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第3のどん底① 限界編|仕事で倒れた夜。頑張りすぎない勇気

二度目のどん底を経験した僕は、自分自身に100%責任を持てる仕事として、ハウスクリーニングを始めました。

それから3ヶ月後。
ようやく居候生活を抜け出し、家族4人で新しい家に暮らせるようになった。
その生活を、前回の記事で書きました。

けれど──まだ、裏切られた「怒り」と「悔しさ」は消えていませんでした。
あの言葉も、あの光景も、今でも心の奥に残っていました。

それでも、その感情があったからこそ、
「成功するまで諦めない」
と前に進むことができたのです。

ハウスクリーニングの仕事は、少しずつ軌道に乗りはじめていました。

もう、家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。
「絶対に家族を守る」

そう誓った僕は、
「もっと工夫して、もっと注文を取らなきゃ」
と仕事のことばかり考え、がむしゃらに働いていました。

やがて、その日々の中で──
三度目のどん底、人生で初めて「死」を意識する夜が訪れます。

そこから僕は、再び「働き方」を見直すことになるのです。

家族を守ろうとして倒れた僕が、「働くこと」と「生きること」の境界線で、何を感じ、どう変わったのかを書き残します。

もし今、あなたも「頑張りすぎている」と感じていたり、「このままでいいのだろうか」と不安を抱えているなら、この話がきっと、立ち止まる勇気のきっかけになるはずです。


もっと稼ぎたくて、壁のリフォームに手を伸ばす

下請けのアパート清掃と一般の家庭からの依頼を受けながら、ハウスクリーニングの仕事は、ようやく形になっていきました。

お客さんのリピーターも出てきた。
粘り強くポスティングしたチラシからの問い合わせも、少しずつ増えていく。

──でも、まだ足りない。
もっと稼がなければならない。

生活はまだ安泰とは程遠く、もし注文が途切れたらと思うと、家族を食べさせるには不安がある。

「このままじゃ、また同じことを繰り返すかもしれない」
そんな焦りが、いつも頭の片隅にありました。

フランチャイズ化のアイデアも浮かんでいました。
でも、僕の技術や稼ぎではまだまだ未熟。

だから、僕は次の一手を考えました。
ハウスクリーニングに加えて、壁のリフォームを学ぶことにしたのです。

賃貸物件の退去後の原状回復などで、壁のリフォームの需要があることは分かっていました。

でも、他の業者と同じ壁紙(クロス)の張替えでは差別化ができない。

情報収集してみたところ、特殊なコーティング剤を壁紙に塗る方法があることを知りました。

クロスを張り替えずに、格安で再生できる。
その技術を身につければ、他社との差別化ができる。

そう考えた僕は、それを販売している業者に連絡。
材料と道具を揃え、やり方を徹底的に学び始めました。

不動産に許可を取って、借りている家の壁で練習して、技術を磨きました。

営業先で鼻で笑われる

お金をいただけるレベルまで準備ができました。
しかし当然、いくら丁寧に準備しても、仕事が入るわけではありません。

まずは、ホームページで宣伝し、次に自分の足で不動産に営業をすることにしました。
営業に回る前に、封書で案内チラシを送りました。

そして、作業が終わったあと、汗を拭きながら不動産会社を一軒一軒回る日々。

名刺を差し出しながら、
「先日、壁のリフォームの案内を送らせていただきました。
画期的な商品にご興味ありますか?」
と声をかけて回りました。

少しでも興味を示せば説明し、興味がなさそうなら退散。

無理に食い下がらず、後日また来よう。
それくらいの軽い気持ちで動きました。

しかし、現実の反応は想像以上に厳しいものでした。

ある日、訪ねた不動産会社。
玄関に入ると、どうやら女社長。

「なんなのあなた?」
いきなり氷のような冷たい視線を感じました。

飛び込み営業に慣れてなかった僕は、かなりの威圧感に言葉が詰まりました。
しどろもどろになりつつも、できるだけ平静を装って話を進めると、話を遮るように言われました。

