【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説第2話【後編】「人通りを外れた路地裏の占術オタク」
【あらすじ】
「占いとは暴力か、救いか」。かつて高名な占い師に心無い言葉を浴びせられた宮先生。その強烈な復讐心と情熱の結晶であるUSBを託された瞬間、ナツ子の世界は白黒から鮮やかな色彩へと反転する。独学の限界を破り、狂った占術オタクへと覚醒したナツ子が、運命をひっくり返すために手にした【無敵の処方箋】とは――。
「俺はね、昔、業界で一番高名だと言われていたクソ占い師に、酷い呪いの言葉を吐かれたんだ。『あんたは何をやっても上手くいかないよ。この先、ずっとね』ってな。理屈っぽい俺は食い下がったさ。『なんでですか? 理由は?』って。だが、その占い師は何も答えやがらなかった」
先生の拳が、みしりと音を立てて握られる。
「実際、俺の人生はそこから悲惨極まりないどん底だった。スキャンダルで会社をクビになり、浮浪者寸前の貧乏暮らしまで経験した。
だけどな、ある大金持ちの女性(恋人だったっぽい、と後に知ることになるのだが)が援助してくれて、マンションを買ってくれた。そこから俺は死ぬ気で占いの勉強を始めたんだ」
宮先生は、私と、そして息を呑んで聞き入っているわかちゃんを真っ直ぐに見据えた。
「吉凶をただ当てるだけの占いは、ただの暴力であり害悪だ。 その時、俺は心に誓ったのさ。そんな害悪を垂れ流すゴミ占い師どもは、この俺が全員駆逐してやる……ってな。 悪い時期があるなら、そこをどう避けて、どう改善すればいいか。生き残るための『改善策』を教えるのが、本物の占い師の仕事だろう? ……だから、あんたのさっきの言葉を聞いて、俺の古い傷が疼いたんだよ」
宮先生はそう言うと、上着のポケットから一本の小さなプラスチックの塊を取り出し、私の大学ノートの真横にコトリと置いた。
少し使い古された、武骨なUSBメモリだった。
「広瀬さん。あんたのブログ、なかなか研究熱心で面白いと思って見ていたが……今のあんたのやり方じゃ、人生の『明らかに悪いところ』しか見えないだろう?」
「うっ……」
図星だった。
当時の私は、「〇〇年、ヤバい波が来ますね。それ以外? 平年並みです」という、死刑モノの薄っぺらい未来予測しかできなかったのだ。
「一般の書籍には、”門外不出”の核心は書かないのがこの業界の常識だ。独学には限界がある。……だが、あんたのその執念と、さっきの言葉に免じてだ。俺が人生を賭けて編み出した、この『四化星(しかせい)』の講座資料一式、この中に全部入ってる。あんたにやるよ。わざわざ俺に連絡してくる手間が省けたな」
テーブルの上で鈍く光る、小さなプラスチックの塊。
差し出されたそのUSBの重みは、一人の天才が地獄の底から這い上がり、運命をひっくり返すために作り上げた、最強の暗号そのものだった。
下腹がキリキリと痛むような、凄まじい緊張感が私を襲った。
「じゃあな、嬢ちゃん。頑張んな」
宮先生はそれだけ言うと、颯爽と店を出て行ってしまった。
嵐が去った後、静まり返る席。私は差し出されたUSBを凝視したまま、しばらく息をすることすら忘れていた。
その時、対面から「……ねえ、ナツ子」と、蚊の鳴くような声がした。
ハッと我に返ると、そこには完全に置いてけぼりを食らって、狐につままれたような顔をしたわかちゃんがいた。
「今の、誰……? ナツ子、あなた一体、何の世界の住人になろうとしてるの……?」
「あ……ごめん、わかちゃん! なんか、ネットの神様がリアルに降臨しちゃって……!」
私は慌ててノートを閉じ、手の中のUSBをギチッと握りしめた。
わかちゃんのモラハラ夫への対策も、距離を置くという作戦で一応の納得は得られた。
だけど、私の頭の中はもう、目の前の親友の未来だけでなく、このUSBの中に眠る未知のロジックへの好奇心で、爆発寸前になっていたのだ。
「悪い、わかちゃん! 今日のところはこれで解散! 私、今すぐ家に帰って、やらなきゃいけない大実験ができた!」
「ええっ!? ちょっとナツ子!?」
呆れるわかちゃんを喫茶店に残し(最低である)、私はお会計を済ませると、脱兎のごとく駅へと走った。
私はその日から、名実ともに「狂ったガリ勉オタク」へと完全な変貌を遂げた。
自宅のパソコンにUSBを差し込み、宮先生の膨大な講座資料を開いた。
画面をスクロールするたびに、私の網膜に、脳細胞に、見たこともないロジックが怒涛のように流れ込んでくる。
