見出し画像

星は風にそよぐ(第3回)


5月8日夜
 今朝は「自分の場所」に座りました。
 昨日の午前中、私は座る場所を探すために裏山を歩き回ったんです。そして、小川を見つけました。それはとても細い小川で、上の方からなだらかに流れてきています。コポコポ、サーッという水音が、耳や肌や心をやさしくマッサージしてくれるような心地がして、私は小川から離れられなくなりました。それで、裏山を小川に沿ってのぼっていくことにしました。しばらくのぼると、小さな滝になっているところに出ます。滝のそばには、まるで巨人が運んできたかのような大きな岩があります。
「ああ、ここ! 私の場所!」
と思いました。
 ひんやりした岩に背中をくっつけて、やわらかな草の上に座りました。背筋を伸ばし、大きく息を吐き出して、鼻から深く深く新鮮な朝の空気を吸い込みました。そうやって、深い呼吸を繰り返すうち、私の中にきれいなエネルギーが満ちていきました。身体の中で「グルルル」と音が鳴り始め、内臓が正しい位置に収まっていくのを感じました。私が踏んでいる草の匂い、どこかで咲いているユリの香りもしました。水音が大きくて、耳を澄ましても始めは他の音が聞こえませんでしたが、コマドリが1羽、岩の上にとまり、私の頭の上で鳴き始めました。目を上げて見ると、顔のオレンジ色がひときわ鮮やかなコマドリでした。
 コマドリって、いろいろな物語に登場しますよね。何か素敵な知らせを届けてくれるような、そんなイメージがあります。愛嬌があって、とっても人懐っこいですね。私のお兄さん弟子、ロビンも、その名前の通りの人だって、先生が話してくれたのを思い出しながら、美しいさえずりに聞き惚れていました。それは、歓迎の歌でした。
「君、新顔だね。僕の庭へようこそ。ねえ、ここ、いいでしょ? 僕はここで生まれたんだ。僕ね、人間が好きだよ。仲良くしようよ」
コマドリは、そう言っていました。

 今日は月曜日なので、トミーは学校へ、他の家族はお仕事へ。月曜日は精霊術の授業がないし、子どもたちが歓迎の準備をしてくれるということで、私は明日からの出勤です。何を準備してくれたんでしょう。考えると、ソワソワしてしまいます。
 私はミリエル先生のアシスタントという役割をいただいてますが、実情は、アシスタントというより大きな生徒です。クロード先生から
「ミリエル先生の存在すべてから学びなさい」
と言われています。

 平日の朝は、家族それぞれが思い思いの時間に起きて、キッチンテーブルで朝食を取り、身支度して出かけて行くということです。私がテーブルについたときには、クロード先生もモニカもベルナールもすでに出かけた後でした。自分のカフェオレボウルにコーヒーを注いでいたトミーが、「入れる?」と私に目で訊いてくれました。
 忙しい朝の食事は、パンとたっぷりのカフェオレ。パンには好みでチーズ、パテ、手作りのスグリジャムを合わせて。シンプルだけど、パンもチーズもパテもジャムも、コーヒーもミルクも、良い素材が選ばれているから、それだけでご馳走です。私は目を閉じて味わいました。良い素材とはどういうものか、先生との暮らしでしっかり身についていますから、クロード先生の家庭で使われる食材の豊かさは、すぐにわかりましたよ。錠剤を飲むだけでは決して満たされない心の水がめが、一日の始まりに満たされるのを感じました。

 お父さんのベルナールは大学で地学を教えています。お母さんのモニカは図書館の司書さんです。先生、紙の本の図書館です! 先生のおうちで、初めて本の部屋に入ったとき、夢を見ているような気持ちでした。いろいろな色の背表紙がずらりと並んで、そこから好きな本を手に取りページをめくって読むことができる。紙の匂い。紙がたてるカサリという音。図書館には、先生の本の部屋よりももっともっとたくさん、いろんな種類の本があるんですって。考えただけで興奮してきて、すぐにでも行ってみたかったけれど、今日はぐっとこらえて、自分の持ち物を整理したり、お洗濯したり、自分の部屋だけでなくおうち中をほうきで掃き掃除したりしながら、心を整えました。だって明日は、たくさんの新しい出会いが待っているんですから。先生、楽しみだけれど、とっても緊張しています。

5月9日
 今日は初めての登校日。これから毎日、クロード先生の小さなレモン色の車で、先生と一緒に登校します。クロード先生の学校は、木造の、木の香りに満ちた美しい小学校です。植物でいっぱいの広い庭園があり、生き物のたくさん住む小さな池もあります。

