星は風にそよぐ(第4回)
5月11日
昨日のミリエル先生との振り返りで「ロータシアを守れるほどの力を持つ素質」という言葉を聞いてから、私はずっとそのことを考えています。朝、自分の場所に座っている間も、そのことばかり頭に浮かんできてしまいました。学校でも、気付けばミリエル先生やミアをじっと見つめています。
ロータシアに来て精霊術の勉強を始める最初の最初に、先生から「精霊術師というのは、ロータスの人々と精霊をつなぐ巫女のような存在であると同時に、ロータシアを守る戦士でもある」と習いました。桁違いのテクノロジーを持つ他の国がロータシアに手を出せないのは、精霊術師を恐れているからなのだ、と。やさしい春風のようなあのミリエル先生が、戦士でもあるなんて信じられませんけど。
精霊術師は気象さえコントロールできる。嵐や津波を起こすことすら。そして、地水火風4つのエレメントをそれぞれ司る4人の長はガイアそのものと繋がる絶大な力を持っている。彼らを怒らせることは、ガイアを怒らせること。でも、大きな「力」を持つ者にはそれと釣り合う大きな「徳」が必要で、その人選は過たず「レディ」が行ってきた。そう習いました。
私は今、ロビンのことを考えています。ミリエル先生に精霊術師の素質について質問したときも、ロビンのことが心にありました。風のエレメントの長を継ぐ者としてレディが選んだロビン。先生の後を継ぐ、私のお兄さん弟子。自分には長となるのにふさわしい能力も徳もないと言って、先生のもとを去ったロビン。
先生にその話を聞いたときには、あまり疑問を感じませんでした。まだレディのことがよく理解できていなかったんですね。独り立ちの試験期間に起きたリリーアイランドの洪水。それを止めることができなかった落胆はどれほど深かったことか、自信を打ち砕かれたとしても無理はない、そんな風に思っていました。
でもそれは、レディに書かれていたこと。ロビンが生まれたときから決まっていたこと。レディを手にしたときから、ロビンは自分がその洪水を止められないと知っていた。どうしようもないじゃないですか。
マリーの家族は、受け入れていました。船の上でマリーのおばあさんにメッセージを送ったとき、マリーが話してくれたんです。
「おばあさんと離れて暮らすことはとてもさみしいけど、すべては意味のあることだから」
マリーはそう言っていました。ロータスの人たちは、そうやってつらい出来事を受け入れてきたんですよね。洪水で被害を受けることになる人たちは、その年の実りがないと知っていても、種をまき、育て、いつもと変わらない日常を過ごした。私には信じられないことですけれど、それが信仰の偉大さなのだと思いました。
ロビンが先生のもとを離れることも、レディに書かれていたんですよね。そしてまた戻ることも、すべて。そうやって考えているうちに、私はロビンがかわいそうになってきてしまいました。それって、運命に翻弄されてる、って言うんじゃありませんか?
ロータスの人たちに会って、私にはみんなが自分の道を揺るぎない自信を持って歩んでいるように見えました。それはレディのおかげなんだ、って思っていました。レディがあったら私だって迷うことなく進めるのに、ってうらやましく思ったんです。でも、ロビンはかわいそうです。
5月12日
先生からのメッセージ、確かに受け取りました。先生が私に声を届けてくれたのは、リリーアイランドを出てから初めてのことですね。私の問いに答えて下さり、本当にうれしかったです。
先生の声が届いたのは今朝、川に沿って自分の場所へ向かっているときで、私は川の流れる音の魅惑に浸りきっていたから、始めは先生の声がよく聞こえなかったんです。先生の声が聞こえたような気がしたけれど、空耳だろうと思ったんです。でもそのあと
「日記を楽しく読んでいますよ。ロビンのことを少し話しましょう」
そう、はっきりと聞こえました。
12歳で先生のところへやって来たロビンが最初に口にした言葉が「僕には自信がありません」だったと聞いて、私は昨日よりももっとロビンがかわいそうになりました。ロビンは、子どもの頃から苦しんでいたんですね。ロータスでも、レディを信じきれない人がいるんですね。ロビンほど大きな使命を背負っていれば無理もないか。ハードル、高いですよね。
でも、ロビンが先生のもとを離れたのは、ロビンの意思だったんですね。ロビンはレディに従わないことを選んだ。そして、ロビンがレディに対して否と言ったら、洪水のあとのページがすべて白紙になったんですね。
レディについて先生から教わったとき、レディに書かれていることを拒もうとした人は過去に何人もいたけれど、何をしようと結局は、レディに書かれている未来につながっていた、と聞きました。ロビンはその人たちとは違ったんですね。