「それ、知り合いのロータリークラブの社長が昔からやっているわよ。
画期的でも何でもないわ。」

明らかに僕を小馬鹿にした表情で、鼻で笑いました。

顔には出さないようにはしましたが、心底ムカついていました。
「別にあなたから仕事をもらわなくてもいいんですよ」──
その言葉が、喉まで出かかっていました。

たとえ挑戦を笑われても

人間不信になってから、人と接することはおろか、外出することさえも嫌がっていたあの頃。

そんな僕の挑戦そのものを、目の前でバカにされたようで、悔しさと怒りが込み上げてきました。

だけど、不思議と折れなかった。
火がついたんです。

「これで諦めてなるものか」
そのエネルギーが、僕をまた前に進ませました。

次のチャンスを信じて動き続けた日々

飛び込み営業を続けていたある日、不動産会社のひとつが、僕の話を少しだけ聞いてくれました。

なにか苦いものでも食べたかのような、神妙な顔で僕の話を聞く不動産屋の社長。

話を聞いてくれるだけでもありがたかったのですが、話が終わったあと、
「試しに一度やってみて」
と突然言われて固まった僕。

一瞬、時間が止まったように感じました。
「本当に今、仕事をもらえたのか…?」

我に返ったあと、落ち着いてお礼をしましたが、本当は飛び上がって喜びたい気持ちを必死に堪えてました。

依頼を受けた現場で、僕と父は、慌てず丁寧にじっくり施工しました。
一箇所も手を抜くことなく、まさに全身全霊で取り組みました。

後日、仕上がった壁を確認した不動産屋の社長から
「きれいですね。また頼むよ」
との連絡。

「ありがとうございます!
引き続き、よろしくお願いいたします。」

と返事をした後日から、少しずつ仕事をいただくことができました。

けれど、他の不動産会社からは、なかなか仕事をもらうことができません。

たとえ画期的で低コストの商品を持っていたとしても、もともとある不動産会社と下請けの協力関係の間に入りこむことは、牙城を崩すように難しいことだと痛感。

考えてみれば、ろくに営業なんてしたことがなかった僕が、いきなりバシバシ契約を取るなんて奇跡でしかない。
「数件の仕事を取れただけでも、凄いことかもしれない」と、自分に言い聞かせた。

とはいえ、もっと稼がないと食っていけない。

また、焦りが戻ってきました。
「このままじゃ、家族を守りきれない」

突如ひらめいたエアコンクリーニング

そろそろ暑くなる季節が近づいてきました。

お客さんにハウスクリーニングを頼まれて、キッチン、そしてお風呂、最後に部屋を掃除していたときのこと。

部屋についているエアコンを見て、ふと思いました。

「そういえば、エアコン掃除があったな…」

エアコンクリーニングの存在は知っていました。
けれど、少し専門的な印象があり、どこかで敬遠していたのです。

でも、よく考えてみれば夏場の需要は高い。
ハウスクリーニングとの相性は抜群でした。

「家に帰ったら、調べてみよう。」

自宅に戻り、早速リサーチしてみると、単価の高さに驚きました。

大手では一台14,800円。
二台目以降は割引という仕組み。

正直、「高いな」と思いました。
でも、調べていくうちに理由がわかってきました。

エアコンクリーニングには、専門知識だけでなく、高圧洗浄機や洗浄カバー、防水マット、専用の洗剤など、多くの道具とノウハウが必要なのです。

さらに、もし洗浄中に故障や破損が起きた場合、補償できる保険への加入も欠かせません。

つまり、一般人が気軽にできる掃除ではなかった。
だからこそ価格設定にも納得がいきました。

それでも僕は、
「もっと気軽に頼める価格でやれないか」
と考えました。

道具さえ揃えてしまえば、あとはほぼ利益。

「これはやらない手はない」

そう思った僕は、すぐに動き出しました。

ポスティングをスタート

エアコンクリーニングも独学で学ぶことにしました。

エアコンクリーニングを教えている業者を見つけて、マニュアルと動画を購入。
続けて、高圧洗浄機にエアコン洗浄カバー、防水マット、養生テープ、
専用のブラシや洗剤を揃えていきました。

早速、自宅のエアコンで練習です。

エアコンクリーニングは、手順や道具の使い方は面倒なことが多いです。
その反面、汚れが面白いようにドバドバ流れ出てきて、仕上がりはとても綺麗になるので、やっていて爽快で楽しみさえ感じました。