 学校スタッフのみなさんに一通りごあいさつをすませたあと、私はクロード先生に案内されて、ミリエル先生の受け持つ2年生の教室へ。ドアを開けるときどんなにドキドキしたか、目に飛び込んできた光景にどれほど驚いたか、先生、わかりますか?
 教室は、まるで花園のようにお花でいっぱいでした。大きな窓の下に作られた長い本棚の上に、花瓶に生けた花々がずらり。それから教室の後ろの低いロッカーの上にもずらり。教室の真ん中に置かれた丸いテーブルも花盛りです。アイリス、マーガレット、ラベンダー、ユリ、カラー、ルピナス、スズラン、ジギタリス…。そして、真ん中の丸いテーブルの横に立つきみどり色のやわらかなシフォンのワンピースを着たミリエル先生は、もう本当の妖精にしか見えませんでした。カーテンを通して差し込む穏やかな光が子どもたちの金や栗色の髪を輝かせ、天使の輪のように見えました。
 ミリエル先生が子どもたちに私を紹介してくれたあと、私は子どもたちの前に立ちましたが、まるでおとぎの国のような雰囲気に飲まれて胸が詰まり、頭も真っ白になって、涙までがジワジワと浮かんできてしまいました。
 初めて見る外国人に興味津々な様子で、20人の天使が私をじーっと見つめています。昨晩から考えていた自己紹介の言葉はどこかへ飛んで行ってしまい、絞り出すように
「イシアスという国から来たセシルです。どうぞよろしくお願いします」
とだけ言って、私はミリエル先生のそばへ急いで避難してしまいました。だけど、そんなことは、もうミリエル先生が私を紹介するときにすでに言ってくれたことです。ああ、もっと上手にできたらよかった! 昨日あれほど考えたのに!

 今日はそのまま、何だか夢を見ているような心地で、ふわふわと一日が過ぎていってしまいました。算数と昔話の授業があって、そのあと、クロード先生の生き物の授業がありました。理科の授業だけは、全学年、クロード先生が教えてくれます。今日は、みんなで外に出て、蜘蛛が巣を張る様子を眺めたり、カエルが鳴くときの喉やお腹の様子を観察したりしました。

 1日の最後の授業では、子どもたちそれぞれが「レディ」に記された仕事の基礎を学びます。1年生から6年生までが、縦割りで7つのクラスに分かれて授業を受けるんです。1つのクラスに1学年3、4人ずつ。精霊術師であるミリエル先生のクラスには、精霊術師、芸術家、園芸家、農家になる子どもたちがいます。そして、クロード先生のクラスには、科学者、技術者、学者、自然環境に関わる仕事に就く子どもたちが集まっています。1年生から6年生を担任する他の先生方もそれぞれご専門があって、他の先生のクラスについては、また別の日にご紹介しますね。この授業では仕事の専門的なことを学ぶのではなくて、子どもたちが仕事についたときの糧となり土台となることを学びます。

 2年生の教室に入ってきた精霊術クラスの子どもたちは、花でいっぱいの華やかな雰囲気に大喜びでした。このクラスのときには私のドキドキも収まって、昨日考えてあった通りに自己紹介をすることができましたよ。よかったです。
 今日の授業は、真ん中にある花盛りのテーブルを囲んで、水彩画を描きました。低学年の子たちは赤青黄の三色で。違う色を出したいときには、色を重ねて。お花が存在する印象を自由に。高学年の子たちは、もう少し色を加えてさらに自由に。子どもたちそれぞれの机にのった紙の上もだんだん華やかになっていって、教室の中がまぶしいくらいになりました。とても穏やかな時間でした。
 描き終わった6年生のセーラがうれしそうに私に絵を見せに来てくれました。すると、それを見た他の子どもたちも誇らしげに見せに来てくれたので、私の前に行列ができました。

 子どもたちが帰ったあと、真ん中の丸テーブルに、ミリエル先生と椅子を並べて座りました。私は窓を正面にして座ったので、丸テーブルの上の花盛りを透かして、窓辺の花とその向こうに広がる庭園と青い空とが見えました。ミリエル先生は、私の目を覗き込むようにして、こう言ってくれました。
「初めてのことばかりだから、緊張して疲れたでしょう? これから毎日、ふたりでこうやって振り返りの時間を持とうと思います。訊きたいことがあったら、何でも訊いてちょうだいね。ねえ、子どもたちみんな、可愛くていい子でしょう?」
 ミリエル先生のグリーンの目に吸い込まれそうになりながら、私はあわてて答えました。
「本当に。みんな、やさしくて、フレンドリーで、一生懸命で」
 そして、勇気を出して、気になっていたことを訊いてみました。先生、先生は切り花を飾りませんよね。「花は自然のまま生きることを望んでいるから」って。だから、ミリエル先生はどういうお考えなのか、子どもたちにどんな風に教えているのか、知りたくて。私の歓迎のためにしてくれたことに対してこんな質問をするのは失礼なのでは、とも思ったのですけど。
 ミリエル先生の答えはこうでした。
「野の花たちは、野に咲くことを望んでいます。でも、庭園に咲く花たちの中には、人間の近くにいて『可愛いね』っていつも見てもらうことを望んでいる花も少なくないの。私たち精霊術師には、その声が聞こえます。どの花がそれを望んでいるかわかる。精霊術師になるミアにももう聞こえているけど、ほとんどの子には聞こえないの。だからね、約束するの。『私が大事にお世話します』って。花を切るというのは、花との約束なのよ」

