【あなたに会えて幸せ】/第1章第4話「横浜の風と自作のバッグ」
当日。
アメリカ山公園側の改札へ向かうエレベーターの扉が開いた瞬間、私は息を呑んだ。
画面で見るよりずっと大柄で、少しクールな目をした男の子が、ピカピカに磨かれた車椅子に乗って待っていた。
「ミクさん?」
トモキの声は、動画で聴くより少し低くて、優しかった。
「はい! トモキさん、初めまして!」
私は緊張を隠すように、胸の前で小さく手を動かした。
『水時計』の動画を見て、何度も一人で練習した、あの手話。
――【あなたに会えて幸せ】。
【幸せ】は、アゴヒゲを撫でる感じで2回。
初対面でコクってしまった、、、
私の手話を見たトモキは、一瞬目を見張り、それから、動画では一度も見せたことのないような、悪戯っぽい最高の笑顔を浮かべた。
「それ、動画のやつじゃん。
でも、手に汗握るほど緊張してる?」
トモキの不器用な冗談に、私は心がふっと軽くなるのを感じた。
コクってしまったのが、あからさまに伝わらなかったことが残念でもあり、性急に距離が縮まらないことで、ホッとしたり。
「ううん、全然!……あ、でもトモキさん、時々私、足がすっごく痒くなるんだよね。足、無いくせにね(笑)」
私が自分の空白の膝のあたりを笑いながら指さすと、トモキは一瞬呆気に取られ、それから声を上げて爆笑した。
出会って最初の3秒で、私たちはお互いの心の段差を、軽々と飛び越えていた。
世間が何と言おうと、私達の時代が、ここから始まる。
そんな予感が、横浜の潮風と一緒に、私たちの車椅子をそっと押し出した。
「じゃあ、山下公園へ移動しようか」
トモキさんの言葉に、私はニッコリと笑って頷いた。
「車輪のロックを解除する瞬間が、楽しいよね。さぁ、発進!」
カチャン、カチャン。
言いながら、私はロックを解除した。
トモキさんも「それ、分かる!」と笑いながら、同じ音を響かせて車椅子を進め出す。
元町・中華街駅から山下公園の道は、比較的バリアフリーだ。
しかし、細かい段差・傾斜があるので、油断はできない。
まず、元町・中華街駅を出て、最初の横断歩道。
横断歩道手前に、少し段差があり、横断歩道全体は、アーチ状に盛り上がり、渡りきった場所が段差。
慌てるとつまづき、ノロノロしていると、信号が変わってしまう。
同じように、山下公園手前の横断歩道も慎重に。
関東大震災の瓦礫を埋め立てて甦った山下公園。
中央の入り口から進むと、目の前には氷川丸の雄大な船体が迫る。
左には大さん橋、その向こうにみなとみらいのビル群が並んでいた。
震災直後、左官屋だった私の曾祖父は、この街の復興のために昼夜を問わずセメントまみれで働き続けたという。
かつての絶望の瓦礫の上に、いまこんなにも美しい景色が広がっている。
曾祖父から受け継いだ不屈の血が、車椅子の私にも流れている。
山下公園に到着して、岩壁に近い場所で車椅子を停めた。
お互いに、飲み物を取り出して、一息つく。
「ねぇ」
ふたり同時に呼びかけた。
「あ、トモキさんからどうぞ」
「ありがと。僕たちみたいな《車椅子カップル》って、他に見ないよね」
「ちょっと待って。私たち《カップル》?」
「い、いや。僕たちが、行く場所のレポートを YouTube で配信すると、いいよね。
車椅子2台入れるお店とか。
今までは、車椅子1台入れれば、バリアフリーだったけど、これからの時代は、《車椅子カップルのバリアフリー》を考える時代だと思うよ」
時代を先取りするトモキのアイデアに驚いた。
「じゃあ、新しいチャンネル名は、
《車椅子カップルにオススメデートスポット》
でどう?」
「いいけど、相変わらず長い(笑)」
「(ムッ)じゃあ、トモキさんは?」
「車椅子のふたり」
あっけらかんとトモキ。
顔を赤くした私。
「ところでトモキさん」
「なぁに?」
「トモキさんの車椅子の背もたれにかけてあるバッグ、素敵ですね」
「ああ、これ?」
言いながら、バッグを外したトモキ。
ミクに手渡した。
「デパートで普通のトートバッグを買ってね。
2本の取っ手を片方だけ、バッグから離す。
縫い目をほどいたんた。
ほどいた取っ手を反対側に縫い付ける。
2本ともね。
それで、《車椅子用両がけトートバッグ》のできあがり❗
こうすれは、絵柄がしっかり見えるよね」
「うわぁ! トモキさん、器用ね~」
「い、いやぁ。縫い目ガタガタだよ~」
「でも、アイデアが凄いわ!」
「ありがと。このレベルで良ければ、作ってあげるよ。好きなトートバッグを買って来なよ」「うん! この次持ってきます。また会ってもらえますか?」
「もちろん」
うふふ!
ちゃっかり、次回のデートを決めてしまった🎵
第5話に続く
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