見出し画像

あまりにも嬉しかった日。/ 日記

それは、娘の友だちが遊びに来た日

年の瀬の今日。わが家に娘の友だちが遊びに来ている。それはもう、昨晩から二人で必死の形相で部屋を片づけた。以前、こんなエッセイを書いている。

・ 「友だちがいなくてもいい」を受け入れた日。

娘に友だちができたのは、このエッセイを書いた後。まさか、まさかの、もう無理に友だちを作らなくたっていいよと諦めたあとに、友だちができることになろうとは! こんなに嬉しいことはない。

娘に友だちが出来たきっかけは、高校のダンス大会。下記のエッセイに書いているのだけど、ダンス大会に行く・行かないでグズグズしていたあの頃。このとき、「行く」決断をしたことで、同じチームの子と仲良くなり、友だちができるきっかけになったのだ。

・ つらいことから逃げること、逃げないこと。

このことを不思議に思うと同時に、この文章を読んでいるひとに伝えたいことがある。本当に欲しいと思うものは、一度諦めて距離をとるといいのではないかということ。

それは、人とモノとの関係にも似ている。一度、気持ちを絶つことで、執着心がなくなり物事が良いほうへ流れていくのではないか。それから、いつも人生が上向きになるときは、ほんの少しの勇気がきっかけだった。わたしは性格的に積極的ではない。娘も同じ。だけど、がんばってちょっと話しかけてみるとか、誘ってみるとか、そのひとのいいと思うところを伝えるとか、そんな当たり前で些細なことが後々効いてくるんじゃないかな。

「家に友だちを呼びたい」と言われたのは、昨日の夕方だった。あまりにも突然すぎる。片づける時間は昨日の夜と今朝の僅かな時間だけ。それでも、すぐさま「いいよ」と言えたのは、ふだんから少しずつ片づけていたから。

いま、娘たちは子ども部屋からリビングに移って遊んでいる。だから、わたしはリビングを明け渡し、自室でこの記事を書いている。「書くスペース」を作っていてよかったと心から思う。

・ 13年使用したソファを5万円で売って、主婦デスクを購入した話。

自分の居場所を作ったことで、子どもたちに快く「リビングで遊んでいいよ」と言えた。

わたしがやってきたことは、日常の些細なことだけど、この小さな積み重ねこそ大事なのだと思う。

リビングから子どもたちの笑い声が聴こえる。ママ友から感謝のLINEも届いた。年末で慌ただしくしているので、子どもが遊びに行ってくれて助かっていると文面にある。周りは帰省の準備や大掃除で忙しいようだ。わが家はだいたい大掃除が終わっているし、帰省もズラしているので、みんなと違って忙しくはない。

清々しい気持ちでこの文章を書いている。去年の今頃は、娘の不登校が続いていて、決して明るい状態ではなかった。一年経ったいま、不登校が解消されて、友だちができて、高校も問題なく通えている。たったの一年でひとの人生ってこんなにも変わるものなのか。

あまりにも嬉しかった日のことを、このnoteに残しておく。

#今年のふり返り



いいなと思ったら応援しよう!

神崎さやか(かんざき・さやか) チップで新しい手帳を買うことができました。支援してくださった皆さま、ありがとうございます。

この記事が参加している募集