5月10日

 毎朝早起きして、朝ごはんの前に、あの場所に座っています。今日は濃い霧が出ていました。空気中の小さな水滴のひとつひとつが、私の中に染み込んでくるようでした。いつもの呼吸をして、身体の内側を整えながら、小川の水音に魂を預けます。どこからかあのコマドリがやって来て、朝の喜びを歌いました。
 私は、家に戻る前に、クリスへのメッセージを風に乗せました。
「取材は進んでいますか? 私はベリーヒルズがもう大好きになりましたよ。本当にいい所ですね。学校でのお仕事が始まりました。学ぶことが多すぎて、吸収が間に合いません。週末、いつでも会いに来てください。待っています」
 5月の風は優しいので、クリスの所へ、メッセージといっしょに、草木の香りも届けてくれたようです。

 朝、私は教室に一番乗りして、子どもたちの登校を出迎えました。子どもたちは、私がいるのを見つけると、うれしそうにあいさつしてくれました。そして、どの子も自分が生けた花瓶のところへ行って「おはよう」と優しく声をかけ、お水を換えに行きました。みんな、約束を守ってるんです! 私はとても感動しました。

 今日の午前中は算数、音楽、詩の暗唱の授業がありました。算数では、リズムにのせて身体を動かしながら、かけ算の九九を覚えていました。この学校では、頭だけ使ってする勉強は少ないようです。音楽では、3つのグループに分かれ、1つのグループはリコーダーで曲を演奏し、別のグループが歌を歌い、もう一つのグループがそれに合わせて踊るというレッスンをしました。私も踊りのグループに入れてもらって、とても楽しかったです。詩の暗唱では、詩を読んで受け取ったイメージをまず絵に描いて、世界を作り上げてから覚えます。子どもたちの暗唱を聴いていると、その子のイメージが目に浮かんできます。短い詩なのに、みんな違ったイメージが浮かんでくるから不思議です。

 午後の精霊術クラスは園芸でした。広い庭園にはいくつか菜園があって、そのうちの一つが精霊術クラスの菜園です。かぶ、にんじん、えんどう、レタス、ハーブや私の知らない野菜もありました。
 今日のお世話は、枯れた葉っぱを取ること、草に負けそうな野菜があれば周りの草を取ってあげること、そして、声をかけること。
 成長が遅れている野菜に、ミアは「あわてなくて大丈夫」とささやいていました。私なら「頑張れー」とか「大きくなあれ」とか言うところです。ミアのことは昨日も書きました。精霊術師になる2年生の女の子です。ミアはとっても賢そうな目をしています。子どもらしく澄んでいるのに、それでいてすべてを知っているような目です。ミアのエネルギーは、温かなオレンジ色。ミアのオレンジを見ていると、なぜだか肩の力が抜けて穏やかな気持ちになっていくような気がします。
 先生のエネルギーは、まぶしいくらいの金色でした。初めてお会いしたときは本当にまぶしかった。だんだん目が慣れてきましたけどね。ミリエル先生は銀に近い金色です。
 でも、先生のところを出てロータシアの人たちの中に入って、先生だけではなくみんなのエネルギーが見えることに驚きました。イシアスでは見たことがなかったから。クリスにも見えるのか訊いてみたら、クリスはこう言いました。
「ロータシアの人はお互いのエネルギーを見ながら相手と接しているんだよ」
 今日のミリエル先生との振り返りで、私はこう質問しました。
「精霊術師の才能ってなんでしょうか。レディは、どんな基準で精霊術師になる子どもを選ぶのでしょう。ロータシアの人は、ロータスの教義を守ってみんなが精霊とつながっているから、誰もが精霊術師としての才能を持っているように思うんですけど」
ミリエル先生はこう答えました。
「確かにそうね。ロータシアの人は、自然界をいつも意識しているから、誰もが精霊術師の素質を備えていると言えるわね。みんな強いエネルギーを持っている。実際に、セシルが2年間で身につけたくらいの精霊術なら、精霊術師じゃなくても使ってる人はいるのよ。便利だから。でもね、ミアを見ていてごらんなさい。違うって、わかってくるわ。ロータシアを守れるくらいの力を持つ人間の素質が」

音声配信はこちらから


 




 
 
 
 

いいなと思ったら応援しよう!