【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説最終話(中編)「ナツ子からあなたへ・名もなき花たちへの賛歌」
【あらすじ】
完璧な優等生を演じ続けた少女の悲痛な叫び!
道場を訪れた傷心の樹里に、ナツ子が授けた『逆転の処方箋』とは――?
どん底の少女が運命を切り拓くための、壮絶な作戦会議が今、始まる。
🔮 薬局での邂逅
手紙を挟み込んだ眠剤を届けてから、数日が経っていた。
ひっきりなしに患者さんが来局し、調剤室に処方箋のコピーが次々と流れてくる。
そのうちの一枚に「丸川樹里」の四文字を見つけ、心臓がドクンと跳ねた。
患者席に目を向けると、枯れ枝のように細い少女が座っている。
小さな顔に不釣り合いなほど大きな目は、うっすらと青黒いクマに縁取られ、生気を欠いたまま待合室のテレビ画面を見つめていた。
「丸川樹里さん、お待たせしました」
呼びかけにハッとしたように顔を上げた彼女は、私の胸元のネームプレートを見て小さく息を呑んだ。それから、消え入りそうな声ではありながらも、きちんと挨拶をした。
「あの……先日は、お手紙、ありがとうございました」
前回よりも眠剤の処方量は大分減り、服用ペースも落ちていた。
手紙のメッセージを信じて、薬に頼るのを少しこらえてくれたに違いない。私は安堵を隠して、いつも通りのトーンで説明を終え、薬袋を差し出した。
その時、彼女が何かを言いたそうに、じっと私を見つめてきた。
私は黙って頷き、ポケットからメモ帳を取り出すと、自分の連絡先と道場の住所を素早く書き付けた。それを薬とともにビニール袋の中に入れる。
「いつでもおいで」
笑顔でそう告げると、彼女はメモ帳の入ったビニール袋を胸に抱きしめるようにして、深く一礼して去っていった。
🔮 零れ落ちた涙と、運命の設計図
「流石によく知らないおばさんの家に、現役の女子高生が一人で来るのはハードルが高いか」
そんな私の予想は、翌日の夕方に小気味よく裏切られることになる。
道場のインターホンが鳴り、ドアを開けると、そこには上品な和菓子の菓子折りを両手で丁寧に持った樹里ちゃんが立っていた。
「先日のアドバイス、母も『親身な薬剤師さんで良かったね』って、すごく喜んでいて……。これ、お礼です」
「まぁ、律儀にどうも。上がって、上がって」
私は満面の笑みで彼女を迎え入れた。道場の椅子に彼女を座らせるやいなや、私は冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラを取り出し、さらに棚の奥から「期間限定・激レア高級ポテトチップス」の袋を引っ張り出して、彼女の前にドンと並べた。自分で淹れたお茶より、こっちの方が美味い。
「ほら、コーラ。ポテチも遠慮なく食べな。これ、今ネットで転売されてるくらいレアなんだから」
樹里ちゃんは面食らったように目を丸くし、それから緊張で強張っていた口元を少しだけ緩めて、ストローでコーラをちびちびと飲み始めた。
だが、ポテチには、どうしても手が伸びない。その細い肩は、今にも折れてしまいそうなほど、限界の重荷を背負っているように見えた。
「私……」
グラスの結露を見つめたまま、樹里ちゃんがぽつりと、堰を切ったように独白を始めた。
「中学のときは、やればやるほど成績が上がったんです。お母さんもお父さんも、私が塾のテストで1位を取ると、本当に嬉そうに笑ってくれて。
だから、勉強はきつかったけど、それが私のすべてでした。
頑張って、頑張って……やっとあの高校に入れたのに」
彼女の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちて、コーラのグラスに弾けた。
「周りは、みんな本物の天才なんです。行き帰りの電車の中で、パラパラって教科書を見ただけで全部頭に入っちゃうような化け物が、普通に隣の席に座ってる。数学の二次関数なんて、私、1ミリもわからなくて……。毎週の英単語テストをパスするだけで精一杯。
毎日睡眠時間を削らなきゃ、みんなに追いつけない。
クラスのキラキラしたグループからハブられたくなくて、夜中に必死にYouTubeの流行りを調べて、話を合わせて……
でも、どれもこれも中途半端で……」
樹里ちゃんは膝の上で、細い指をぎゅっと握りしめた。
「そしたら、この前の数学のテスト、クラス最下位に近い『赤点』だったんです。頭が真っ白になって、答案をぐしゃぐしゃに丸めてバッグの底に突っ込んで……。
その瞬間に、スマホが震えました。お母さんからのLINEでした」
思い出すだけでも呼吸が浅くなるのか、彼女の胸が激しく上下する。
『樹里、高校の勉強は大変だと思うけど、あなたなら大丈夫。お母さん、次の定期テストも楽しみにしてるね。自慢の娘だよ』
「その文字を見た瞬間、息ができなくなって倒れちゃったんです。
……私、もう限界です。学校でも、家でも、お母さんの前でも、ずっと『偽物の自分』を演じ続けるなんて、もう、疲れちゃいました……」
声を殺して泣きじゃくる樹里ちゃんの前に、私は一枚の紙を広げた。
そこには、彼女の生年月日から導き出された、人生の設計図――紫微斗数の命盤(めいばん)が書かれている。
私は手元のカルテに目を落とした。
まず四柱推命の命式を見る。
親との関係や、彼女の社会での振る舞い方を示す「月柱」には、苛烈なまでに極端な完璧さを求める星、「魁罡(カイゴウ)」が居座っていた。
親からの「完璧であれ」「勝者であれ」という無言の圧力。
彼女を縛り付けていた呪いの正体はこれ。
私はボールペンの先で、紫微斗数の複雑な格子状の命盤をトントンと叩いた。
「樹里ちゃん、泣いてる途中で悪いんだけど、自分の命盤をよく見てごらん」
涙を拭い、怪訝そうに机の上を見つめる彼女に、私は星を指差しながら語りかけた。
「あなたの命盤のここ。ここは『左右夾命(さゆうきょうめい)』っていう特別な配置になってる。
これはね、人生のピンチに、周囲からの助けが必ず入るっていう、ものすごく愛されて守られた星回りなの。あなたは今、親のプレッシャーに潰されて『誰も助けてくれない』って自分で自分を檻に閉じ込めているけど、それは大間違い。一歩外に出て、学校の先生でも、信頼できる大人でも誰でもいいから、『助けて』って手を伸ばしてごらん。あなたが求めさえすれば、世界はいくらでも手を差し伸べてくれるようにできてるんだよ」
「世界が……私を?」
「そうだよ。それに、外の世界を表すこの部屋(遷移宮)には、責任感の強い星(化権)がある。でも、それが空回りして自分を壊す歪み(自化Bの破格)になっちゃってる。外で『完璧な、ちゃんとした私』でいようとするあまり、自分で自分の首を絞めてるの。
そんなに、外の社会に対して肩肘張らなくていいんだよ」
私はふっと笑って、さらに別の部屋を指さした。
「あと、友達の部屋(交友宮)にはね、嫌われたくない、仲良くしたいっていう可愛い星(化科)が入ってる。
なのにその裏で、あなた自身のこだわりは絶対に曲げられないっていう、めんどくさい頑固な星(化忌)が同居してる。
だったらさ、無理してYouTubeの流行りに話を合わせて、キラキラ女子のグループにしがみつく必要、本当にある?
