【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説第3話【後編】「ほどかれたウェディングドレス」
【あらすじ】
母から受けた心の傷に苦しんできた佳代子。ナツ子は命盤の星を優しく紐解き、彼女の心をそっと癒す。 ……だが、時が経ち、現代の「道場」で当時のメモを見返していたナツ子の脳裏に、ある違和感がよぎる。
今のナツ子だからこそ導き出せる、時を超えた【宿命の処方箋】とは――。
「佳代子さんの精神の部屋である『福徳宮(ふくとくきゅう)』を見るとね、廉貞(れんてい)と天相(てんそう)という星が入っている。この二星はものすごく真面目で勤勉なんですよ。
ここには、ドロドロした悪い星が一つも入っていなくて、本当に綺麗。
あなた自身は、いやらしいところが1ミリもない、とても真っ直ぐな方なんです。だからこそ、これだけしんどい過去も、さっきみたいに軽妙な笑い話に変えてしまえる強さと優しさがあるんですね」
「もう……もう、涙が止まりません……」
佳代子さんはハンカチで何度も目元を抑えながら、嗚咽を漏らした。
「母のこと、仰るとおりです…。でも私、イヤらしいやつじゃ、ないんですね……うるうるしちゃいます……」
その後、佳代子さんは少し落ち着くと、涙の乾いた顔で
「でもね、先生。わたし貪狼星のせいか、夜中に麺類からスイーツ、アイスにお煎餅って、運動部の中学生みたいに食べるのがヤメられないんです(笑)。あと、このフェロモンとやらは、一体いつまで出続けるんですか? そのせいで昔から女性に敵対視されて苦労したから……」
と、またキレッキレのトークで私を笑わせてくれた。
新米占い師の頃だったから、鑑定料は3,000円だった。
「3000円でこんなにも丁寧に見て頂いて、本当に嬉しかったです。悩みが吹っ飛んじゃった。
60歳の記念日、これからは自分を大切にして、楽しく生きてみます。
ブログでも小説でも、私の経験が役に立つなら何でも使ってください!」
そう言って、最高の笑顔で、私に宝物のような言葉を遺してくれたのだった。
別れ際、彼女は少し悪戯っぽく私に尋ねた。
「実は来月、還暦の同窓会があるんです。でも、また女の人たちに何か言われるんじゃないかって、出席を迷っていて……」
私は彼女の手を握るような気持ちで、力強く答えた。
「誰の思惑も関係ありませんよ!一番お気に入りの服を着て、とびきり綺麗にお化粧して、行ってらしてください。主役はあなたです」
佳代子さんは、弾けるような笑顔で小さくガッツポーズを作った。
現在の彼女は、穏やかな旦那様と、子どもや孫に囲まれて、平穏で幸せな日々を送っている。呪いのドレスは、もうとっくに消え去った。
鑑定は大成功。佳代子さんの心も救われた。ブログのネタとしても、これ以上ないほど綺麗に完結している。
……だけど。
引き出しから新しいノートを取り出し、当時の古い鑑定メモを眺めていた私の手は、そこでピタリと止まった。
確かにあの時、紫微斗数の盤は彼女を救った。
けれど、私はあの人の本質を本当に理解していたんだろうか?
「あの人の表面の傷を優しく撫でただけで、満足してなかったっけ?」という小さな違和感が、どうしても消えない。
だからこそ、私は今、彼女の生年月日時から割り出した「命式」をノートに書き殴っている。
今の私には、あの頃にはなかった武器がある。
紫微斗数と双璧をなす、もう一つの東洋占術――『四柱推命』だ。
「地支は巳、酉、辰、子・・・」
キィィーーンと、脳内のセクターが音を立てて高速回転を始める。
そして、現れた文字列を目にした瞬間、私は夜の道場で、思わず息を呑んだ。
「……嘘でしょう?」
そこに刻まれていたのは、お化けをもなぎ倒す、苛烈なる絶対王者の星。
【壬辰(みずのえたつ)・魁罡(かいごう)】。
(佳代子さん、やっとわかった。お母様は、あなたのことが怖かったんだ――)
点と点が、時を超えて、一線の雷光となって繋がった。
魁罡(かいごう)――。
四柱推命において、鬼をも恐れぬほどの苛烈なパワーと、大衆を惹きつける圧倒的なカリスマ性を備えた、文字通りの「女王の星」だ。
もしこの星を持つ者が、その強すぎるエネルギーを抑え込まれ、自分の意志を持たない「いい子」として生きようとすれば、運命は激しく歪み、心身を蝕んでいく。
(そうか……そういうことだったのか)
深夜の静寂の中、私はボールペンを握りしめたまま、激しい震えを感じていた。
なぜ、お母様は異常なまでに佳代子さんを支配し、自分の色に染めようとしたのか。
なぜ、彼女が何かをやろうとするたびに、烈火のごとく怒り狂ってその芽を摘んできたのか。
なぜ、人生の晴れ舞台で着たピンクのドレスすら、式が終わった瞬間に跡形もなくほどいて、自分の服に編み直さなければ気が済まなかったのか。
それは、お母様が佳代子さんを「愛していなかった」からではない。
そういうことじゃない。
お母様は、佳代子さんの中に眠る、自分を遥かに超越した「本物の女王の器」を、本能的に察知していたのだ。その圧倒的なオーラに、無意識のうちに恐怖していた。だからこそ、彼女の牙を抜き、翼をもぎ取り、徹底的に自分の支配下に置いて小さくしておかなければ、自分が霞んでしまうような、言いようのない恐怖に駆られていたに違いない。
あの激しい吐き気も、新婚旅行での発熱も、お母様の歪んだ自己愛に対する大拒絶反応だった。
佳代子さんの内なる「魁罡(女王)」が、「こんな偽物のドレスで私を縛るな!」と命がけで叫んでいたのだ。
「佳代子さん……」
私はノートに、溢れ出す言葉を激しく書き殴っていった。
あの頃の私は、あなたの傷を優しく撫でて、「還暦の同窓会、楽しんできてくださいね」と背中を押すのが精一杯だった。だけど、今の私なら、その呪いの鎖を跡形もなく粉砕して、あなたに本当の王冠を授けることができる。
あなたのその天性の華やかさも、男たちを狂わせるフェロモンも、中学生みたいに旺盛なバイタリティも、すべてはその強大な『魁罡』のエネルギーが、外に溢れ出ていた証拠。
女性たちに嫉妬され、敵対視されてきたのは、あなたが悪いんじゃない。
あなたが生まれながらに、一瞬で周囲を平伏させてしまう「主役の星」を宿していたからだ。
誰の操り人形でもない。
誰かに遠慮して生きるなんて、とんでもない。
あなたは、あなたという王国の、絶対的な女王として君臨するために生まれてきたのだ。
時計の針は、深夜3時を回ろうとしていた。
私は書き上げた四柱推命の鑑定書を、愛おしさを込めてそっと折りたたんだ。
もう、あのピンクのレースドレスに締め付けられて、暗闇で吐き気に耐えていた孤独な少女はどこにもいない。
還暦を過ぎ、人生の第2ステージを迎えた「生きた桃花盤」の女王は、これから自分の手で、誰にもほどくことのできない、最高に美しく自由な人生のドレスを編み上げていくはずだ。
深夜の道場の窓の外、暗闇の向こうで、冷たい星たちが一段と強く、誇らしげに瞬いたような気がした。
(第3話・了)
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⏩第4話【前編】「真夏のデス・ロードと占いジプシー」
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⏪ 第1話【前編】「運命のカルテ〜占い師・ナツ子の冒険〜」
【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)
