心療内科の心理カウンセラーの一言でハッとした話 / 動きたいのに動けないのはなまけなの?
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
「精神障がいを日常に。」編集部のみんです。
みなさんは、頭の中でどれだけ「動こう」と思っても、体と心がついてこなかった経験はありますか?
今から10年前。わたしは高卒採用されたスイーツショップを一日で辞めたあと、半年間引きこもっていた時期があります。
わたしが過去に退職に至った経緯については、過去に記した記事に書いてありますので、よろしければご覧ください。
その時、わたしが発症していたいくつかの症状の中で、
動きたいと思っているのに、体は動いてくれない
心がとても重たく、常に泣きそうになる
自分に対する過度な自己評価の低さ
というものがありました。
10年経った今でも、これらの症状は続いています。軽度にはなりましたが、この症状はふとしたときにおそいかかってくるのです。
今回は、私がこれらの症状におそわれていた過去の体験をお話したいと思います。
同じような経験をなさっている方や、わたしと同じように苦しんでいる方がいましたら、このお話を通じて励みになれたらうれしいです。
前回、私が書いた記事はこちらになります。よろしければご覧ください。
引きこもっていた時の私は常に自分を責めつづけていた
「どんな会社でも3年は勤めなさい。」
この言葉は高校、あるいは大学生の時に聞いたことがある方もいるのではないでしょうか?
今から10年前。高卒採用されたスイーツショップを1日で辞め、自室で半年間引きこもっていました。そのあいだ、わたしの中で、ある気持ちがずっとくすぶっていたのです。
「3年どころか1日でやめてしまった。情けない。」
「ハローワーク行って仕事探さなきゃ」
「もうそろそろ働かないと、貯金が無くなる」
そんな考えばかりが脳裏をよぎっていました。
しかし、体が動かないのです。心の中でどれだけ「起きよう」と念じても、体はまったく言うことを聞いてくれない、起き上がれない。
普通の人が当たり前のようにできている行動が、私にはできない。
そんな自分がとてもみじめで情けなくて、泣いたこともたくさんありました。
もう一つのコンプレックスが芽を出し始める
上記に比例するように、今まで心の中にあったもう一つのコンプレックスが日に日に大きくなり、私を追い詰めていました。
私は右目が先天性の眼瞼下垂だった影響で、右目と左目で目の大きさが違います。手術で多少ましにはなりましたが、右目を大きく開くことはできません。
子どもの頃から、周りの人たちの大きさのそろったぱっちりした両目が、私にはとてもうらやましいものでした。それは成人してからさらに大きくなった気持ちです。
この時はその「憧れ」が、自分をさらに追い詰めてしまったのです。社会に出る能力もなく、容姿に秀でているわけでもない。
(コミュ障でブス。こんな自分に価値なんてない。)
毎日毎日、自分に対してこう思い続けてきました。
ただただ「自分」というものがひどく情けなく、滑稽に映ってしまったのです。それが自己否定につながり、どんどん自分を追い詰めるものになっていきました。
この時が、一番体と心が苦しかった時期かもしれません。
自分の中にできてしまった「立ち位置」と「怠け」
この頃、私の頭の中で「一般社会における自分の立ち位置」というものが勝手に構築されていました。
ピラミッド図があると思ってください。一番頂点が「普通の人」。いわゆる、社会に出て普通に仕事ができ、お金を稼ぐことができる人です。
真ん中が、多少性格に難があっても社会に馴染める人。そして一番下が社会に出ることも馴染むこともお金を稼ぐこともできない人。
私は自分をこの一番下の階層の中のさらに最下層に自身を当てはめ、1人で苦しんでいました。
当時の私は思い込みが強かったのだと思います。自分で「周囲からこう見られている」と勝手に結論付けていたのです。
