ピアノを森に運んでコンサートにゲスト出演することを、喜んで承知してくれました。
 このふたりのハーモニー、先生にもぜひ聴かせてあげたいです。とにかく、やさしい。
 アンリとロランのハーモニーは「やさしい」の一言に凝縮されます。彼らは、相手の音が一番輝ける強さで発声します。一番ぴったりの音程で人の声が重なると、こんなにも心がやさしさに包まれるんだと初めて知り、涙が出てきました。これが、ハーモニーなんですね。
「生の音だから、なおさら心に響くんだよ」
 涙ぐんでいる私にアナベルが教えてくれました。波動。美しさの根源。波動があるから美しさを深く感じるんだ、と実感しました。

 今日の午前中は、お掃除や片付けをして、午後はタペストリー美術館に行きました。
 この美術館には、ロータシアの歴史や神話を素材として織り上げられた古いタペストリーがたくさん展示されています。先生から聴いた神話は、ほとんどがタペストリーになっていましたよ。
 そして、その中に、私はあの「眠りの村」のタペストリーを見つけました。先日、精霊術クラスで習ったお話です。木の間から星明かりが射し込んで、薬草の若芽が銀色に輝きながら萌え出している場面が織られていました。
 お城は、四隅に見張り台の塔がある城壁に囲まれています。アナベルとキャンプをしたときに見た、白いつるバラに覆われた壁がその城壁です。城門を入り、受付で入場料を払うと、すぐに花盛りの中庭が目に飛び込んできました。チューリップ、パンジー、ポピー、アネモネと見事なまでに区分けされ、どこまでも手入れが行き届いていて、そのお城が今もベリーヒルズの人たちに愛され、大切にされているのがよくわかりました。
 メインの展示はタペストリーですが、保存されている調度品や絵画も観ることができ、ベリーヒルズの歴史資料を集めた図書室もありました。
 一通り展示を観終えると、私は城壁の塔に登ってみました。塔の上からは、街が一望できます。今度コンサートをする森や学校もよく見えましたよ。空が広くて、とても気持ちがよかったです。海もよく見えました。もちろんリリーアイランドは見えませんでしたが、島にいる先生のことを想いました。


音声配信はこちらから

 


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