見出し画像

定時ダッシュ【ショートショート】17時の鐘は号砲だ。会社という檻から、僕の「本当の一日」へ駆け出す

定時まで、あと30分。


PCのモニター右下に表示された「17:00」という無機質な数字が、まるで僕を嘲笑っているかのようだ。

今日帰ったら、書きかけの小説のあのシーンを仕上げる。
キンキンに冷えたビールを喉に流し込み、積んである本を一冊だけ崩す。

そうだ、あの映画も観たい。


そんな輝かしい未来に思いを馳せれば馳せるほど、現実世界の時間の流れは粘性を増していく。


壁掛け時計の秒針が、まるで重力に逆らうように「カクン…カクン…」と断末魔を上げながら進んでいる。

遅い。あまりに遅すぎる。


もしかしたら僕は、無意識のうちに「時を緩やかにする」能力にでも目覚めてしまったのかもしれない。

だとしたら、世界一無意味な超能力である。

思考が堂々巡りを始めた、その時。


凛、と。オフィスの空気を切り裂いて、終業を告げるチャイムが鳴り響いた。


「時間だ。よし…」


脳に酸素が行き渡り、全身の細胞が沸き立つ感覚。



静止していた世界が、再び動き出す。


「プライベートの幕開けだ…!」


思考より早く、指先がシャットダウンをクリックする。

その残響音は、レースの号砲に他ならない。

椅子を蹴り、鞄を掴み、出口へ。

視界の端で、同じくスタートを切った同僚の背中が見える。


「先行かせるかよ…!」

僕の本当の一日は、今、この瞬間から始まるのだ。


【追伸】
あなたの退勤時間は、何時ですか?
よかったらコメントで教えてください。ちなみに僕は、16時です。
……え? 本文と違うじゃないかって?
ご冗談を。僕の仕事は「物語」を創ることですから(笑)



【あとがき】
この物語は、全会社員が共感必至の「退勤RTA(リアルタイムアタック)」を描いたショートショートです。

定時30分前から異常に遅くなる時間の流れ(相対性理論?)に苦しみながら、主人公は17時のチャイムを待ちます。

そして鳴り響く号砲。

PCをシャットダウンし、同僚たちと競うように出口へ向かうその背中には、「書きかけの小説」や「冷えたビール」という輝かしい未来が待っています。

【あわせて読みたい】

もしこの物語が気に入ったら、以下の「お仕事ショートショート」もおすすめです。

  • ミイラの始発

    • 定時ダッシュの翌朝、我々はまた「包帯(スーツ)」を巻いて電車に乗る。ハロウィンの仮装に例えて描く、現代社会の皮肉な日常。


  • 退職届の紙飛行機

    • 究極の定時ダッシュ、それは「退職」。何度も書いた退職届を紙飛行機にして飛ばそうとする男と、それを引き止める上司の奇妙な絆。


ここから先は

0字
隻眼のヤマ・アーカイブ計画 [Vol.1] 2ヶ月で45作を書いた暴走の記録。その「原点」となる10作をパッケージ化しました。 ▼マガジン限定特典 1. 制作秘話全開の「ライナーノーツ(解説)」 2. 執筆時の脳内を具現化した「Suno製サントラ」 作品は無料でも読めますが、深淵を覗きたい方はぜひ。300円の脳内旅行です。

小説家・隻眼のヤマの「脳内」を時系列順にパッケージする、アーカイブ・プロジェクト第1弾。 • 9月末から暴走気味に書き始めたショートショー…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

最後まで記事を読んでいただき、誠にありがとうございます。 皆様から頂いたチップは今後の創作活動において最高のモチベーションとなります。 創作のご褒美でもあるコーヒーやスイーツを食べるのに使わせていただきますので、 おいしいスイーツが食べれるよう精進いたします!