今朝のメッセージで、先生はこう言いました。
「ロビンは新しい風なのです。ロビンは、未来を白紙に戻した。でも、レディの白紙部分には、ロビンの決意によって新しくなった未来が、やはり『書かれている』のです。ロビンはそれを『見ない』自由を手にした」
そして、先生はこう言いましたね。
「この力は、新しい世代に広がっていく」
自分が授けられたレディに対し「この先は新しい未来を描く」と宣言する人たちが、これから出てくるんですね。それでも、ロータスである彼らは、新しい未来は見えないだけでやはり「書かれている」のだ、ということがわかっているんですね。
ロビンが戻ってきたら、ぜひ会いたいです。戻る覚悟を決めるまでの物語を、聞かせてほしいんです。
話はまったく変わりますが、今日は2年生のポタージュの日だったので、これだけは書いておこうと思います。
ポタージュの日は順番に廻ってきます。1時間目と3時間目がポタージュの時間。1時間目に、今日は何のポタージュにするかをみんなで話し合って決めます。今日はかぶのポタージュに決まりました。そのあと、ポタージュ用の菜園に出て、かぶと玉ねぎを収穫しました。ポタージュ用の菜園は、クロード先生の理科のクラスのときに、全学年がお世話しています。2時間目には社会の授業があって、3時間目に調理をします。それで、その日は給食といっしょに、自分たちの作ったポタージュを食べるんです。まだ2年生なのに、子どもたちの調理の腕前はなかなかのものでしたよ。でもやはり目を奪われたのは、お料理をするミリエル先生の流れるような動きです。ミリエル先生の動作って、どんなときも、踊っているように美しいんです。
先生に、まだ給食のお話をしていませんでしたね。この学校の給食は、美味しくて、とってもかわいいんです。大きな丸い木のお皿のワンプレートに、パンとメインのおかずと付け合わせが、彩りよくきれいに盛り付けられています。そして、ポタージュの日には、コロンとした丸い木のお椀によそったポタージュを添えます。
今日のメインは、スコッチエッグでした。付け合わせは茹でたさやえんどうとじゃがいも。じゃがいもはバターつきです。5月はじゃがいもの季節ですからね。パンは小さなブールでした。5年生のミシェルのおうちがパン屋さんで、毎朝焼きたてのパンを配達してくれています。クロード先生のうちで食べているのも、ミシェルのうちのパンなんですよ。
そして、給食を作ってくれているのは、3人の熟練調理師さんたちです。みんなから「スリーシスターズ」と呼ばれていますけど、本当の姉妹ではありません。毎日の献立づくりと調理はもちろん、給食用の野菜の栽培から卵を産んでくれる鶏たちのお世話、野菜以外の食材の調達、木の食器類のお手入れまでしてくれるエキスパートです。
朝も昼も夜も食事が美味しくて美味しくて、どうしても食べ過ぎてしまいます。
5月14日
昨夜はアナベルとキャンプをしたので、日記を書けませんでした。
週末には、寮生活中のアナベルも帰って来て、家族と一緒に過ごします。アナベルはストレートのショートヘアがカッコいいアウトドア志向の大学生。芸術大学で学んでいます。卒業したら自然写真家になるそうです。
昨夜、アナベルが「星空がきれいだから丘の上の古いお城のそばにテントを張って寝る」というので、私も同行させてもらいました。寝袋はトミーのを借りました。アナベルの猫、シピーは、アナベルが帰ってきたときには無関心だったくせに、キャンプのときには、ピンとしっぽを立てて私たちについてきました。シピーは毎朝、寝ている私の上で足踏みをして、私を起こしてくれます。
アナベルがポットに入れて用意してきてくれたカモミールティーを飲みながら、私たちは星空のもと、遅くまでおしゃべりしました。
寒くはなかったけれど、心が落ち着くからと言って、アナベルが小さな火を焚いてくれました。アナベルは、炎を見るのが好きで、火起こしは得意なんですって。夜風が、私たちのおしゃべりに聞き耳を立てながら、ゆったりと通り過ぎて行きました。
先生と暮らしたシャインウッドの森は、背の高い木が多くて、星があまり見えませんでした。テントを張った丘の上では、本当に見事な星空が見えましたよ。星ってこんなにあるんだ、って感動してしまいました。イシアスの都市部では、星は数えるほどしか見えません。
「オリオン座って、おっきいね」
と私がしみじみ言うと、アナベルは言いました。
「さそり座も大きいし、白鳥座も。私はね、あの白鳥が何かを目指して飛んでる感じが好きだなあ」
アナベルは、卒業したらまず砂漠へ行って、星座が見分けられないくらい星だらけの星空を見るんですって。アナベルは言いました。