初めて試したときの仕上がりを見た瞬間、思わず声が出ました。

「新品のようだ。よし、いける。」
久しぶりに、胸の奥から自信が湧いてきたのを覚えています。

エアコンクリーニングでしっかり稼ぐには、作業を機敏にすること。
そして、絶対に失敗してはいけないことだと理解しました。

それには、高圧洗浄機の取り回しや使い方に慣れること。
エアコンの電気部分を絶対に濡らさないように、養生を丁寧に慎重にやることです。

そうして、自分なりに重点ポイントを抑え、ほぼ完璧にできるようになりました。

僕は再び希望を見出しながら、ポスティングをスタートしました。

チラシを手に住宅街を歩く足取りが軽く感じました。

「これはいける。早くやりたい」
そんな気持ちで、一軒一軒ポストにチラシを投函していきました。

真夏のエアコンクリーニングで手応え

エアコンクリーニングの仕事は、予想以上に順調でした。

近所のライバルが少なかったこと、さらに料金もダスキンの半額に設定したことで依頼が入りやすく、一番の稼ぎ頭のサービスに成長しました。

お客さんの家に見積もりにお邪魔すると、
「部屋のエアコン全部やってくれるかな?」と言われ、
数えてみるとなんと5台。

一戸建てだと、このように一気に注文が取れるケースを経験しました。

店舗やオフィスにある天井埋め込みのエアコンクリーニングもマスターして実際に洗浄しましたが、家庭用エアコンの方がやりやすかったため、住宅街に的を絞ってポスティングを続けました。

こうして夏場は1日中、エアコンクリーニングで走り回るような毎日になりました。

Tシャツの背中には、毎日、汗が乾く前にまた新しい汗がにじんでいました。
それでも、疲れを感じず、心は軽く、笑顔の日々。

やっと、それなりの稼ぎができるようになった。
ハウスクリーニングを始めてから、一番の充実感。
そして、売上にも手応えを感じていました。

倒れた夜

あの日も、朝からエアコンクリーニングの仕事がぎっしり詰まっていました。

日が暮れる頃まで現場を回り、家に帰ったのは夜。

頑張って稼いできたあとの楽しみは、家族団欒の夕食。
いつも通りの楽しい夜になるはずでした。

今日は妻が焼いてくれたサンマ。
家族4人で、食卓を囲んで食べ始めました。

子どもたちの笑い声を聞きながら、
「今日も何とか一日を乗り切った」
とホッとしていました。

そしてサンマを箸でほぐし、口に入れた瞬間──目の前が真っ白に。

急に気分が悪くなり、音が遠のき、呼吸が苦しく、座っていられなくなった。

当時34歳。

人生で初めて、
「このまま死ぬかもしれない」
と死を覚悟しました。

頭の中に、1歳と3歳の子どもたちと妻の顔が浮かび、
「まだ何もしてやれていないのに」
という無念さが残りました。

気がついたとき、床に横たわっていました。

命に別状はなく、救急車は呼ばずにすみましたが、全身にダメージを受けた感じで、数日間は安静にしていました。

おそらく、連日の激務と脱水症状が原因でした。

エアコンクリーニングの作業中はエアコンを止めるため、室内は蒸し風呂のように暑い。
その中で脚立の上、帽子を被り、天井近くでしばらく作業を続ける。

気づけば、汗が上半身びっしょり。
腰にぶら下げた道具ベルトの周りに、いつも汗がたまっていました。

僕は休むことを知らなかった。
水分補給のことも忘れるほど、次から次に作業をこなすことに快感すら覚えていたのです。

自分の体力を過信し、まるで自分が壊れない機械のように思い込んでいました。

肉体労働ではない働き方

この状態で、すぐには仕事に復帰できません。
すでに予約をもらっていたお客さんへ連絡して、作業はキャンセルさせてもらいました。

その日以降、肉体労働が怖くなった自分がいました。

仕事を考えると、あの瞬間がフラッシュバックするのです。
「まだ死にたくない」という思いが、僕を引き止めました。

僕は、この経験から「働くこと」について深く考え始めました。

熱中すると止まらなくなり、ストイックになる性格です。
今でもそう、自分ではなかなか止められないのです。

けれど、頑張って倒れたら意味がありません。

「死んだら、すべて終わり。
僕は家族を幸せにしたい。」

とはいえ、頑張るのをやめたら、最低限食べていくことすらできなくなる。
でも、これまでのように頑張ることはもうできないし、やりたくない。

頑張りすぎることが怖くなった僕は、「肉体労働ではない働き方」を考えるようになります。

それが、のちに僕の人生を大きく変える「頭で稼ぐ」という道へとつながっていったのです。

──つづく。

おわりに

次回は、倒れた夜のあと、僕が「頭で稼ぐ」という働き方を考え、どうやって再び立ち上がっていったのかをお話します。

続きはこちら。
👉 【第3のどん底② 迷走編】肉体労働をやめ、株・デイトレに挑戦。心の限界に気づくまで

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

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初めて僕の記事を読んでくださった方へ──
よければ、最初に書いた自己紹介の記事も読んでみてください。

せきたつや

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