【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説「凍てつく氷山と夜明けの嵐」第1話・後編
【あらすじ】
明らかになる美佐子の家庭内事情と、星が教える長女・怜奈の本質。
"育ちの良いお嬢さん"の仮面の裏に隠されていたのは、大人の目をハッキングするほどの冷徹な「観察眼」だった。
少女が「分かりやすい夢」の裏に隠していた本音、
そしてナツ子が授ける”規格外の処方箋”とは――。
「あの子は私を恨んでいるのかな…」
美佐子が声を詰まらせる。
「ううん、それは違うと思うよ」
私はカルテの別のページ、紫微斗数の命盤を指差した。
「彼女の命宮(本質)を見て?高貴な星である『紫微』と『天府』、そして豊かさと才能を象徴する『化禄』と『化科』が、左右から彼女を包み込むようにガッチリ挟んで守ってる。『紫府夾命(しふきょうめい)』『禄科夾命(ろくかきょうめい)』っていう、最高に恵まれた、徳の高い星の並びなんだよ。
つまり、怜奈ちゃんは『お父さんもお母さんも、私をちゃんと育ててくれて、本当にありがたい』って、家族に対してものすごく深い感謝を抱いている。本気でそう思おうとしてるんだよ」
客観的に見れば、いつも割を食っているお姉ちゃん。
だけど彼女は健気に家族を愛している。
だからこそ、板挟みになって苦しかったはずだ。
「どうせ私が何を言っても無駄」
「お母さんは春奈で忙しいんだから」
――そうやって自分の本音に蓋をして、諦めて、彼女はなんとか自分の心を削られないように守ってきた。
でも、それも「幼少期」までの話。
「彼女が今、話し合うことを拒んでいるのはね、寂しくて拗ねているわけでも、単なる反抗期でもないよ。美佐子、あんたへの強烈なノー(拒絶)の意思表示だよ」
私は美佐子に語りかけた。
「あの子のカルテの裏にはね、大人が思っている以上に冷徹な『観察眼』が眠っているの。『ママが春奈にかかりきりなのはしょうがない。でも、私を”自分の安心するレール”に乗せようとしないで』――そう思われてるんだよ。無言の圧でコントロールしようとする美佐子の下心が透けて見えるから、ウザくて、心を閉ざすしかなくなったんだね」
「え、私、コントロールなんか…」
言いかける美佐子を手で制止して、私は怜奈ちゃんという生命体を象徴する「八つの漢字」を、ボールペンでグルグルと囲った。
「美佐子、あんたさっき『世間体の良い安定した仕事に就いてくれたら一番安心』って言ったよね?それって、無言の圧じゃないのかな?
そして、『あの子は一応、学校の先生になると言っている』って言ったよね。その割に勉強してないって。……当たり前だよ。彼女の本当にやりたいことは、多分それじゃないから」
美佐子が小さく息を呑む。
私は手元のカルテをトントンと叩いた。
「怜奈ちゃんの運気(バイオリズム)を見るとね、まさに今年、彼女の世界に激しい『夜明けの嵐』が吹き荒れてるの。巡る運気が『もうこれ以上、自分を騙して他人のレールを歩くのは限界だ!』って、彼女の内面のエネルギーを激しく突き動かしてる。だからこそ、今、あんたに対して猛烈に壁を作って拒絶してるんだよ」
「じゃあ、あの子は一体、何を望んでいるの…?」
私は唇を湿らせて、続けた。
「彼女にはね、物事の本質や他人の本音を見抜く才能があるの。実際に動いて、数字やデータを裏から冷徹にコントロールするような、実践的なマーケターやアナリストの器なの。だからね、彼女が言っている『学校の先生』なんて夢は、あんたを安心させるためのただの隠れ蓑だよ。あの子の鋭い目は、もうとっくに親の敷いたレールなんて飛び越えて、もっと社会のリアルな部分を見てる」
私は美佐子の目を真っ直ぐに見つめた。
「彼女に必要なのは、お仕着せの正しいレールじゃない。その鋭い目で世の中を観察して、自分の手でリアルな答えを掴み取りにいくこと。
美佐子、もうあの子を『何も知らない子ども』扱いするのは終わりだよ」
美佐子が、魂をどこかに置き忘れたような顔で道場を去ってから数日後のことだった。
夕暮れ時。道場のドアが控えめに、規則正しく二回、ノックされた。
ドアを開けると、そこに立っていたのは美佐子の長女、怜奈ちゃんだった。
制服のブレザーを端正に着こなし、髪をきっちりと結んだ彼女は、いかにも「育ちの良いお嬢さん」という風情で、小さく頭を下げた。
「こんにちは、ナツ子さん。突撃してごめんなさい。……母には内緒で来ました」
「お、怜奈ちゃん。まあ入りなよ」
私が席を促すと、彼女はスカートの裾を揃えて、音もなく椅子に腰掛けた。無駄な愛想笑いは一切なく、シャンと伸びた背中は「この一線を越えるな」と拒絶しているようで、ひどく近寄りがたい。感情の起伏が全く見えないその佇まいは、まるで陽の光の届かない、静かな水面(みなも)のようだった。
美佐子のあの、太陽のようなぎらついた熱量とは、やはり決定的に何かが違っていた。
彼女はスクールバッグから、あの日美佐子に渡した鑑定書を取り出し、机の上にそっと置いた。
ページの端が、少しだけ擦れている。何度も読み返した証拠だ。
