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Tourbillon握手会渋谷(3)– RYUICHI篇

第一章|奇跡の瞬間、握手会

レポートも最終だ。
結論から書こう。
誰もが知っている河村隆一。
握手会は、神対応だった。
INORANに押し出され、Hayamaさんの前に転がり出た私を、そっと見守っていてくれた。
急に目が合い驚く私から、彼は視線をそらさなかった。
ジェット(黒玉)のように、その瞳は優しく輝いていた。

RYUICHI、やっぱりあなたが好きだ。
今度ありんこがいたら、私が捕まえる。
遠い未来の、最後の夜までついていくよ。


みんながリアルタイムで投稿をしているのを、Xなどで楽しく見ています。
私はエッセイスタイルで、少し時間をかけて記してみます。
もはや27年越しの回想録です。
ひとたび背を向けた私が、再びLUNA SEAと向き合い、ギターのINORANに導かれ、Tourbillonへとたどり着きました。
(文末にLUNA SEAのライブ中の画像を掲載しています。お楽しみください。)

第二章|耳をふさいだ日々

90年代に時を戻そう。
一人のファンと、一匹のありんこが紡ぐ物語の始まりだ。

RYUICHIは LUNA SEAよりも ソロ活動の方がいいんだ。
だって LUNA SEAの曲でも 河村隆一のままなんだもん……。
《BELIEVE》の時のRYUICHIは、どこに行ったの?
もう帰ってこないの?

そう思っていたら、レインボーホールでありんこがいると騒ぎ出したんだ。
その場面は2回あったと思う。
液晶大画面なんてない時代だから、少なくともこちらスタンド席は状況がわからず、静まり返っていた。

RYUICHIは、どうかなっちゃった?
SUGIZO、マイクでなんか言ってよ……。
ステージの誰も、一言も発さなかった。

このままもう、LUNA SEAじゃなくなるんだな……
そう感じて、一足先にCDをしまい込んでしまった。
だから、終幕の報せにも驚くことはなかった。
※終幕とは、2000年に活動を休止した際に使われた表現。

憧れだった彼らを失ったことが辛くて、本当に聴かなくなった。
《I for You》は強制的に、コンビニやボウリング場なんかでかかっている。
ソロ曲の《Glass》もそうだ。いつまで経っても聴こえてくる。
私はコンピューターミュージックの中へと逃げ込んだ。
(文末の記事をご覧ください。)

それでもオーディションでは、「好きなアーティストはLUNA SEA。」と答え続けていた。
好きな理由を聞かれたことはない。
審査員にも彼らの良さが十分わかっていたからだろう。

それなのに、LUNA SEAのREBOOT(活動再開)にすら気づかず、私はずっと、毎日違うことをしていた。
10000日近く、大事な時を見逃してしまった。

私だけじゃない。
いま電車のホームにある、ガイコツの絵のような大きな看板に
LUNA SEAとあることに気づいたら、ビジネスパーソンたちも、驚き、懐かしがるに違いない。
※この秋彼らは、未曾有のスケールで LUNATIC FEST. 2025を主宰する。その看板やポスターが都心でも目立ち始めた。

第三章|再会への道

現在は、ネットを使って時間を遡り、様々な作品や映像を確認することで、
終幕や各人のソロ活動がもたらした素晴らしい成果を理解している。

私は、2024年のクリスマスの頃にRYUICHIの声の不調を知り、もう一度応援しようと決意した。
今行かなければ、もしかしたら二度とステージの彼に会えないかもしれない。
やっぱりもう一度会いたい。
そう思ってチケットを買った。


東京ドームのライブは長時間に及び、メンバーの気合いもひしひしと伝わってきた。
宣言通り、情熱的な演奏で、終幕の「落とし前」をつけてもらった。
私の憧れていたLUNA SEAの進化形を見せてもらえた。

※LUNATIC TOKYO 2025
2025年2月23日、祝日に開催されたメジャーデビュー35周年記念ツアー
《ERA TO ERA THE FINAL EPISODE》のグランドファイナル。
「覚悟の夜」と称された特別なライブで、ドレスコードの黒で統一された観客によって、客席も演出された。
パフォーマンスも非常にエモーショナルだったと報じられている。
(文末に筆者が撮影した実際の画像があります)

第四章|RYUICHIの声

本当に行ってよかった。チケットを買ってよかった。
時計のローンがあってよかった(笑)
ローン会社からチケットの斡旋があって、LUNA SEAの名を思い出したというのが真相だ。奇跡的な導き。
その時計をはめて、私は2階席正面に座っていた。


その日のRYUICHIは、好調に見えた。
全然終わってなんかいない。
いいお薬が見つかったと地上波の番組でも話していたし、
実際に、ファンがイメージする力の9割以上を発揮していた。

RYUICHIも感情がほとばしっていたのだろう。
随所にシャウトが入るため、少しだけ心配だった。
だから『Virgin Mary』の演奏中には、
RYUICHIを守ってほしい、
今夜は最後まで歌い切れるようにと、本気で神に祈った。