合わせなくていいよ。あなたはあなたのままでいいじゃない」
「でも、私……勉強も追いつかなくて、特技も何もないから、せめて友達だけでもって……」
「何もないわけないでしょ。あなたの精神世界(福徳宮)を見なさい」
私は声を一段強めた。
「ここにはね、廉貞(レンテイ)、破軍(ハグン)、擎羊(ケイヨウ)……全員ゴリゴリの、最強の『武将』の星たちが眠ってる。
あなた、本当はめちゃくちゃタフで強い戦士なんだよ?
今はたまま、運の巡り合わせが悪くて、自信が持てなくてヘロヘロになってるだけ。
そんなに自分を責めないで、今はその刀を鞘に収めて休ませてあげなよ」
樹里ちゃんは呆然と命盤を見つめ、それから自分の胸に手を当てた。
自分のなかに眠る「強い戦士」の存在を、必死に確かめるように。
私はコーラをぐいっと一口飲み干し、一転して、学校の先生のような渋面を作った。
「で。あなたの目下最大の絶望は、『今まで無敗だった勉強すら落ちこぼれた』ことでしょ。今から戦士の戦い方を教えてあげるから、よーーく聞きなさい」
私はノートを引き寄せ、ペンを走らせた。
🔮 負けるな、気張れ!授けられたstrategy(戦略)
「まず、その無駄なプライドは今すぐドブに捨てること。
数学がわからないなら、見栄を張らずに今すぐ『白チャート』を買いに走りなさい。一番簡単なやつね。あれで基礎の基礎の土台を固め直すの。
天才たちのやり方に合わせる必要はない。
学校では赤チャート(一番難しいやつ)を買わされたんだろうけどね」
「白、チャート……」
「そう。それから、ここからが一番大事。
英単語を毎日10語ずつダラダラ覚えるのは、人間の脳の構造に合ってないの。単語帳を何ヶ月もかけて1周する頃には、最初の単語なんて綺麗さっぱり忘れてるんだから。英単語ってのはね、短期間に一気に、大量に脳にブチ込んで、何周も何周も超高速で回転させるのが一番覚えられるの」
私は自分の胸をドンと叩いた。
「関正生先生の『SPARTA』っていう単語帳を買いなさい。1ヶ月で1000単語。40過ぎたババァの私にだって、完璧に覚えられたんだから、現役女子高生のあなたにできないわけがないでしょ。
いい?英単語を覚える前に、長文読解なんてやっても時間の無駄だからね。1行ごとに知らない単語が出てきて辞書を引いてたら、脳にストレスがかかって嫌になるだけ。まずは圧倒的な単語量を用意するの。
そうすれば長文なんて勝手にスラスラ読めるようになる」
樹里ちゃんは涙を流しながら、私の「1ヶ月で1000単語」という言葉に、圧倒されたように目を見張っている。
「受験に必要な科目だけ死に物狂いでやって、それ以外は赤点ギリギリで適当に流しなさい。優先順位をつけて、もっと要領よく。
楽をしたっていいんだよ!」
カチコチに凍りついていた樹里ちゃんの心が、
紫微斗数の星の言葉と、あまりにも泥臭く実践的なババァの受験論によって、みるみるうちに解かされていくのが分かった。
ちなみにどうして私が一ヶ月で1000単語も覚えたかといえば、理由はシンプル。うちの息子に煽られたからだ。
「かあちゃんみたいな生ごみには絶対無理だと思うけど~」
毎週過酷な英単語テストがある、という話の流れで、
アイツが私に吐いた暴言だ。
私はただの生ごみではない。
普通よりちょっとだけ、向学心に溢れた生ごみである。
関先生を信じて励んだ結果、今では現役生の息子よりも、四〇過ぎたババァの私のほうがよっぽど英単語をしっかり覚えている。
まったく、ざまあみやがれだ。
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⏩最終話【後編】「ナツ子からあなたへ・名もなき花たちへの賛歌」
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⏪ 第1話【前編】「運命のカルテ〜占い師・ナツ子の冒険〜」
【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)
