セカンドオピニオンの重要性|「ただ薬を出されるだけ」だった私が診断名に救われた話
おはようございます、こんにちは、こんばんは。「精神障がいを日常に。」編集部のみんです。
あなたは、自分の抱える苦しみに名前がついた瞬間を経験したことがありますか?
病名を告げられないことで、ほっと安心できる人もいれば、逆に不安が増してしまう人もいます。
私自身も、先月セカンドオピニオンを受けてようやく診断名を知りました。
安心と同時に、“もう障がいから逃げられない”と悟った瞬間でもあります。
今回は、セカンドオピニオンを受けたことで、ようやく自分の状態を正しく理解できた話をしようと思います。
何年も通院しているのに診断がはっきりしない方、薬だけ出されてモヤモヤしている方。
あなたにとって、この記事が少しでも心の助けになれば幸いです。
なお、前回の記事はこちらです。
私みんが日記をつけ始めたことで、日々の成長を感じられるようになったエピソードを記しています。
私が病院受診を決めたきっかけ
理由1. “何かおかしい”のに名前がつかない苦しさ
小さい頃から内気かつ口下手だった私は、誰かとコミュニケーションをとるのが非常に苦手でした。
当時から他者とはどこか違う感覚を抱いていたのだと思います。
みんなは誰とでも楽しく会話ができているのに対し、誰かの目線や会話そのものが苦痛に感じている自分。
私は「自分は他人と少し変わっているのかな?」という思いをうすうす感じるようになりました。
理由2. 人前で行動することへの恐怖がすさまじかった
これは幼少期から未だに続いている、私が抱いている恐怖でもあります。
特に私が苦手としている行動はこれです。
静かな空間で発言するだけで、周りの視線が怖くなる
会話の人数が三人以上になった瞬間、自分だけ言葉が出てこなくなる
人前で発言する機会があると頭が真っ白になり、発汗・声の震えという症状が出て、恐怖と緊張で逃げ出したくなる
中学時代の時なんて、授業中に当てられた時は声と体の震えが止まらなかったほどです。
子供の頃は「人見知り」「上がり症」で済ませられたこれらの恐怖。
しかし中学に上がり、授業や行事事などに参加していくにつれ、だんだん違和感へと変化していきました。
市内にあるクリニックに受診
そして中学一年生の時。
私は母に連れられ、市内の心療内科Kクリニックにやってきました。
そして30分ほど待ったのち診察室に呼ばれ、主治医の先生に私の症状をお伝えしたのです。
何か診断されるのか。私は何かの病気なのか。
そんな不安を抱えながら先生の言葉を待っていると、先生はただ一言。
「じゃあお薬出しときますね」
正直、かなりの肩透かしを食らった気分でした。
この症状に対する対策方法や、なにかしらのアドバイスをもらえるのではないかと思っていました。
たった一言で片づけられ、少し不満を抱いたのを覚えています。
思った成果が得られず、少し落ち込んだのを覚えています。
カウンセラーの先生は親身になって話を聞いてくれた
しかし、Kクリニックのカウンセラーさんはとてもいい方でした。
このカウンセラーさんは、過去に私が記した記事で登場する方です。
しっかり話を聞いてくれて、きちんとしたアドバイスをしてくれるカウンセラーさん。
そんな彼女と波長が合った私は「例え病名が分からなくても大丈夫」と思いました。
「このカウンセラーさんとなら、気持ちをすべて明かしても安心」だと。
そして私は病名が分からないまま計5年間通い続けたのです。
しかし、ある転機が訪れる
そしてK病院に通い始めて6年目に入るころ、ある転機が訪れます。
担当だったカウンセラーの先生が、突如辞めることになったのです。
家庭の事情だったそうで、私はお世話になった挨拶もできないままとなりました。
その後二名ほどのカウンセラーの先生とお会いしましたが、相性はなかなか合いませんでした。
そしてそのままカウンセリングはお断りし、主治医の診察のみを3年受け続けてきました。
しかし、主治医の診察は「お薬の副作用はありませんか?」と聞かれるだけ。
病名も告げられない、今抱えている状況へのアドバイスもない。
私はそこでようやく、このままでは何も解決していないことに気づくことができました。
「同じ場所にい続けても、何も変わらない」と感じたのです。
新たな主治医との問診
そのことを、今勤めているA型事業所の生活支援員さんに相談しました。
すると「M病院」という病院を紹介してくれたのです。
そのM病院は市外にあり、車で30分以上はかかるところでした。
「病院に行く」というだけでもかなりのエネルギーを使うものです。
最初は「うっ…」となりましたが、これも自分のため。
M病院に電話をし、「セカンドオピニオン」として一度受診してみることに。
朝10時にK病院の紹介状を提出して初診受付をし、診察室前の待合室で待っていました。
すると、12時30分ごろにようやく私の名前が呼ばれたのです。
そこにいたのは男性の先生。先生に「今日はなぜここに?」と単刀直入に聞かれました。
私はすべてを話すことにしました。
セカンドオピニオンを受けたい
今の自分の病名は何なのか知りたい
この症状の原因はいったい何なのか
対策はあるのか
私の言葉を聞き終わった先生は少し考え込んだ後、こう返事してくれました。
診断名と一緒に突きつけられた現実
先生は「恐らく」と前置きをして私の病名を告げました。
社会不安障害
気分循環性障害
ここまでは私もネットで検索し、事前に予測を立てていたため「あぁ、やっぱりか」という感じでした。
しかし、その次。先生から告げられたのは予想外の言葉でした。
「あと多分軽度の『ASD』もあるんじゃないかな」
障がいと一緒に生きていくという選択
『ASD』とは、発達障害の一種。
コミュニケーション能力や対人関係の構築が苦手なのが特徴だと言われています。
私はその診断を受けたとき、一瞬頭が真っ白になりました。
「自分が発達障害だった」という驚きと「これからどうしよう」という不安が一気に襲ってきたのです。
先生の言葉に勇気をもらえた
しかし先生は、そんな私を見て優しく声をかけてくれました。
「ASDっていうけど、僕はこれを後ろ向きには捉えないようにしてるんです。
要するに、人よりも不器用なだけってことですから。
後ろ向きに考えるよりも『自分は人よりも少し不器用なだけなんだ』ってプラスに考えましょう。
きちんと対策方法を見つければ、きっと大丈夫です」
私は先生の言葉で、本当に気が楽になりました。
今まで自分の悩みだったコミュニケーション能力や人間関係での違和感。
それらがようやく「名前」となってストンと胸の中に落ちてきた感覚でした。
しかしこれでようやく前を向いて、一歩ずつ自分と向き合っていける。
そう思ったのです。
終わりに
一カ月経った今、私は「ASDの自分」に未だ戸惑った感覚を抱いています。
しかし、決して後ろ向きな気持ちではありません。
“診断がつくこと”は怖さもありますが、それ以上に“スタートラインに立てる”という意味がありました。
もし私と同じように、現状の診察に不安を抱いている方がいたら、一度セカンドオピニオンを受けてみることをおすすめします。
セカンドオピニオンは決して悪いことではありません。
患者としての当然の権利です。
この記事が、迷っているあなたの背中を後押しできたらとても嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