「これ、ありがとうございました」
怜奈ちゃんは、まっすぐに私の目を見据えた。
その瞳の奥には、冷たい水底のような、正体のわからない深みがある。
「どうして分かったんですか。……私、お母さんには、学校の先生になりたいって言ってたのに」
「んー…ってことは、本当は学校の先生になりたいわけじゃなかったのかな?」
質問を質問で返すのは卑怯な気もしたが、深い水底を思わせる彼女が、今まで誰にも明かさなかった本心を自ら言葉にする瞬間を、見てみたかった。
彼女は形の良い唇をわずかに引き結び、淡々と言葉を紡いだ。
「母を安心させるための、一番手頃な嘘でした。春奈のために一生懸命なのを邪魔しちゃいけないって、子供の頃から分かっていましたから。母は、夢に向かってキラキラ頑張る子供が好きなんです。だから、そういう『分かりやすいお行儀の良い夢』を差し出してあげれば、母は満足して、私を放っておいてくれると思って」
高校3年生の少女の口から出たとは思えない、あまりにも冷徹な分析。
美佐子は気づいてすらいなかった。我が子のその鋭い「観察眼」が、母親のエネルギーの性質すらも正確にハッキングし、コントロールしていたことに。
「本当はね」
怜奈ちゃんは、視線を机の上の鑑定書へと落とした。
「私、自分がステージに立って楽器を吹きたいわけでも、生徒を熱血指導したいわけでもないんです。部活の備品管理の予算データを整理したり、コンクールで勝つために、他校の過去5年分の自由曲の傾向をExcelで分析してるときが、一番ワクワクするんです。……私、可愛げがないですよね」
下を向く怜奈ちゃんに、私は鼻で笑って見せた。
「バカ言っちゃいけないよ。最高にカッコいいじゃない。みんながステージの上でスポットライトを浴びたがるときに、裏で冷徹にデータを分析して、勝つ戦略を練る。それね、大人の社会では『データアナリスト』とか『マーケター』って呼ばれる人たちが、勝つために、みんなしのぎを削ってやってることなんだよ」
怜奈ちゃんが、驚いたように丸い目をさらに見開いた。
「学校の先生なんかにならなくていい。あなたが今ワクワクしながらやってること、つまり「分析」ね。それをそのまま生かせる世界が、大学の先にはいくらでもある。音楽業界の裏方だって、エンタメのマーケティングだってそう。具体的な職業名なんて、今はまだわからないかもしれない。でも、やりたいことの方向性はもう決まってるよね?……それをね、そのまま美佐子に言えばいいんだよ」
私は、手元のカルテをペン先でトントンと叩いた。
「今の美佐子なら、あなたのその目を、もう『何も知らない子ども』としては見ないから。ちゃんと一人の大人として、あなたの牙と向き合って、良い知恵を貸してくれると思うよ」
怜奈ちゃんは立ち上がり、今度はさっきよりもずっと深く、綺麗なお辞儀をした。
「私、頑張ります、ナツ子さん」
顔を上げた彼女の瞳を見て、私はハッとした。
さっきまで彼女の目を覆っていた、「底の見えない暗い水膜」のようなものは、綺麗さっぱり消え去っていた。
そこにあったのは、どこまでも深く、澄み渡った透明な水底。
真っすぐに自分の未来を見据える、恐れを知らない若者の目だ。
道場のドアが閉まり、再び静寂が戻る。
誰も寄せ付けない氷山の奥で、少女は静かに、だが確実に、「リアルな未来」を掴み取るための根を伸ばし始めた。
「昔から春奈にかかりきりだったお母さんに、私の何がわかるの」
「本当にやりたいことを主張しても、口論になるだけ」
――そうやって冷めた顔で自分の未来から逃げ、心のシャッターを下ろしていたお姉ちゃんの姿は、もうそこにはなかった。
深夜、スマートフォンの画面が明滅した。美佐子からのLINEだった。
『ナツ子、さっき怜奈とちゃんと話したよ。あの子、私の顔色を伺って先生になるなんて嘘ついてたんだって。自分が本当にやりたいこと、ワクワクすることを一生懸命私に説明してくれたの。私、何も分かってなかった。あの子はあの子で、自分の人生を必死に考えてたんだね。明日、二人で大学の資料、もう一度見直してみる。本当に、本当にありがとうね』
画面を眺めながら、私は道場の椅子に深く腰掛け、目を閉じた。
今夜もまた、崖っぷちのカルテが、一人の少女の夜明けの嵐を呼び起こした。
(第1話・Fin)
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⏩第2話【前編】「人通りを外れた路地裏の占術オタク」
📢【あとがきのご案内】
今回の物語に登場した「怜奈の命式」の深掘りや、占術の裏話などをこちらにまとめています。もっと深く「運命のカルテ」の世界に浸りたい方は、ぜひ覗いてみてくださいね。
※物語のネタバレはありません!占術の裏話としてお楽しみください。
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⏩【運命のカルテ】裏話:第一話「怜奈の命式」を深掘り(四柱推命編)
【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)