蛇足になるが、RYUICHIの声の出し方が見える部分が少しある。
表現力はリスナーが感じるもの。ここからは発声という視点で彼を見つめたい。

第五章|変遷と現在地

前提として申し上げると、あいにく私は無名だが、
高名な声楽家のひ孫弟子にあたる。
オペラも学びのために聴いてはきたが、私の属するこの系譜には、
クラシックだけではなく、ポップスで使える発声を模索してきた歴史がある。
私の先生は、アメリカの音楽学校バークリーで使われている
実践的な発声理論も噛み砕いて教えてくれた。
したがって、私の歌い方はクラシックではない。
上京を機に先生から離れ、模索というより遭難中だが。

発声には多様な流派があり、それぞれに異なる見解があるはずだが、
ここでは私見として一つの説を述べさせていただく。

AIの分析によれば、声の響きや息遣い、発声の特徴という観点で、
RYUICHIにもクラシックの要素があり、
私と彼は山のあっちとこっちに住んでいる遠いいとこのようらしい。
(はとこじゃなくて?)

彼の柔らかい響きには、先生たちと同じ水が流れている気がする。
2011年頃にリリースされた作品では、特にそれが分かりやすい。

「RYUICHIのように歌いたい」という声を聞いたことがあるが、
まずは口を縦開きにすることだ。
慣れるまで顎が痛くなるだろうが、大前提のため頑張ってほしい。

LUNA SEAの楽曲では、RYUICHIはフル出力で声を開放し、技術を全て投入しているように思う。
腹筋3000回というストイックなエピソードにも頷ける。

声が思うように出ない時期でさえ、チェストボイスという胸のあたりで響く、太い声を駆使しているように見えた。
(いっとき、INORANのギターの音色が、ハスキーなRYUICHIの声に合わせて変更されているように思う場面もあった。)

ツアー最終のドームの時は、先述の通りだ。ほぼイメージ通りの熱唱を聴かせてくれた。

その一方で、Tourbillonの新作アルバムでは、声が自然体であることが感じられる。
教会で歌うと基本にかえる。そんな本人の発言もあったが、
Tourbillonの楽曲でのRYUICHは、シンプルに整えられた感じがする。ソフトな伴奏にぴったりの声だ。

RYUICHIの声を出す力が、丸いボールのような、元気玉のような形をしているとして、その中心部分、つまり基本の部分が表れているようだ。楽そうに聴こえるが、それは体に力みがないからで、発声の基礎力が使われている。仮にマイクなしでも、しっかり声が聴こえそうだ。

LUNA SEAの楽曲になるとボール全体を使っているように思う。伸縮自在、縦横無尽だ。もちろん彼の体じゅうに声が響いているはずだ。
※本物の歌手は、背中や、例えば足首まで自在に共鳴させることができる

そばにいるSUGIZOが、RYUICHIは宇宙一と言っているが、わたしもそれに賛成したい。
第一、生まれ持った声そのものが美しい。

今になって2008年頃から現在に至るまでの動画を確認した結果、
河村隆一としてのソロ時代を含む数々の試行錯誤があったから、
今の発声に到達していると理解した。
私にも到底届かない。遥か彼方だ。
(もちろんインディーズ時代の声も大好きだ。)

第六章|ファンとしての再出発

そういえば、再びLUNA SEAを聴き始めた冬の日。
熱いビートに、ふと、ステージから長く続く花道が思い浮かんだ。
それは、私が歩くための道。
退屈な私の人生に、新しい道が開いたと思った。

ドームでは、そっくりな花道を見つけて驚いた。
RYUICHIの背中に、ついて行けばいいのだろう。

こうして、ドーム公演 LUNATIC TOKYOは、
私という出戻りファンにとっても、
ここから応援し続けるという、覚悟を決める夜となった。
私の中のありんこ騒動にも落としまいをつけた(笑)
(微笑ましい出来事とする向きもあるのに、この記事では否定してごめんなさい。RYUICHIはカリスマだったし、私も子供だった。貴重な体験だったね。)

かくして焼け木杭に火がついた。
帰りの電車では、ファンとしての決意に満ち満ちていた。

最終章|ありがとう、RYUICHI

そういうわけでこの度は、RYUICHIと握手ができて本当によかった。
本当に怖かったし、行くのをやめたくなったけど、
思いがけない神対応で、心の傷も癒えた。
スクランブル交差点で叫びたくなった(笑)
あの河村隆一が、タワレコにいるんだよって。

Tourbillonは仕事帰りに聴いている。
少し疲れた日にも軽くて優しい伴奏が心地よく、
車窓に流れる街の景色にぴったりだ。

RYUICHI、ありがとう。
これからもいろんな歌を聴かせてほしい。

タワーレコード渋谷


最初に握手したのはINORANでした。
ベルトコンベアみたいな流れに乗り遅れたり、
体育の先生みたいな手に導かれたり🍰
INORANの前に立ったわたしの記録、
ぜひ読んでみてください

Hayamaさんのエッセイも書けたよ🍨

思い出のコンピューターミュージック

思い出の写真(LUNATIC TOKYO 2025)

花道にINORANがいます🎸
黒服でRYUICHIを見守るファン
テープが舞い降りています。
写真を撮ってよい時間(二曲分)がありました。

お読みいただき、ありがとうございました🏝

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