それからはもう「働くのは怖い」という考えの無限ループ。一日中ベッドに潜り込み、ご飯だけは人一倍食べる…そんな生活を送っていました。
そんなある日、母方の祖父が家に訪ねてきたのです。玄関から祖父の大きい声が聞こえるものの、私はこんな情けない自分を見られたくなくて扉から出られません。
すると――聞こえてきてしまったのです。
「あいつまだ怠けてんのか。なっさけねえなあ!」(祖父)
私はこの時「やはり周囲から『怠けている』と思われているんだ」と確信。部屋から出ようとしていた足は自然とベッドに戻り、再び潜り込みました。
それからはさらにマイナス思考が加速し、体が動かないようになっていったのです。
心療内科のカウンセラーの一言で、今までの勘違いに気づく
そんな私を見かねた母は、心療内科に連れて行ってくれました。
私は中学1~3年生まで心療内科に通っていたことがあったため、主治医やカウンセラーとは既に顔見知りだったのです。
しかし元々人見知りのわたしは、引きこもっていたことにより、人に対する緊張と恐怖心がさらに倍増していました。
汗はびっしょりかいていましたし、どもりもすごかったと思います。しかし、カウンセラーに伝えられることはすべて伝えました。
体が動かない、どうしても怠けてしまう
心がひどく沈んでいて、涙が出てしまうこと
自分が情けなくてどうしようもない人間に思えてくること
カウンセラーは黙ってわたしの話を聞き終わった後、開口一番こう言いました。
「それって普通じゃない?」(カウンセラー)
わたしは思わずきょとんとしてしまいました。そんなわたしを見て、カウンセラーはわざわざイラストを描いて説明してくれたのです。
「お花って、太陽とお水。あと栄養たっぷりの土があって、やっと元気に咲くでしょ?」(カウンセラー)
「でも、今のみんさんって自分で自分を責めてるから、土に栄養なんてあるわけないよね。それにストレスで太陽はカンカン照り。心が休まってないから水もない。」(カウンセラー)
「そんなの、お花は枯れちゃって当然でしょ。今のみんさんの状態は枯れ切ったお花と同じ。だから、体が動けないのは当たり前なんだよ。」(カウンセラー)
…わたしはその言葉を聞いてはっとしました。
引きこもってからずっと、わたしは自分で自分を責める行為しかしていない。
「自分で自分を満たす」という行為を一切してこなかったことに。
カウンセラーは、そんな私にある提案をしてくれました。
「まず、どんなに小さなことでも自分をほめてあげる訓練をはじめよう。
部屋から出る、カーテンを開けて日光を浴びる。これだけでも、今のあなたは十分頑張っているんだよ。」(カウンセラー)
日差しを浴びる。そして思いっきり自分を褒める。
次の日からわたしは少しずつ、少しずつ行動を起こしていきました。
わたしの部屋は常にカーテンが閉まっていましたが、勇気を出してカーテンを開けました。
そして日光を浴びた後、自分をほめまくったのです。
他人から見れば「たったそれだけで!?」と思われるかもしれません。しかし私にとっての第一歩は「日差しを浴びる」行動だったのです。
最初はとても勇気のいることでした。しかし、毎日その小さな一歩を積み重ねていくうちに、その勇気がいる行動が、当たり前の行動に代わってきたのです。
そのことに気づいたとき、わたしは自分が少し成長できたように感じられて、とても嬉しくなったことを覚えています。
終わりに
自分で自分を責めるということは、とっても生きづらさを感じること。
今あの頃を思い出しても、改めてそう思います。
みなさん、必要以上に自分を追い詰めていませんか?「自分はだめだ」と責めていないでしょうか?
どうか、自分を大切にしてあげてください。あなたを楽にしてあげられるのはあなただけです。
美味しいものを食べ、ゆっくりと休み、自分をほめてあげる。
これが自分の心に栄養を届けてあげられる方法の1つだと、私は思います。
この記事で、同じように悩んでいるみなさんの心が、すこしでも休まる手助けができたらうれしいです。
私みんが書いた次の記事はこちらです。
