【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説第2話【前編】「人通りを外れた路地裏の占術オタク」
【あらすじ】
昼は薬剤師、夜は「道場」を構える凄腕占い師。プライベートは「生ごみ」同然のプータラ女――そんな変わり者のアウトサイダー・ナツ子。
第2話では、ナツ子が占術の深淵へと引きずり込まれた10年前の過去が明かされる。ゴリゴリのリケジョ薬剤師だった彼女は、ある本をきっかけに占い狂いへと変貌。中学生を「買収」して臨床データを集めるほど没頭する中、独学の限界にぶつかるが……。伝説の師との出会い、そして最強の武器「四化星」による世界の反転。 ――「紫微斗数占い師・ナツ子」爆誕の瞬間が、ここに明かされる!
「ナツ子、本当にありがとうね!」
美佐子からの弾んだメールを眺めながら、私は道場(普通なら“サロン”とお洒落に呼ぶのだろうが、私にはこの無骨な響きが馴染む)の椅子に深く腰掛けた。
冷たい海の底に沈んでいた氷山の少女・怜奈ちゃんが、自分だけの光を見つけて歩き出したのだ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……ま、今の私だから、あんな偉そうなことが言えたんだけどね」
私は苦笑しながら、年季の入ったパソコンの画面を見つめた。
はばかりながら、私は自他共に認める「占術オタク」である。
どのくらいオタクかと言えば、まだプロになる前、一銭の利益にもならないのに100人以上の人間を占って熱狂的にデータを集めたり、紫微斗数の原典である中国の古文書『紫微斗数全書』の漢文を、白目を剥きながら夜通し読破したりするくらいには、脳のネジが数本飛んでいる。
私がこれほどまでにこの泥沼のような世界にハマったのには、今思えば、導かれるような奇妙なドラマがあった。
時計の針を、10年ほど巻き戻す。
当時の私は占いの知識なんて全くない、普通の薬剤師だった。
しかし転機は突然に訪れた。
仕事が終わって帰宅して、いつものようにコーヒーを飲みながらネットサーフィンしていたある日、運命を変える一冊の本に巡り合ったのだ。
台湾の高名な風水・命理師である「鮑黎明」氏の著書。
その本の紹介文には、信じられない一言が書かれていた。
――「生年月日と生まれた時間さえわかれば、人生の曼陀羅を読み解ける」
「ははっ!人生が、たった紙ペラ一枚のチャートに収まるわけがないでしょう」
大学時代からゴリゴリの「リケジョ」として生きてきた私は、論理的で合理的なことしか信じないタチだ。もちろん、占いには何らかの統計学的な「論理性」があるのではないか、くらいは思っていた。だから完全に鼻から突っぱねていたわけではないが、それにしても「人生の曼陀羅」は盛りすぎではないか?
傲慢な疑念を抱きながらも好奇心には抗えず、即クリック。
届いた本に導かれるまま、私は自分の「命盤(めいばん)」を出してみた。
解説を恐る恐るめくった瞬間――私の世界は一変した。
「……何、これ」
そこに描かれていたのは、他でもない、私自身だった。
営業用じゃない、自分だけが知っているドロドロした性格も、好みの異性のタイプも、すべてがその紙の上に精密なプログラムとしてコーディングされていたのだ。
「非科学的だ」という疑念は一瞬で粉砕され、代わりに脳内を激しい興奮が駆け巡った。
そこからの私は、取り憑かれたように身の回りの人々を手あたり次第占いまくった。
夫、友人、親戚。
誰も彼もが、面白いほど命盤の通りに生きていた。
不思議で、解せなくて、ゾクゾクした。
しかしサンプルが増えていくにつれ、「奇妙な例外」にぶち当たるようになる。あきらかに、本に書かれている解説が「当たらない」パターンが出てきたのだ。
「なぜ? この矛盾は何のバグだ?」
一度気になると、夜も眠れない。知人を占い尽くした私は、ついに中学生の息子を「買収」することにした。
「500円あげるから、お友達の誕生日と生まれた時間を聞いておいで」
お小遣いに目を輝かせた息子は、せっせと友達の生年月日時を運んでくる優秀なエージェントとなった。こうして私は、息子の同級生たちをも片っ端から解剖していくことになる。
こうなるともう私のスタンスは、もはや占い好きのそれではなく、新薬の臨床データを集める研究者さながらとなった。
占いの勉強をするのに、“中学生”という生き物は絶好の研究対象だった。
裕福な家の子、貧しい家の子、天才肌、不登校、クラスの人気者、はみ出し者、モテすぎて困る子…。
これがもし“高校生”だったら、受験や進路選択によってすでに環境の「ヒエラルキー」が反映されており、サンプルの多様性が失われていただろう。
私はただデータを集めるだけでは飽き足らず、彼らをつぶさに観察するため、近所の公園に行っては中学生の輪に混ざって一緒に遊んだりもした(はたから見たら相当怪しいおばさんである)。
さらに、PTA活動という大義名分をこれ幸いとフル活用した。
「〇〇君、妹さんがいるんですね。おうちでは優しいお兄ちゃんなのかな?」
役員会の合間、お茶を飲みながらターゲットの母親にシレっと探りを入れる。
「そんなことないのよ、あの子、こだわりが強くて頑固だから、しょっちゅう妹と喧嘩して、私も大変なのよ!」
「あー、そうなんですね!お母さんも、大変だぁ…」
そう言ってるそばから脳内で、仕入れた裏話と彼の命盤の星をガチッと照らし合わせる。
客観的な事実を集める「暗黒の検証作業」に、私は完全に没頭していた。
本当にたくさんの人と関わり、データを剥ぎ取ってきたと思う。
しかし、そこまでやっても、やはりどうしても「当たらない子」がいる。
その理由がわからない。これが、独学の限界なのか……。
けれど巷の占い講座を調べると、どれも何十万円という大金が飛び交う世界。私はしがないパート薬剤師。ただの「趣味」に、そんな大金を投じる度胸も財力もあるわけがなかった。
そんな、研究の壁にぶつかってモヤモヤしていたある日の午後。
私は駅前の少し寂れた喫茶店のドアをくぐった。高校時代の同級生である「わかちゃん」と、久しぶりに顔を合わせるためだ。
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⏪ 第1話【前編】「運命のカルテ〜占い師・ナツ子の冒険〜」
【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)