紫微斗数で扱う星には明確な序列(ヒエラルキー)がある。
主役となる14の「主星」。脇を固める12の「副星」。精度を上げる「雑曜(ざつよう)」。
そして――特定の星にくっついて、その性質を劇的に、時には残酷なまでに変化させてしまう4つの魔術。それを『四化星(しかせい)』と呼ぶ。
私はその時まで、四化星を単なる「おまけの味付け」程度にしか理解していなかった。しかし宮先生は、この四化星こそが紫微斗数の心臓であり、未来を解き明かす鍵であると喝破していたのだ。
夜を徹して資料を貪る私の脳内で、パチパチと音を立ててパズルが組み合わさっていった。 買収して集めた中学生たちのデータ、そしてかつて出会った「本に書かれた解説がどうしても当たらない例外」たちの顔が、走馬灯のようにフラッシュバックする。
「……そうか、これだ。これだったんだ!」
夜中のリビングで、私は思わず声を上げた。
なぜ、”人当たりの良い優しい星”を持つはずのあの子が、人間嫌いかと思うほど心を閉ざし、自分だけの世界に閉じこもっていたのか。
なぜ、「将来は大金持ち、素晴らしい配置だ!」と古文書が太鼓判を押すチャートを持っていた彼女が、実際には波乱万丈な地獄の苦しみを味わっていたのか。
すべてのバグの正体は、星の裏側で密かに見えない糸を引いていた「四化星」の仕業だったのだ。
表向きの吉星に騙され、裏で発動している強烈なブレーキや爆薬を見落としていた。それを見抜く方程式が、このUSBの中にすべて美しくコーディングされていた。
霧が、完全に晴れた。 視界がパッと開け、白黒だった世界が鮮やかに反転した瞬間だった。
「よっしゃ、私は紫微斗数の専門家として、コレ一本でやっていくぜ!」
四化星という最強の武器を手に入れた当時の私は、万能感に包まれ、有頂天になってそう息巻いていた。 しかし、人間の運命は……占術とは、そんなに単純なものではない。のちに私は、「紫微斗数だけでは取りこぼしてしまう、血の通った大事な情報」があることを知り、さらなる力を得るために、『四柱推命』というもう一つの深淵に足を踏み入れることになるのだが……それはまた、もう少し先の話。
「ふぅ……」
パソコンの画面から目を離し、私はゆっくりと現代の「道場」の空間へ意識を戻した。 窓の外は、一日の闘いを終えた人々が行き交う仕事帰りの夜。
本棚には、色とりどりのファイルがズラリと並んでいる。 これらはすべて、これまで私が手掛けてきた鑑定の履歴。
クライアントにお渡しする鑑定書は、言葉の選び方、フォントの工夫一つとっても、その時の私が全力で、心血を注いで仕上げてきた――いわば、私の「作品」たちだ。
自分が書き上げた言葉そのものに未練はない。
けれど、命盤と命式が並ぶページを開けば、私はいつでもあの人たちの切実な人生を、昨日のことのように思い出すことができる。
私は机の上に広げた、ひときわ目立つ「赤いファイル」の中ほどに視線を落とした。
そこに綴られた命盤を眺めていると、ある美しい女性の面影が、どこか懐かしい記憶とともに蘇る。
「佳代子さん……」
新米時代、宮先生から授かった「四化星」という最強の武器を手に、紫微斗数だけを頼りにして全力で向き合ったクライアント。
あの時の私なりのベストは尽くしたし、佳代子さんも喜んでくれた。
だけど、今の私がこのページを見返すと、どうしても「あの頃の私の言葉は、まだちょっとシャビシャビで薄っぺらかったなぁ」なんて、気恥ずかしい反省が頭をもたげてしまう。
なぜなら、この時の私はまだ、彼女の『四柱推命』の命式を出していなかったからだ。
「……よし。今の私の全力で、もう一度彼女の作戦会議、やってみようか」
私はカルテの紙面の上にそっと指を置き、引き出しから新しいノートを取り出した。
紫微斗数の星の裏側で、四柱推命の五行がどんなドラマを紡いでいたのか。
時を経て、私は佳代子さんの「本当のカルテ」を、もう一度静かに開き始める。
(第2話・Fin)
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⏩第3話【前編】「ほどかれたウェディングドレス」
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⏪ 第1話【前編】「運命のカルテ〜占い師・ナツ子の冒険〜」
【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)