「小さい頃、お父さんがよく天体望遠鏡を覗かせてくれたの。でも、望遠鏡で見るよりも、こうして見上げているのが好き。私が一番惹かれるのは、星の瞬きなの。風に吹かれて光が揺れる、あのチカチカを見るのが、何とも言えず好きなんだ。だから私は、星空を写真に撮ろうとは思わないの。瞬きは撮せないから」
アナベルが撮っているのは森の写真です。夏休み、私がリリーアイランドに里帰りするとき、アナベルは一緒にシャインウッドの森に滞在して撮影しようと目論んでいるみたいですよ。いつかイシアスへも行くつもりなんですって。船の客室係をしていたメグもそうでしたが、イシアスに興味を持ってくれる人がロータシアにいるのが、私、とってもうれしいんです。でも、ロータシアの人はイシアスでは暮らせないと思います。私がそう言うと、アナベルは言いました。
「この星の再生は、イシアスから始まったんだよね。一極集中の道を最初に選んだのがイシアスだった。その後、ロータシア以外のすべての国がイシアスに続いた。おかげでこの星の自然は蘇りつつあるけど、始まりの地であるイシアスの自然ほど原始に近い自然は他になくて、イシアスの深い森は精霊のエネルギーで満ち満ちている。地理の教科書で読んだの。『イシアス、日出づる精霊の国』っていうタイトルのそのテキストを読んで以来、イシアスの森は私の憧れ。だけど、セシルの言う通り、暮らすのは無理かもね。今、世界中の人が多くの時間をバーチャルな世界に生きて、移動もしないから、資源はそれほど使われなくなっている。錠剤だけを摂取して生きることで、農作物も作らないから、土も汚染されなくなった。なんだか、私たちロータシアの人間だけが恵みを享受しているようで、申し訳ないと思うこともあるんだよ。どうなのかな。少し、戻れないのかな。少しだけ、自然の中へ。少しだけ、昔の暮らしに」
アナベルは、申し訳なく思う必要なんてないんです。だって、ロータシアのような暮らしにみんなが戻りたがっているわけではないんですから。不可能なことは何もないバーチャルな世界を、軽やかに、満足して生きている人たちがほとんどです。彼らは、高層ビルの中で細胞のように生きることにもまったく不自由を感じていません。バーチャルの世界は、不自由どころか自由なんです。でも、その世界に違和感や孤独や虚しさを感じている人も、少なくありません。そんな彼らに、精霊たちが少しでいいからエネルギーをわけてあげてほしい。そうしたら兄も、元気になったかもしれません。
暗闇の中に黒々とそびえていた丘の上のお城は、夜が明けて見ると、壁一面が白いつるバラに包まれていました。夜の間、ずっと甘く香っていたのは、このバラだったんです。今はタペストリー美術館になっているのだと、アナベルが教えてくれました。
先生、行ってみたいところだらけになってしまいましたよ。図書館にも行かなきゃいけないし、中心街のお店も見て歩きたいし、朝市にも行ってみたいし…。
昨日はせっかくのお休みだったのに、初めての週が終わり、なんだかどっと疲れが出てしまい、ベッドの上に丸くなっていたシピーの横で、私もぐったりしてたんです。でも、今度の土曜日はタペストリー美術館に行ってみる、って心に決めましたよ。
平日はシンプルなお料理が多いのですが、家族が揃う週末はご馳走です。昨日の夜ごはんも、今日の昼ごはんも、豪華メニューでした。トミーと私は、食材を切ったりテーブルセッティングしたりしてモニカを手伝いました。クロード先生はキッシュを担当、アナベルはデザートを担当しました。今日のメニューは、オニオングラタンスープ、豚肉のコンフィ、ベーコンとほうれん草のキッシュでした。デザートはビーツのケーキ。
日曜日のランチはいつも、できるだけ予定を入れずに、家族みんなでおしゃべりしながらゆっくり時間をかけて楽しむんですって。ベルナールは、大学中庭のあずま家に毎年巣を作るツバメの卵が孵ったことを話してくれました。モニカは図書館に今月入った本の話、トミーはバスケットボールクラブの話、アナベルはその週に撮った写真を見せてくれました。
そしてクロード先生は、今日もリリーアイランドでの思い出話をしてくれました。クロード先生が若かりし日に書いた、シャインウッドの森に棲息する動物の生態に関する研究論文のお話です。お話の中に、私がシャインウッドの森で出会った動物たちもたくさん登場して、とても懐かしかったです。
クロード先生が
「久しぶりにステファニーの養生料理が食べたいわ」
と言うので、来週日曜日のランチに、私が先生から仕込まれたお料理の腕前を披露することになりました。何を作ろうかな。先生、何がいいと思いますか。
12時から食べ始めたのに、デザートを食べ終えたのが3時半。後片付けのあと、アナベルは寮へ帰っていきました。
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