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ASDグレーゾーンの私が考える「普通」に生きるということ

おはようございます、こんにちは、こんばんは。
「生きづらさの休憩室」のみんです。

私は約5カ月前、今まで通っていた病院から新たな病院に転院しました。

詳しい経緯は下記の記事に執筆しています。

そこで私は医師からASDのグレーゾーン『かもしれない』という診断を受けました。

ASDについて調べる日々。ASDとしてどう生きていけばいいのか分からない戸惑い。

この診断を受けた直後から、私はこの社会で「普通」に生きていけるのか不安に陥っていくことになります。

今回は、次の二つについてお話ししたいと思います。

  • 「ASDかもしれない」と言われた時の戸惑いと不安

  • ASDである自分を受け入れてあげる途中の現在

私と同じように、ASDにどう向き合っていけばいいのかわからない方へ。

この記事を通じて、お互いに気持ちの共感や、理解を深め合えたら嬉しいです。

前回の記事はこちらです。
PMSの辛さと、私はどう向き合っているのかについて執筆しています。


セカンドオピニオンは、私にとって転機だった

私がセカンドオピニオンを受けるきっかけになった理由の一つは、障害年金の申請をするためです。

病状・就労状況等申立書を書いていく上で、自分の過去と向き合い、病名を把握するということは、私にとっても意味のある行為でした。

しかし、何度聞いても医師は病名を教えてくれなかった。

障害年金に関してもいい顔はされず「申請してもお金の無駄」とまで言われたのです。

そのことを現在勤めているA型事業所の施設長に相談しました。
すると施設長は、ある市外の病院を勧めてくれたのです。

それをきっかけに、私は自分の症状を理解するために、そして今後のためにセカンドオピニオンを受けることを決意。

施設長の前で病院に連絡してみると、意外にもすぐに予約を取ることができました。

「グレーゾーン」という曖昧な境界線にもやもやする

その日はとても病院は混んでいました。

予約は10時に取っていたのですが、実際に診察室に呼ばれたのは12時半。
その時点で少し疲れてしまったのを覚えています。

そして先生との診察が始まり、いろいろなことを聞かれました。

  • どうしてこの病院に来たのか

  • 過去の出来事

  • これからどうしていきたいのか

およそ20分間話をした後、先生はこうおっしゃいました。

「もしかしたら、社会不安障がいと気分循環障害のほかにASDもあるかもしれません。」

ASD「かもしれない」自分に対してとても戸惑った

「かもしれない」という言葉に、私は何とも言えない不安を覚えました。

当時の私は『ASD』が発達障害だということは知っていましたが『具体的にどういう特性をもっているのか』ということは知りませんでした。

もちろん、心の病気や発達障害はすぐに判断がつかないということは理解しているつもりです。

しかし、私の中で「ASD」――いわゆる発達障害が自分にある「かもしれない」ことが、とても信じられなかったのです。

まったく予想していなかった、というべきでしょうか。

ですが思い返せば、それらしき症状はいくつもあったように思いました。

  • 三人以上の会話になると、何を話したらいいのか分からなくて固まってしまう

  • 誤字脱字がかなり多い

  • こだわりが強い

(私が昔から苦しんでいたことは、もしかしたらASDの特性によるものだったのかもしれない)

そう考えると、言語化できなかった自分の苦しみが、少し楽になることに気付きました。

自分を受け入れてあげることが『普通』への一歩だと気付いた

この記事を執筆している6月16日現在において、自分がASDなのかどうなのか、まだわかっていません。

5月に心理検査(性格特性や知能水準などを評価するための検査)を行ったので、おそらく来月通院するときにわかるだろうと思っています。

今の私の中には、この二種類の不安があります。

  • 「正式にASDだと通告されるかもしれない」という不安

  • ASDではなかった場合、この症状とどう向き合えばいいのか分からない不安

ですがどちらにせよ、このままじゃダメだと思いました。

「ASDだから」「こういう病気だから」

こうした考え方にとらわれすぎると、自分の可能性まで狭めてしまう気がしたからです。

これから社会で『普通』に生きていくうえで、自分なりの考え方を身につけたほうがいいと思いました。

『これが私だから』というマインドを身に付けつつある

正直、少し肩の力が抜けてきたところもあるかもしれません。

でも、自分を否定することはやめようかな、と思っています。

忘れっぽい私も、誤字脱字がひどい私も、人とのコミュニケーションが苦手な私も、全部『私』だから。

なので今は『こんな私だからだめ』ではなく『とても苦手な部分を、少しだけ苦手にしよう』という考えにシフトしています。

  • 忘れっぽい→小さいことでもすべてメモを取る

  • 誤字脱字がひどい→できる限り文字を書くスピードをゆっくりにして、ケアレスミスをなくす

ほんの小さい努力かもしれません。

でもこの小さな努力が、将来、社会で息苦しさを感じることなく過ごしていくための足場になる。

私は今、そう思いながら毎日を何とか過ごしています。

おわりに

正直なところ、どちらの結果であっても、きっと私はまた悩むのだと思います。

それでも以前の私と少し違うのは、「自分の苦しさには理由があったのかもしれない」と思えるようになったことです。

これまで私は、自分の不器用さや忘れっぽさ、人付き合いの苦手さを「努力不足」や「性格の問題」だと思って責め続けてきました。

ですが今は、責めるだけでは何も変わらないことにも気付き始めています。

まだ道の途中ですが、少しずつでも自分を受け入れながら前に進んでいきたいと思います。

もし今、「自分は何なのだろう」「どう向き合えばいいのだろう」と悩んでいる方がいたら、この記事が少しでも気持ちを軽くするきっかけになれば嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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